2ー3 本領発揮
僕はいきなり目の前に飛び込んできた光景に驚きを隠せない。
テレビでは何回か見たことがあるけれど、本物を見るのは初めてだ。
【フレーバーズ】
異世界から、様々な野望を叶えるために、この世界に存在する万能エネルギー求めてやって来る者達から、世界を守るために戦う
″紅の超人″
″蒼の剛人″
″白の翼人″
″真珠の賢人
″黒の魔人″
と呼ばれる五人のヒーローが僕の目の前にいた。
今まで数々の異世界からの侵略を防いできた彼らだけど、何やら様子がおかしい。
かなり困っているようだ。一体何があったんだろう。
さっき、ちらっと聞こえた会話からだと″カリィ″が使えないらしい。
″カリィ″が何かわからないけど、きっとそのせいで彼らはこの状況を打破できないみたいだ。
そんな時、こちらを向いたレッド・ペッパーと目が合うと、僕に近づいて質問をして来た。
「君は、万能のカレーの存在を信じるかい?」
「意味がわからないことを言わないで下さい。万能じゃないカレーなんてこの世に存在しません」
条件反射だった。
そして、その答えを聞いたレッド・ペッパーは小さく何かを呟き、僕に白い器を差し出してきた。
「君の力が必要だ。協力してくれるかい?」
◼◼◼◼◼◼
「これはカレーですか?」
僕はレッド・ペッパーから渡された白い器の中身をまじまじと見る。
器の形は、少し小さめの飯盒のような形といえばいいのだろうか。中には一見普通のカレーが、器の7割くらいまで入っていた。
不思議なのは、これくらいカレーが入っていれば結構重くなる筈なのに、それほど重くないということだ。仮に飯盒の材質が軽量プラスチックだとしても、この軽さはおかしい。
公園の外には、巨大なロボットのようなものがこちらに向かってきているというのに、なんなんだろうヒーローに飯盒を渡される僕は。
サバイバルでもやらされるのか。
さっきのレッド・ペッパーの質問といい、弟のことで人生の岐路に立っていたことすら吹き飛ぶ意味のわからなさだ。
「本当にこいつにやらせるの?」
僕がそんなことを考えていると、ソルト・ザ・ホワイトから何回目だろうか、レッド・ペッパーへの抗議ともいちゃもんとも言える質問が投げ掛けられる。
これを持って何をやらされるのか良く分かっていないけれど、僕の参加は、白の翼人と称されるこの小さなヒーローにとってかなり不服のようだ。
「ソルトが、何も知らない一般人を戦闘に巻き込みたくないという気持ちなのは良くわかるけれど、今は緊急事態なんだ。分かってほしい」
「そんなこと言ってないじゃないのよ!」
ソルト・ザ・ホワイトは、レッド・ペッパーの言葉を体全体を使い否定する。すればするほど、それが図星なのだと分かってしまう。
この、小柄なヒーローは不器用なんだなと、緊急事態ながらちょっとほっこりしてしまう。
「実際、奴等との戦闘でストックしていたエネルギーもほぼ尽きている。このままだとキング・ガラムマサラを召喚できないぞ!」
″機械仕掛けの英雄王″は、フレーバーズの対巨大生物用の決戦ロボットで、初めて登場したのが大陸海岸に出没した巨大怪獣を撃退した際で、そのあとに発売された1/50グレードの超合金フィギュアは、いまだにプレミアが付くくらいの大人気商品だ。
どうやら、ブルー・ビネガーの話からすると、キング・ガラムマサラを出現させるためのエネルギーが現在足りていないようだ。
それって、かなりの緊急事態なんじゃないの?
「それで、君の協力が必要なんだ」
「話が全く見えてきません。何をすればいいんですか?」
非常事態の上に、訳がわからないことが多すぎて頭が追い付かない僕にレッド・ペッパーは止めをさしてきた。
「その中にあるカレーを食べれるだけ食べてほしい」
意味がわからない。でも、食べろと言われれば食べるだけだ。
だって目の前にあるのは、カレーだ。
カレーは最高だ。
悲しいときも辛いときも、カレーは僕を受け止めてくれた。
今回もカレーは僕のすべてを受け止めてくれるだろう。
だから僕は、心の底に渦巻いている、
瑠羽の病気に対する悲しみ
何もできない自分への憤り
向かってくる機械生命体に対する恐怖
そして、
意味不明な説明のみで、戦闘に巻き込んできたレッド・ペッパーへの怒り。
そのすべてを僕はぶつけるべく、
「いただきます」
カレーを飲んだ。
◼◼◼◼◼◼
「うそ……何なのこれ…………」
ソルト・ザ・ホワイトが、信じられないといった感じで驚愕の言葉を発する。
「力が……」
シュガー・ザ・パールも驚きを隠せないといった声色だ。
「これならやれるな」
カフェイン・ザ・ブラックも先程の疲れが見えた感じの声でなく、覇気が出てきた感じだ。
「ははっ。凄い。凄いよ君! あっははは!!」
「お前の見る目は流石だな、ペッパー……はッ!!」
僕の飲みっぷりが凄いのか、それとも他の何かなのかは全くわからないけれど、レッド・ペッパーはまるで子供のようなはしゃぎようだ。
そして、回りの制止を振り切って、敵のロボットへ向かっていったようだ。
そして、そんなレッド・ペッパーを手放しで称賛してから追いかけるブルー・ビネガー。
そんなブルー・ビネガーは、数分前に前に『こんな男で妥協しないといけないとは…………』とか言ったのを聞いたぞ。
結構調子がいい奴だぞ、こいつは。
僕はそんなことを思いながら、カレーを飲んでいる。
そう、まだ飲んでいるのだ。
おそらくこの器7杯分は飲んでいるはずだけど、全く終わる気配はない。
不思議だなとは思うけど、きっと母なるカレーが僕に無限の愛を与えてくれているのだろう。
だったら、僕はそれを受けとるだけだ。
まるで生後半年くらいのお腹を空かせた赤ん坊が、母親のミルクを貪り飲むように、僕もカレーをどんどん飲んでいく。
「ねぇ、カレーって食べ物よね……?なんでこいつ飲んでるの?」
「カレーは飲み物派なんだろ」
僕の飲カレーをみて、ソルト・ザ・ホワイトが幾らか引いた感じの言葉にカフェイン・ザ・ブラックが、そう答える。
"カレーは飲み物か食べ物か"論争は、世界を二分する、"キノコたけのこ戦争"と同じくらいの命題だと言われている。
だが、実に、実に下らない。
カレーは、文字通り飲食物なのだ。
飲めるし、食べれる。どちらかなんて不毛な論争なんだ。すべてを包括する"飲食物 オブ 飲食物"がカレーだ。
そんなことを心の中で思いながら、僕はカレーをどんどん飲む。既に器10杯分は、飲んだだろうか。
その時、シュガー・ザ・パールから声が上がる。どうやらレッド・ペッパーとブルー・ビネガーに通信を入れているようだ。
「召喚に十分なエネルギーが溜まりました。時間稼ぎはもう大丈夫ですから早く戻ってきてください」
『早いね! もうそんなにチャージできたのかい!?』
「全員が揃わないとキング・ガラムマサラは召喚できないので急いでください」
『了解!』
通信を切ったシュガー・ザ・パールは僕の肩を叩く。どうやら、カレーをもう飲まなくて良いらしい。
「あなたのおかげで助かりました。大分無理したんじゃないんです?」
「無理? カレーを無理して体に入れるなんて、カレーに対して失礼ですよ。僕はカレーに対しては真摯でいたいんです」
僕のその言葉に、
シュガー・ザ・パールは好意的な反応を示し、
カフェイン・ザ・ブラックは、面白いものを見たような反応をして、
ソルト・ザ・ホワイトは一言、
「変態」
そう言ったのだった。