2ー1 一日の始まり
僕の名は雁井 愁。カレー愛溢れる高校一年生だ。
今、僕は“カリィ“というコードネームで、フレーバーズというヒーロー達のサポートをしているんだけど、なんで僕が“カリィ“になったのか。
その理由と、フレーバーズとの始めての出会いについて話そうと思うんだ。
けたたましく目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響き、気持ち良く眠っていた僕は、強制的に現実に引き戻されていく。
「……朝……かぁ…」
つい、そうつぶやいた僕は、目覚ましを消すためにもぞもぞと布団から起き出す。
目覚まし時計の位置は布団からでは手の届かない場所にあり、このまま後1時間は放置していても鳴りつづけるからだ。
「ふぁあ……痛ったぁ!」
目覚ましを消した僕は、大きく伸びをするのだけど背筋がものすごく痛い。はっきりいって、目覚ましより強烈な目覚ましだよ。これ。
僕は、昨日体験した2回目の戦闘のことを思い出して、朝のラジオ体操よろしく体を動かして、どの部分がどの程度きついのかをチェックする。
「昨日はそんなにきついって感じなかったんだけどなぁ。これが脳内麻薬って奴なのかなぁ」
昨日は、戦闘が終わり解散した後家に帰ってすぐに風呂に入って、カレーを食べてから寝たんだよな。
人は、興奮状態になると脳内麻薬が分泌されて、痛みとかを感じなくなりづらくなるって前どこかの番組でやっていたよなぁ、と、そんなことを思っていると、ふと、カレーの辛さや刺激で脳内麻薬が出るっていう話も思い出す。
「そっか。じゃあ、カレーを食べよう」
僕は朝カレーをしに台所に向かうことにした。
台所の流しは、疲れて昨日洗っていなかった食器がそのままだったので、先に食器を洗ってからカレーを食べることにする。後で一緒に洗おうとか思うと、大体そのまま溜めてしまう事になるのは目に見えているからだ。
今は、この家に僕一人だけだ。だから、僕がしっかりしないといけないのだ。
「“カリィライッソォ“を食べても良いんだけど、むしろその方が良いのかもしれないけど、今日は違うのを食べたいなぁ」
僕はそう独り言を言いながら冷凍庫を開ける。中には様々なカレーのストックが置いてある。
僕はその中から一つ選んでレンジに入れてスイッチを入れる。
カレーが温まり終えるまでの空いている時間のつなぎとして、転送した“カリィライッソォ“にパンを浸して食べながらテレビをつける。
『フレーバーズの“カフェイン・ザ・ブラック““ソルト・ザ・ホワイト“両名の活躍により、無事に異世界からの侵略者を送り返すことに成功いたしました。破壊された建物や傷ついた人々も、“シュガー・ザ・パール“の能力によってほぼ修復や治療が完了し、住民はまた安心して暮らせると述べておりますでは、街の声です』
《マジやべぇって、カフェインまじやべえ! ワンパンだぜ! ワンパン!》
《なんで、もとの世界に戻さなきゃいけないんだろうねぇ。こっちで悪さする連中なんか殺しちゃえば良いと思うんだけどね》
《ペッパー様、マジでイケメンでした。握手にも快く応じてくれて、ハグまで……ウェヘヘ……》
《命懸けで助けてくれた男の人がいたんです。なんか、ちょっと変な人でしたけど、私たちのために囮になってくれて、その人のおかげで逃げられたんです。フレーバーズの皆様に助けてもらってる事を願ってます》
『以上、現場からお届けいたしました』
『ありがとうございました。それでは、続きまして有識者によります、今回の………』
昨日の戦闘のことがテレビで放送されている。大体異世界からの侵略があった翌日はこの話で持ち切りになる。一応専用チャンネルもあるけれど、視聴率が取れるコンテンツだからどこの局も取り上げる訳だ。こんな状況なのに逞しいというのか、何と言うのか。
温め完了の音がしたので僕は、そんなことを思いながら朝カレーをするべく食器を用意するのだった。
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朝食も終わってカレーの余韻に浸りながらぼーっとテレビを見ていると、朝の占いでカレーを食べると運気アップと言われた事に、やっぱりカレーは最高だなどと思っているとチャイムの音が鳴り響く。
もうそんな時間なのかと僕は時計を見ると、確かにそろそろでないといけない時間になっていた。
鞄を持って玄関に行こうとしたその時だ。
「ちょっと! なに人を待たせてんのよ!早く来なさいよ!」
「大声も、その行動もいい加減止めるんだ。いつも言っているだろう?近所迷惑になるって」
「近所迷惑なら、アンタの存在自体が迷惑じゃないの」
と、怒鳴り散らす声と同時にドアを蹴飛ばす音とそれを止める声がする。毎度の事ながら、どれだけ短気なんだろうか。
急いで玄関のドアを開けると、そこには一組の男女がいた。
男性の方は、身長が180cm少々の、所謂細マッチョと言われる体格のイケメンだ。爽やかな笑顔を浮かべ僕を見る、まるで歩くフェロモンといえるその佇まいは、男の僕でもクラッとしそうになる。
事実、家の塀の周りに年齢が様々の女性と一部男性が取り付いて熱い視線を送っている。
女性の方は、身長が150センチあるか無いかの小柄な女性だ。美人と言うより可愛い。むしろ超可愛い。栗毛の、肩まで伸びたサラサラヘアーがよく似合っていて、どこに行っても愛玩動物みたいな扱いを絶対される筈だ。
でも、妊娠中の犬みたいにガルガルしてて尖ってるのが残念なんだよなぁ。と、しみじみ思う。
「今日も迎えに来たよ。さぁ、一緒に行こう」
「いや、一人でも大丈夫……」
「なに? 文句あるの?」
「……いえ。無いです……」
そんな漫画か何かのテンプレートのような二人が僕の家に迎えに来た理由は、
登校時間
だからだ。
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「今回も大活躍だったそうだね」
今朝の番組を見たのか、男性が僕にキラキラした笑顔を向けて話しかける。
やめろ、僕にそんな気は無いぞ。僕はカレーひと筋だ。
「いや、活躍って程じゃない……」
「アンタの事言ってる女の人がいたじゃないの。あたしなんか良いところ全部カフィに取られちゃったんだから。しかも、戦闘に参加してないアンタが何で取り上げられてるのよ!」
「避難誘導だって、立派なヒーロー活動さ」
「アンタはファン対応で取り上げられただけじゃないの! 聞いたわよ!誘導は殆ど、ビネガーがやってたらしいじゃないの!」
「心のケアだって、立派なヒーロー活動さ、そう思わないかい?愁君」
「え? ここで僕に話振るの?」
「アンタ、どっちの味方なの?」
わざとなのか、天然なのか、多分わざとだよなぁ。と、思いながら、こちらを問い詰める女子を僕はのらりくらりと躱そうとする。
そう、一緒に登校しているのはフレーバーズのメンバー“レッド・ペッパー“と“ソルト・ザ・ホワイト“だ。
「ふふ、僕の目に狂いはなかったね」
「……まぁ、確かに、いままでにないくらい良いサポートメンバーだと思うわ。そこは評価してあげる」
「そう言ってくれると助かります。そる……」
「は? ソル? 何言ってるか聞こえない」
「……塩見さん」
「“ソルト“が塩見くんなら、当然、僕も“ペッパー“呼びじゃないよね」
「……辛坊君」
僕の言葉に“ソルト“こと塩見摩白は満足気に手をパタパタさせて歩く。こうして見ていると小動物なんだけどなぁ。
そして、もう一人。“ペッパー“こと辛坊紅一郎も子供のような屈託の無い笑顔でこちらを見てくる。
なんなんだろうな、この人たちは。こっちが恥ずかしくなって来るよ。気持ちを落ち着かせるためにカレーを食べたい。
そんなことを思いながら僕は、彼らとの邂逅を、そしてフレーバーズになった理由を思い出すのだった。