1ー3 Flavors(フレーバーズ)
侵略者の親玉と言えそうな奴等が二人、姿を現す。紫色の肌、頭に角が生え、背中には翼がある。
(魔族ってやつなのかな)
結局横道からやって来たゴブリンに囲まれて逃げ場は無くなった僕は、半分現実逃避でそんな事を思う。
「この世界には、森羅万象を司る究極の魔力が眠っているって話だ。知らないか?」
「知らないよ」
緊張と焦りが入り交じり、ドキドキしながらも僕は相手にそう答える。
知ってても答えられるかよ。取られたらこの世界は無くなっちゃうんだから。
「フフフ、まあいいでしょう。この世界に転移するときにかなりの力を使ってしまった。ここで少し補充しないと」
「お前達の純度の高い恐怖や絶望は、失った力を補充するのにちょうどいい。…………くくく」
どうやら僕やあの女性達は、奴等の餌のようだ。腹正しいなぁ、くそう。
余裕の表情を浮かべた二人は、道に転がっているオークの死体に視線を移す。
「ククッ……オークを倒せるくらいの力は保有しているようだが、所詮はその程度。我らの驚異にはならないな」
「オークやゴブリン好みのメスがたくさんいますから、魔力が戻り次第奴等を大量に召喚してこの地の侵略とともに究極の魔力を探し出しましょう……フフフ」
魔族と思われる二人がなんとも悪役じみた笑いを浮かべる。
ぎりぎりあの二人の声が聞こえているのだろう。女性達が恐怖と絶望の表情を見せる。
合流した数人の婦警さんも、毅然とした表情を見せてはいるけど、体は多分震えていそうな気がする。
ファンタジー文化が浸透しすぎた僕の国だ。あの二人の言葉から、これからどうなってしまうかなんて幾らでも想像できてしまう。
少しでも抵抗するべく、女性達は身を寄せあって固まっている。引き剥がされたら終わりな事を分かっているからだろう。
対してオーク、ミノタウロス、僕の包囲に参加していないゴブリンは、ジリジリと彼女達に近づいている。
きっと、この魔族にお預けをされた状態なんだろう。特にオーク辺りはよだれがボタボタ落ちて下卑た顔がより汚ならしく見える。
その時、我慢しきれなくなった一匹のゴブリンが女性達に飛びかかる。女性達から悲鳴が上がる。が、次の瞬間ゴブリンはいなくなってしまった。
いや、先程までゴブリンがいた辺りに手足の一部が落ちている。多分、消し飛ばされたんだ。
「全く……言われたことすら守れんとは…………所詮は獣以下の畜生よ」
「ちゃんと言われた通りにしていればいい思いができたというのに……フフフ…………」
言葉遣いが荒い方の魔族が、ゴブリンがいた辺りに向けて指を指していた。きっと、何かの魔法を打ったんだろう。
「さて……と。貴様。一つ質問に答えろ」
高圧的な態度はそのまま、先ほど魔法を打ったと思われる魔族が僕に話しかけてくる。
「貴様には、こいつが強力な幻覚魔法をかけていた。貴様が逃げた方向は死の危険すら感じるほどの出来事が起こっていた筈だ。どうやって抜け出した?」
「カレーさ」
「カレー?」
なんだ、こいつらはカレーを知らないのか。カレーを知らない残念な奴等なのか、カレーが無い残念な世界なのか、だから僕は、カレーの説明を始める。
最初は興味深げに聞いていた魔族達だったけど、次第に辟易してきたみたいだ。
甘く見たな。僕は、カレーの話なら軽く3日はできるぞ。そう、奴等は僕の巧妙な時間潰しに引っ掛かったんだ。
ゴブリンやオーク達も、自分の親玉である魔族が困惑しているのを見て、動揺し始めてこちらの方に注意が向いてきたみたいだ。
囲まれていた女性達も、僕にドン引きしているのも、カレーの素晴らしさについて全員に話すようにしながら、周囲を見渡しているときに確認している。
(早く気づいてくれないかなぁ……)
僕はそう思いながらも、カレーについてどんどん話す。今は、ルーだけじゃなくて、ライスが混ざったときの爆発的な味の飛躍について話始めたところだ。
一瞬間を空けることで、魔族達にこれで終わる。と、思わせた所でよりうんざりさせる事が重要さ。
「貴様……。いつまでつまらん事を話すつもりだ?」
「いい加減、本当の事を喋ったらどうですか?」
「僕は、嘘はついてないし、つまらないと思うなら、なんでここまで聞いていたのさ」
「くっ! 減らず口を……!」
「嘘ではない……ということは、たかが食べ物ごときに私の魔法が負けたということ……何て屈辱…………っ!」
魔族二人は僕の言葉に、とても悔しそうな反応をする。
なんだこいつら、煽り耐性無いのか?
「今よっ!」
魔族二人の状態が、女性を包囲していた魔物達にも影響を与えていたみたいで、婦警さんが合図をする。女性達は一目散に、先ほど走ってきた方向に向かって走り出す。
あっけにとられていたオークの反応が遅れて、なんとか無事に全員逃げ出せたみたいだ。
「なっ!?」
「まさかこれを狙って!?」
その様子を見て、驚きを隠せない魔族二人。こいつら、大物ぶってるけど絶対小者だ。
そんな僕の気持ちを読み取ったのか、わからないけど、言葉遣いの荒い魔族が僕を睨み付ける。
「貴様!簡単に死ねると思うなよ!」
魔族が僕の方に手を突き出すと、女性達に逃げられて怒り心頭の魔物達が、続々こちらに集まってくる。
恐怖から、無意識に体を丸めて身を守ろうとしたが、体が全然動かない。
「あなたの動きは封じました。目も閉じることも許されませんよ」
「生きたまま食われていく様を見ながら死ね!」
魔族の合図で、魔物達は僕に襲いかかる。
(嫌だっ! まだ死にたくないよ!)
さっきとは一変して、恐怖で声すら出せなくなった僕は、心のなかでそう叫ぶ。
やりたいことが残ってる
やらなきゃいけないことがいっぱいある
こんなところで死にたくない!
ゴブリン達が、僕に食いかかろうとしたその瞬間
僕の周囲がいきなり爆発した。目を閉じれない僕は砂埃をもろに受ける。
(痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃ!!!)
涙が止まらないその状態で、だけど僕は多分助かった事はわかった。
涙でぼやける視界には、黒と白の人型の何かが映ったからだ。
「遅れてすまなかった」
「アンタ、戦えないのになにやってんのよ!」
黒い方は淡々と謝り、白い方は怒りだす。僕だって頑張ったんだけどなぁ。
抗議したいところだけど、言っても無駄なのは知っているから、とりあえず伝えておかないといけないことを伝えておく。
「……あっちの方に、女性が大勢逃げてるんだ。助けてあげてほしい」
少し緊張がとれたから、喋れるようになった僕は、二人に逃げていった女性達の話をする。
「知ってるわよ、ビネガーとペッパーとシュガーがそっちに行ったわよ」
「ソルト、話は終わりだ。いくぞ」
青い方がソルトと呼んだほうに声をかけると、二人は一気に魔物達に向かっていく。
急の爆発で、視界が悪くなった魔物達の悲鳴が至るところで聞こえてくる。
砂埃が落ち着く頃には、何十といた魔物達は全て倒されていて、その場には僕と黒と白の仮面とマントをつけた人、そして、魔族の二人だけだった。
「貴様達……何者だ?」
口の悪い魔族の言葉に、黒い仮面と白い仮面が答える。
「フレーバーズ」
「平たく言えば、世界を守る正義の味方ね」
そう言うと、黒い仮面が一歩魔族の方へ歩み出す。
「お前達の目的が何かは知らん、興味もない。ただ、一言言わせろ」
そう言うと、黒い仮面は魔族を指差す
「てめぇの願望を叶えるために、他の世界を巻き込むな。自分の世界だけでどうにかしやがれ」
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世界の危機を伝える他世界の少女の話を、どこよりも早く信じた僕の国は、その対抗手段を聞いていた。
それは
他の世界が狙っている万能エネルギーを使って、対抗手段を造り出す。
ということだった。
ファンタジー文化に加え、特撮と言う実写アニメと言える創作劇が盛んだった我が国は、現実に特撮の英雄を生み出す良い機会と捉え、担当部署【ヒーロー庁】を設立。
何年もかけてエネルギーを探しだし、空想や創作の上でしか存在しなかった、いわゆるヒーロースーツを4着完成させたのだった。
その後希望者を募り、体力、知力、精神力のテストを行いテストを通過した若者4人にヒーローとして活動してもらうことになったのだ。
ペッパー
シュガー
ビネガー
ソルト
と言うコードネームを付けられた彼等は、フレーバーズというヒーローチームとしてこの世界を守るための活動することになったのだ。
何回も世代交代やヒーロースーツの改良を繰り返し、数年前にコードネーム
カフェイン
を冠する、五人目のヒーローが誕生し、現在フレーバーズは五人体制で多世界の侵略者と戦うことになったのだ。
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「カフィ! それ、私か言おうとした台詞! ペッパーがいないから、やれると思ったのに!」
「悪いな、俺も言ってみたかった」
「今度は私に絶対言わせてよね!」
まったく緊張感のない二人に、拍子抜けした魔族だったが、どうやらそれを相手にされていないと受け取ったようだ。
「貴様ら! この俺を無視しているのか! 殺してやる!」
「若!落ち着いてください!」
口の悪い魔族が、もう片方の制止を無視して、手を黒い仮面、カフェインに向ける。
一瞬手が光ったと思ったら、カフェインのいる場所が爆発する。魔法を使ったようだ。
「俺を無視するからだ! 今度は貴様だぞ!」
だが、ソルトと呼ばれた白い仮面は、やれやれと言った感じで肩を竦める。
「そんな程度で、私達がなにか起きると思ってるの? ほんと、程度が知れちゃうわね」
「まぁ、これが本気ならソルト一人でもなんの問題もないな」
爆煙の中から、何事もないかのようなカフェインの声が聞こえてくる。
「ほう、意外とやるな……さっきの女共とは少しは違うということか」
「若、油断は禁物です。こちらは勝手が違います」
「……そうだな。だか、少し位遊んでもいいだろう?お前も遊び足りないだろうに」
若と呼ばれた魔族がそう言うと、もう片方の魔族がニヤリと笑う。
「そうですね、少し遊んでから探せば良いですね」
魔族達の話を聞き、カフェインとソルトも身構える。
「やる気か……」
「もう来たくないって位の実力の差を見せてやるわ」
二人もヤル気満々だ。
いつの間にか、拘束が解けていた僕は、白い器をしっかり手に持って、戦いに巻き込まれないように走り出した。