1ー2 この世界の話
僕は、溜まりに溜まったストレスを発散するようにカレーを食べる。
食べる。
食べる。
ひたすら食べる。
自分で望んでやっていることとはいえ、何て馬鹿馬鹿しいことをやっているんだと思う。
食べている間も、周りではところ構わず爆発音や金属の打ち合う音、時折銃声のような音が聞こえてくる。
しかも、面倒なことに近づいている気がする。
(ああ、もう! おちおち食べてらんない!)
僕はその場から離れるために、容器の蓋を閉じて立ち上がる。
今いるところから、確認できる限り安全そうな場所は一ヶ所。
そこにいきたい気持ちはあるんだけど、カレーを食べたことで研ぎ澄まされた直感、がそこはダメだと言っている気がする。
それならば、カレーを食べたことによって呼び起こされた僕のカレー本能の赴くままに行動するしかない。
僕は、安全そうに見えるその場所を無視して、危険そうに見えるその場所に向けて一目散に走っていく。
すると、さっきまで爆発や崩れていった建物がどんどんと素に戻っていくじゃないか。
驚いて、足を止めそうになるけど、そこを堪えて僕はどんどんと走っていく。
「何!? 馬鹿な!」
「奴は、私達の魔法に完全にかかっていた筈だ!」
「くそっ! 追え!」
安全そうに見えていた辺りから、大声が聞こえてくる。すると、なんとも気色悪い鳴き声をあげて、なにかがこちらを追いかけ始めたようだ。
僕は、角を曲がるときにちらりとそちらを確認する。
そこには、僕が漫画やゲームといった空想の世界でしか見たことのない、緑色の肌に耳の尖った小学生低学年位の背格好をし小鬼が何匹もこっちを追いかけて来ていた。
いわゆる、ゴブリンと言われるあいつだ。
(今回はファンタジー系かよ!)
僕がいる世界はゴブリンなんていないし、当然剣と魔法の世界なんてことはない。
(わざわざこっちの世界に来ないで、自分の世界でやってくれ!)
僕はそう思いながら、容器の蓋を開けて、一口中身を頬張る。
疲れ体に染み渡る滋養。これでまだ走れる。
僕は懸命に逃げながら、この世界が置かれている状況に憤りを感じるのだった。
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「この世界は狙われている」
約100年ほど前に、この世界にやって来たと言う謎の女性から言われた言葉らしい。
僕らがいる世界というのは、様々な世界の要因が全て重なりあう部分に存在している場所に存在しているらしい。
だから、その全ての世界の要因を司る不思議エネルギーがこの世界に存在するらしく、それを狙って異世界転移をして来るとのことだった。
彼女は、その数多い世界の一つから、この世界の神の信託を受けてやって来た巫女様だという。
わざわざ別の世界の神のために、彼女は命を懸けてこの世界に忠告しに転移してきたみたい。
でも、当時の世界は大国同士が、様々な国を巻き込んで行っていた大きな戦争の真っ只中、こんな電波なことを言う人の話など誰も聞くことがなかった。
だけど
それは本当だった
彼女の言葉から十数年後、大国同士の戦争が佳境を迎え、今後の情勢を大きく左右すると言われたその戦いが起こる少し前に、各国の様々な場所が摩訶不思議なものに襲撃されるという出来事が起こった。
僕たちの世界には存在するはずがない生物。
存在するはずのない異能の力を持っている人間達。
僕たちの科学技術では作ることのできない機械生命体。
もう、戦争なんかやっている場合じゃなくなった。
全く知らないところから、知らないものが急に現れて侵略しようとしているからだ。
その結果、戦争をしていた大国の力は激減し、その近隣にいた国もどんどんと国力を落としていった。
戦争に一応参加していたものの、辺境国故に、ほぼ後方支援程度だったこと、ファンタジー萌え文化が発展しすぎていたせいで、変態国家と言われて中堅国家並みの力は持つものの、周辺諸国からの扱いが軒並み低かった僕の国の首脳陣は、どうみても、エルフだとしか思えない姿をした彼女の言うことを完全に信じ、彼女を受け入れ、有事に備えていたお陰で、他の国に比べて被害は少なかった。
他国の力が軒並み低下したせいで、相対的に一強状態になったことと、運よく侵略者達の攻勢が弱くなったことで、僕の国が主導して巨大な連邦国家を樹立したんだ。
それができたのも、戦争の後方支援をしながら、彼女の言うエネルギーを全力をあげて探し当てた結果なんだけどね。
あげられるエネルギーなら、友好的に渡すこともできたんだけど、そうすると現在の世界バランスが崩れて、そこの世界以外の全ての世界が崩壊しちゃうらしい。
なんてはた迷惑なエネルギーなんだ。
というわけで、僕たちは異世界の侵略者からそのエネルギーを守るために戦うはめになっちゃったわけだ。
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裏道のような細い道を通り抜け、それなりに広い道に出たときの左右どちらに逃げようか確認した僕は、目に映る光景にまた愕然とする。
警官と思われる人達が、一生懸命住民をこちらに向けて避難させながら戦っている。相手は、人間よりも少し大柄な豚の顔をした生物。
オークと言われるあいつだ。
オーク達は、警官達から発砲を受け、数匹は倒されているみたいだけど、まだまだたくさんの数がこちらに向かってきている。
逃げているのは皆女性で、警官も婦警さんばっかりだ。
ファンタジーの王道設定すぎる事に突っ込みを入れたい気分だけど、そんな事をしている場合じゃない。
「こっちに来ちゃダメだー!! ゴブリンがやって来てる!!」
僕は出せる限りの大声で、こちらに向かっている女性達に声をかける。
だけど、彼女達も逃げる方向がこちらしかない。
前門のゴブリン、後門のオークだ。
(なんてことだ…………。)
オークが王道設定ならゴブリンだって王道設定の筈だ。
オンナはオカセ! 的なあれだ。
女性達はほぼ全員絶望した面持ちでこちらにやって来る。
まだゴブリンは細道を抜けてない。今からもう一度この細道に突入すれば、ここをあの女性達が抜けるだけの時間を稼げるかもしれない。
でも……
だけど……
少しの逡巡の後、僕は覚悟を決める。
「皆さん! 一気に走り抜けてください!僕がこの細道のゴブリンに突っ込んで時間を稼ぎます!」
余裕が全くない彼女達は、誰一人として返事をしない。だけど、走る速度が気持ち上がったように見える。
多分、通じたんだろう。
そう思い、横道に突入しようと思ったその時、女性達から悲鳴が上がる。
何事かとそちらを見ると、彼女達の行く手を牛の顔をつけた一体の巨人に遮られていたのだった。
(ミノタウロス!?)
僕がそう思うと、女性達が逃げようとしていた先から声が聞こえる。
「全くちょこまかと、入組んでやがって少し迷ったぜ。」
「ふふふ、弱いものをいたぶるのは楽しいですよね。しかし、かなり召喚効率が悪い土地ですね、ミノタウロスの召喚であれだけ魔力を使うとは…………」
そういって現れたのは、やっぱり僕の世界にはいない容姿をした存在だった。