3-2 幼馴染は優しくて……
午前の授業終了の鐘が鳴る。生徒達は弁当を片手に友達と食べる場所を探したり、学食でや購買で何を食べようか悩んだりと、思い思いに行動を始める。
そんな中、僕は一人そんなこととは関係なしに屋上へと向かう。
今の僕には何を食べるとか、誰と食べるとか、そんな悩みなど一切無いからだ。
誰もいない屋上で、心置きなくカレー(厳密にはカリィライッソォ)を食べる。
これが僕の午前の授業を集中させるモチベーションであり、午後の授業に向けての元気の源だ。
このまま階段を上がって……
「愁君!」
階段を上がろうとしたその時、僕を呼ぶ声が聞こえたので足を止めてそちらを見ずに返事をする。
「なに? 詞」
「なに? じゃないよ! 二学期になってから私のところ避けてない?」
「そんなことないと思うけどなぁ」
心当たりは多分にあるけれど、べつにそれは僕が悪い訳じゃない。
「あるよ!」
そう言って彼女、寿 詞は、僕の目の前にやってくる。
黒髪のショートボブ。時々太いとかちっちゃいとか言う時があるけれど、正直完全な標準体型。スタイルは悪いわけではないが、特別良い訳でもない。容姿も特別優れているとは思わない。だけど、笑ったときの顔は正直美少女風だな、と思う。
そんな彼女は僕の幼馴染で、家も斜向かいだ。親同士も仲は悪くなかったので、小さい頃から一緒に出かけたり遊ぶことが多く、友達が多いとはお世辞にも言えない僕には貴重な友達でもある。
貴重な友達だけれど、僕は、彼女が苦手だ。
僕の肩くらいの身長の彼女は、階段を上がると目線がちょうど良い。まっすぐに僕を見つめて問い詰めて来る。
「最近一緒に登校してくれなくなったよ?」
「早く登校するようになったからだね」
最近はソルトやカフェインやペッパーが早い時間に迎えに来るから、必然的に時間が合わなくなってるだけだ。
別に僕が来てほしいって言っている訳じゃない。
「一緒に下校もしてくれないよ」
「それは、詞が部活してるからでしょ」
「前は待っててくれたじゃんか」
詞は、唇を尖らせて不満を表す。
それは、一学期はやることがなかったからであって、今はフレーバーズの一員として、最低限生き残るための訓練だってあるし、ソルトやシュガーによくわからない理由で呼び出されたりするからだ。
この前なんか、買い物の荷物持ちのためだけに呼ばれたんだからな。ほんと勘弁してほしい。
「一緒にお昼ご飯だって食べてくれないじゃんか」
「お前だって、友達出来てご飯別々に食べるようになったんだから良いだろ?」
「それでも時々は一緒に食べてたよ!」
詞はいい子だと思う。思春期を迎えれば、男子と二人で登下校したり、学校で一緒にご飯に行ったりするなんて噂されると恥ずかしいから嫌がるはずだ。だけど、僕が基本一人でいるから気を遣って一緒にいてくれているのはよくわかる。
困っている人がいれば助けるし、人当たりだって僕と違っていい。周りは詞は僕のことが好きだからだといっていた。
小さい頃は僕も詞も互いの事が好きって言ってたし、おままごとみたいな遊びだってしていたけれど、さすがに子供の頃のことを今でも本気にするような年齢じゃないと思う。
仮に、もし仮にそうだとしても僕は彼女の気持ちには答えることはできない。
もしかしたら詞の言う通り、僕は彼女を避けているのかもしれない。
ある時期を境に、無意識で少しずつ距離を取っていたのが、最近になって加速したのかも知れないなと改めて僕は思った。
何故ならば、
「愁君はカレー依存症なんだから、私がそれを治してあげないといけないんだよ?だから私を避けちゃダメなんだよ?」
彼女は僕のカレー好きを病気と捉えて何かにつけて矯正しようとしてくるからだ。
そして最近知ったことなんだけれど
「あと、この前レッドペッパーと仲良さそうに話してたよね?」
「あ、うん。ちょっと知り合いになった……」
「あの人は、自分のために凄い力を利用する悪い人なの。仲良くなっちゃダメだよ」
詞は、反フレーバーズ思想の持ち主だということだ。
別に、人間だから、どんな思想や嗜好を持ったってそれは自由だ。
だけど、フレーバーズとして活動している僕が、反フレーバーズ思想を持っている人と深い付き合いになるのは問題があると思う。
それ以上に、僕の根元であるカレーを病原扱いする人とは相容れることはできない。
(中学校の頃はあまりはそんなことなかったのにな)
なんとかその場をごまかして、僕は詞と別れて屋上へと向かいながら思いにふける。
もともとカレーがそれほど好きではなかった詞だったけれど、僕のカレー好きに対しては比較的好意的だった。
だけど、中学校二年生あたりからだろうか。詞は僕のカレー好きを異常だと捉え、矯正しようとするようになった。
(なんでそうなったのか思い当たる理由が全く見当たらないんだよなぁ)
そんなことを思いながら僕は屋上のドアを開けて、角の方へ移動する。
(僕としては、カレーは生きる源だから、愛することは普通の事だと思っているけれど、他の人からすればもしかしたら異常なことなのかな)
だとしても、僕はそれで人に迷惑をかけていないし、むしろ、今では新しくできた友……仲間の役に立つことができている。
だから、それを否定してくる詞が、やっぱり苦手だ。
僕は、誰もいないことを確認すると、“カリィライッソォ“の入った容器をどこからとも無く取り出す。
本来は、カリィのヒーロースーツを着ないとできない能力のようなのだけれど、僕とカリィライッソォの相性が物凄く良いようで、僕が望むと容器が次元を越えて現れるようになってしまったのだ。
おかげで、以前のようなヒーロースーツを召喚し忘れる、と言う事が起きてしまうのだけれど。
そんなことはともかく、僕はカリィライッソォを食べる。
あぁ、やっぱり美味しいなぁ。このカレー。
食べても食べても減らないカレーを、一心不乱に僕は食べる。午後の授業のやる気がどんどんと沸いて来る。困ったこともあったけれど、カレーを食べれば別にもう大したことじゃなくなるのだ。カレーはというのは幸せの魔法だなぁ。
そんなことを思っていると、唐突に地響きが起こる。
何事かと思って周りを見渡すと、田園地帯の方で煙が上がっている。
どうやらあそこが現場のようだ。そして少し遅れて警報が鳴り響く。
『緊急警報。緊急警報。異世界からの生命体が確認されました。皆様は、速やかに安全な場所へ避難してください。緊急警報……』
あぁ、出動か。僕は器を手にして現場に向かうのだった。