第六話
「失礼致します!雅史様をお迎えに参りましたわ!」
ホームルームが終了するや否や、渚は正面から堂々と雅史のクラスに乗り込んで来た。
(……慌てて対応すると盛大に誤解を抱かされそうだな)
ただでさえ、才色兼備の瑞希や、面倒見がよくかわいい美沙と仲のよい雅史は、学年問わず男子から殺意を持たれている節がある。ちなみに、美沙と瑞希に限らず、基本的には献身的で人当たりのよい雅史は、一部の女子の間で密かな人気があり、他の男子に比べれば頻繁に声をかけられているのだが、何故か雅史本人は自身に全く女子との関わりがないと思っている。彼の中で美沙は幼なじみ、瑞希は友達、と位置が決定づけられていることが一因である。
つまり、渚はある意味初めて異性として雅史に接近してきた存在、ということが出来る。
「あ〜っと、だな……」
雅史は周囲のざわめきや一際大きな驚きの声、それにくつくつ笑っている瑞希を無視して、とりあえず渚を廊下に連れ出した。
「まずは、弁当ありがとう。美味かった」
胃に違和感を感じながら、なるべく真実に聞こえるよう注意しながら、雅史は礼を述べた。渚の顔がさあっと赤く、また笑顔になる。
「い、いえ……私、料理はまだ修行中なのですが、喜んで頂けたなら幸いですわ」
「箱は洗って返すから」
「め、滅相もない!私がしたのはただの好意の押し付けですから、そのような後始末をして頂く訳には参りませんわ!」
「それだよ」
「え……?」
「俺も同じなんだ。別に、えーと、渚ちゃんだっけ?君に何かして欲しいから助けた訳じゃない。いや、強いて言えば、『助かって欲しいから助けた』のかな。つまり、もう君は充分お礼をくれたんだ。だから、これ以上返されたら、今度はこっちが返さないと正しくないというか、……なんというか」
渚の表情が見る間に弱々しくなったので、雅史はつい語尾を濁した。
(少し言い過ぎたか……?)
渚は、しばらく無言で俯いていた。が、雅史が、どうしたもんかと頭を二度掻いたところで、不意に意を決したように、上目遣いに雅史を見上げた。
「……でしたら。それを期待して家に招待しては、いけませんか?」
自信満々な常と打って変わって、捨てられた子猫のように儚げに。
彼女の年齢にしては起伏のある胸の前で組み合わせた指を震わせて。 極寒の地にいるかのように、頬を仄かに朱に染めて。
「うっ…………」
瞬間、雅史は渚の提案、それ以外の全ての事情を忘れてしまった。渚の直球は、見事に雅史の心臓にストライクバッターアウトスリーアウトゲームセットだった。