*ふりだしに戻る
職員室へ行くと、岡田先生は何やらデスクワークをしていた。
「おお、鍵を返しに来たか」
僕たちが来たと悟ると、椅子を回して体の正面を向けた。
「……あの部室、一体いつから開けていないんですか? ひどい有様でしたよ」
「まあ、テニス部は十年前からないらしいからなあ。鍵も引き出しの奥の奥にあったし」
なるほど、テニス部は生徒からも教員からも、ほとんど忘れられていたのか。
すると、みのりがはっとしたように声を上げる。
「先生、いま『十年前からない』って言いました?」
「うん?」
「どうして知っているんですか?」
またみのりの妙な鋭さが発揮された。部室に十年前の手がかりしか残されていないことは、部室に入ってみないとわからない。部室に行ったことがないらしい岡田先生がそれを知っているとすれば、矛盾した話である。
面食らっていた岡田先生がはっとして、改めて話す。
「ああ、そうか。そのことは話さないとな。おれから、テニス部復活を目指す清瀬と恵那に、いい知らせと悪い知らせがある。先に聞くのは、どっちがいい?」
「After rain comes fair weather.先に悪いほうを聞かせてください」
「じゃあ、話すぞ。あのな、テニス部は――」
――おれたちじゃどうにもならんかもしれないな。
「どういうことですか?」
「いや、たまたまほかの先生とテニス部について話したんだがな、どうやら十年前に廃部になっているらしいんだよ」
「廃部? 人数不足で自然消滅したわけではなさそうな口ぶりですね」
「そのとおりなんだよ。何か、不祥事があったらしいんだ」
「誰と話したんです? もう少し詳しくお願いします」
「あ、話を聞いたのは鎌本先生だぞ――ほら、美術で講師をやっている、三十代半ばくらいの女の先生。『なかなかまずい不祥事があったらしいから、復活は難しいんじゃないか』としか話してくれなかったけどな。まあ、噂話を信じようと信じまいと、ここは勉強第一の学校だ。いざ提案しても、上の先生たちがゴーサインを出してくれるかどうか、という話だろう。もし不祥事が本当だったなら、復活には乗り気になってもらえないだろうからな」
「はあ……じゃあ、これ以上の情報はないのですね」
岡田先生は頷いた。これなら、『ドウシテ、殺シタノニ』の文字を見てきた僕たちのほうが、よほど多くを知っているようだな。
しかし、不祥事となれば調べてみる必要がありそうだ。ロッカーの不可解な文面が意味するところによっては、重大な事件――テニス部復活を阻む障害になりかねない。いや、十年間も再結成されていないのだ、重大であったことは間違いないだろう。そういう部活が下手に復活して、下手に過去の不祥事を再燃させることをしでかしたら――進学校としての地位は瓦解。復活が渋られるわけだ。
いよいよきな臭くなってきた。
それはそれとして気を取り直し、次の話題へ移る。
「では、もうひとつは? いい知らせのほう」
尋ねると、岡田先生は身を乗り出す。
「あ、それはな、夏休みのうちに部員を集めてテニス部を作れれば、冬の大会にエントリーできそうだということだ」
「本当ですか!」
いち早く大きな声を上げたのはみのりだ。
「部活ができたら、という話だぞ。秋の大会はもう間に合わない」
「でもでも、一年生のうちに試合に出られるだけでも!」
みのりの考えももっともだ。夏休みから始動する以上、僕たちはできる限り復活を急ぎたい。二年から始めては遅い、というのは共通の認識である。
そんなみのりを見てため息をつき、岡田先生は僕のほうに体を向ける。
「まあ、先に言った悪い知らせのほうが問題だったな」
「ですね、いい知らせを打ち消しています」
「復活できるよう、頑張れよ」