*僕の導く真実
「Great.みのり、素晴らしい推理だよ。さすがは僕の嫁だ」
息を落ち着けながら、美術室に踏み込む。向き合っていた鎌本先生とみのりは面食らったように黙っていた。
「まったく、いつまでも帰ってこないからみのりを捜していたんだよ。そうしたら、美術室で真相を知る人物と向かい合っているんだから、もう、肝が冷えた」
「ねえ、忠……違うってどういうこと?」
みのりが震えた声で尋ねてきた。僕は努めて明るい口調で鎌本先生に問う。
「だって、違うんですよね?」
鎌本先生は小さく頷いた。
「ごめんよ、みのり。結局のところ、きみにはすべての手がかりを与えたわけではなかったんだ。たったいま、隼太から『藤井恵子のゴシップ記事が見つかったから、事件の真相がわかった』っていう連絡が入ってね。それもあってこうしてみのりを捜して駆け回ったんだ」
水を打ったように静まった教室で、深呼吸をする。
真相を突き止め、僕の夏を終わらせるのだ。
「殺したのは藤井英人で間違いない、二件とも、だ。けれども、一件目――つまりは熱中症の柴村順二を部室に押し込めたほうだね――のほうは藤井英人だけでなく、鎌本恵子も加わっている。
事件当日、鎌本恵子は永正学園に来ていたんだ。藤井英人と交際中だから会う約束でもあったんじゃないかな。それなら、柴村順二に何か言われやすくかつ憤慨しやすい場面ができるからね。そして、柴村順二の言葉を聞いたふたりは激情のあまり、部室に放り込んで死なせてしまった。
これだけなら、みのりの言う通り事故で誤魔化すことはできただろう。しかし、その誤魔化し方がふたりのあいだで違ったんだ。ここで藤井英人にとっての誤算が生じる。
――鎌本恵子が警察に突き出されたんだ。
藤井英人は完全に事件を事故に見せかけることで、罪を被らないようにするつもりだったのだけれど、鎌本恵子は違った。自分だけが罪を被ることで、藤井英人を平穏のままにするつもりだったのさ。顧問たちも、自分たちの行き過ぎた指導と甘い危機管理から言い逃れるためには、鎌本恵子の殺人だと警察に言いふらすのが一番だ。
ここで、隼太の見つけた記事が活きるんだ。隼太が見つけたのは、『藤井英人の妻は前科者』というゴシップ記事。小さな記事だったけれど、記事によれば鎌本恵子は熱中症騒動について刑事罰を問われたことがあったんだ。事実を概ね認めた鎌本恵子は短いながらも懲役刑を受けたと書かれている。信用はともかく、裁判があったことは大きな材料さ。
一方で、柴村丈一郎がある意味で殺されたという事件のほう――これは、藤井英人にとってウルトラCの賭け。一連の事件に関して最も大きな障害になるのは、息子を殺された柴村丈一郎だ。たとえ鎌本恵子が罪に問われなかったとしても、柴村丈一郎のほうから強請りなり復讐なり何をされるかわかったものではないからね。ついでに、鎌本恵子の公判に新たな事件を持ち込んで混乱させたかったのかもしれない。自分が殺人を犯すことで、自分も熱中症事件の罪を問われる場に立ちたったのかもしれない。
つまり、藤井英人は終始、鎌本恵子のために人を殺したんだ。
そう考えると『ドウシテ、殺シタノニ』が重みを増す。だって、藤井英人の努力虚しく、鎌本恵子はひとりで罪を被ってしまったのだから。まして、彫刻刀と言ったら鎌本恵子は美術教師を目指していたんだ、皮肉を見せつけたかったんじゃないか?
刻まれていたロッカーは女子更衣室のものだった――ひょっとすると、実習中の鎌本恵子が使っていたものかもしれない。また、部室の窓に張られたベニヤ板。二か所の窓でその古さが違っていた。偶然という可能性もあるけれど、廃部後に窓を割るイタズラがあったのちに張られたと考えればいい。それからしばらくして藤井英人が破って侵入、彫刻刀を突き立てた。こうすると、板の傷み具合は二枚でまったく違う。それが十年間交換しつつも微妙にずれた時間が維持されてきたんだ。
まとめるとこうだ――藤井英人は鎌本恵子とともに柴村順二を殺害した。しかしその罪をひとりで背負い込んだ鎌本恵子への愛憎入り混じった藤井英人は、鎌本恵子を擁護すべく柴村丈一郎を殺害。それでも叶わず、その思いをロッカーに彫刻刀で刻んだんだ。蚊帳の外にされた憎しみと、自分を庇い続けた愛へのもどかしさを訴えるべく、ね」