♪わたしの推理
十年前、熱中症で柴村順二という永正付属第三高校の生徒が、永正学園で死にました。
熱中症騒ぎの末、テニス部は廃部になりました。成り行きとしては普通かもしれませんが、部室の女子更衣室のロッカーには『ドウシテ、殺シタノニ』と彫刻刀で掘られていました。事故ではなく、事件だったとわかります。
その十年前のテニス部といえば、現在プロテニス選手の藤井英人が部長を務めています。そして、教育実習で永正学園を訪れていた藤井恵子という人物は、いまでは藤井英人の妻であり、鎌本先生の妹であると推測できています。
あと、関係がないようですが、十年前は女子高生とその教師が心中した事件が起きています。『禁断の恋』として世間は賛否両論に騒がれました。
これを前提に考えると、すんなりと仮説を作ることが可能です。
――早い話が、すべての犯人は藤井英人です。
事件があったのは夏休みです。炎天下で藤井英人が部長の永正学園テニス部と、柴村順二が所属している永正第三テニス部は合同練習をしていました。熱中症になりやすい時期ですから、過酷な練習だったと思われます。
そんな練習中にトラブルが生まれます。藤井英人は当時、すでに鎌本恵子と付き合っていたと考えられます。これは『高校時代からの付き合い』と本人たちが話していたので、間違いはないと思います。トラブルというのは、それについてのこと――柴村順二がたまたま、藤井英人が教育実習生と恋愛関係にあることを知ってからかうか、ひどく貶すかしたのです。『禁断の恋だ』などと言って。柴村順二は試合中を暴言を吐いたことがあって、性格があまり良くなかったらしいですから。
それに対して藤井英人が怒ります。ただ怒るだけなら良くても、殺意まで芽生えてしまう――それから偶然柴村順二が体調を崩したとき、看病するとでも偽って部室に放り込んで、人目につかないようそのまま放置しました。結果、熱中症を悪化させて死んでしまいます。
当時の先生たちはおそらく、熱中症の部員が出ても練習は中止しないと考えられます。十年前の永正学園はスポーツが盛んで、様々な大会でいろいろな部活が活躍していました。スポーツ推薦なんかにも積極的で、先生たちもきっと部活に対して打ち込んでいたことでしょう。そこで、顧問は熱中症の柴村順二の看病を藤井英人に任せてしまったのです。こうなると、重症になったときに看病しても治らなかったと訴えれば、事件は殺人ではなく事故として扱われてもおかしくはありません。第一、ここで顧問が生徒を糾弾するようなことをしたら、かえって自分たちの責任問題が浮上しますから、なんとか事故に見せかけることでしょう――藤井英人にとっては願ってもないことです。
でも、藤井英人の怒りは収まりません。柴村順二のような生徒に自分たちの恋を、テニスを邪魔された。それはきっと、スポーツばかり推進する学校のせいだと考えます。
ちょうど、十年前の事件の収拾をつけるときに、裁判に関することがまったく見当たりませんでした。柴村順二は、永正学園の校長である柴村丈一郎の息子であることが有力です。いくら自分の学校を相手取ることになっても、訴訟くらいはあっていいはず。では、なぜなかったのか――自分の学校と争いたくないのはもちろん、自身が不幸に見舞われたからです。
柴村丈一郎は、階段から転落したのをきっかけに病気が発覚。怪我とともに病気の治療に専念するも命を落とします。この転落、実は藤井英人が突き落としたということはないでしょうか?
藤井英人が校長を突き落せば、スポーツ推薦の推進が終わる可能性があります。最近の永正学園はスポーツ推薦を廃止していて、それは当時から永正学園にいた保健室の上津先生が話していました。廃止の時期は校長の交代とぴったり重なります。
こうして、藤井英人は人殺しを終えましたが、結局テニス部は廃部になってしまいます。自分の怒りをぶつけたというのに、返ってきたのは自分の楽しみの一部を奪う結果です。これに満足がいかず、『ドウシテ、殺シタノニ』彫刻刀でロッカーに刻むのです。
事件はすべて、藤井英人の殺人であったから。鎌本先生や藤井夫婦が禁忌として語っているのは、そういうことだったからですよね――
「みのり、それは少し違うんだよ」




