*不安な朝
不穏で不快な暑さに目を覚ました。
汗を拭きながら布団を這い出る。非常に寝苦しかった、いや、起きるまでにとても汗をかいた。きょうという日がそういった重たい空気を持っているのかもしれない。
携帯電話を開き、みのりに連絡した。
みのりと駅で落ち合い、学校へ向かったのは太陽が高くなり、不気味な暑さが攻撃的な猛暑になる正午過ぎだった。隼太の言っていた内容を調べ、照合するべく、きょうもまた生徒会室で過去の資料を漁らなくてはならない。しかし、みのりを呼びだしてそれを言ってみると、自分が単なる人海戦術の一員だと思ったのかみのりは不機嫌そうだった。
膨れる顔もかわいいのだが、せっかく合流した手前申し訳ない。
そのみのりが、不意に顔を上げて僕に問いかける。
「ねえ、忠」
「なんだい? 何か気になることが?」
「きょう調べるのは、柴村親子と鎌本姉妹についての確認のためなんだよね?」
「そうだよ。そこが鍵になるとふたりで目星をつけたじゃないか」
「うん、そうなんだけれど……忠のほうで筋道が立っているのかなって。きょうやりたいのは確認なんだから、忠はもうほとんど理解しているんじゃないかと思って」
やはり、みのりは鋭い。
けれども、事件のほとんどを見抜いているのは僕ではなくて、チャットで連絡を取っている隼太のほうだ。しかも、僕はまだその全容を聞いていない。今晩確認ができればと思っている。
「隼太には見えているらしい」
みのりは胡散臭そうな顔をする。
「三倉くん? わたしはよく知らない人だけど、今回の件で実際に外に出ていない人がそんなに信用できるの?」
「まあ、奴は何かと良い情報と新しい見方をくれるんだよ。奴の考えが本当に真相と一致するのかはともかくとして、役に立っている」
「前にわたしたちが会ったときから、何か新しい情報をくれたんだね?」
「そうさ、十年前にあった事件のことなんだ――」
三倉が語っていたのはこうだ。
十年前の三月、つまり永正学園で柴村順二が死亡する五か月ほど前のことだ。桜川市のことではないのだが、県内のある学校の女子高校生と同校の三十代の教師が見晴らしの良い山中の道路に停めた車中で練炭を焚いて自殺、情死とも言える心中騒動が起こった。
その女子高校生と教師はかねてより恋愛関係にあったといい、教師と教え子という立場はもちろん、学校では恋愛を禁ずる校則があったという事情から、双方の知人や家族に隠して逢瀬を繰り返していたらしい。女子高校生が自宅に残していた遺書においては、誰からだって反対されるだろうと決めつけ絶望している様が書かれており、自分たちの恋愛関係を『禁断の恋』と自ら嘲る内容がかなりの長文で綴られていたという。十年前となれば、現在に比べたら恋愛に関してそれほど寛容ではないだろうから、当事者ふたりの心理は妥当だったと思われる。
そして、卒業式が行われた日に女子高生が同級生との打ち上げを終えたのち、家に帰らず行方をくらまし捜索願が出されようとした翌朝、遺体となって運送会社のドライバーによって発見された。
この騒動で世間は大いに震撼、死亡した当事者あるいはその周囲の人物に対して、あらゆる視点で同情と批判の両方が飛び交った。学校をはじめ教育委員会、様々な人権団体などが次々にコメントを発表、報道も一時は心中騒動一色になったという。
三倉曰く、この事件そのものが熱中症事件に直接関与していることはまずない。ただ、確実に影を落としているだろうと語っていた。つまりは若き日の藤井英人と鎌本恵子の関係と何かしら繫がる部分を見出しているのだろう。それ以上は聞き出せなかった。
「……ということだ」
みのりはぽかんとしていた。想像だにしない突飛な手がかりである、みのりだけでなく僕だって驚いている。
まもなく目的地の生徒会室に着こうというところで、みのりが急に声を上げる。
「あ、わたし岡田先生に提出するものがあるの! 行ってもいい?」
構わないけど、と言い終える前にみのりは階段を駆け上がって行った。
「私、嫌われちゃったんだよね」
唐突に生徒会室から出て来た草野会長に、僕は「そんなことはない」と言いそびれた。