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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Advantage ――猛追――
44/54

*重なるキーワード

 みのりが注文した豚骨ラーメンが届いた。僕の冷やし中華は時間がかかるらしい。

 それにしても、と思う。

 柴村丈一郎。

 柴村順二。

 僕はみのりの集めてくる情報を正直甘く見ていた。僕とみのりでは着眼点がまるで違っている、そう考えていたのだ。事実異なってはいたのだが、どこかで関連する点が見つかるだなんて。

 校長と、高校生――多少離れているかもしれないが、親子として決しておかしくない年齢差である。確証こそないが、必ずどこかで繫がってくれるはずだ。

 さらに、死んだ生徒が第三高校の生徒だったとは思いもしなかった。僕はずっと永正学園の生徒が死んだものと考えていたから、決定的なミスになりかねなかっただろう。あまりに大きな違いである。

「あ」

 みのりが声を漏らす。まだ気がつくところがあったらしい。

「愛佳が気にしていたんだけれど、一連の事件で裁判があったって記録がないの。もしかすると――」

「親がそれどころじゃなかったせいだ、と言いたいんだね?」

 みのりはゆっくりと浅く頷いた。

 柴村順二と丈一郎が、本当に親子だったと仮定する。ある夏休みの日、第三高校の柴村順二が永正学園で練習をしていた。このとき、合同練習をしていたことは僕が生徒会新聞で確認している。ところが、その練習中に柴村順二は熱中症を訴えた。治療も虚しく落命し、学園には多くの保護者からクレームが寄せられる――その矢面には、死亡した柴村順二の父親柴村丈一郎が立たされる。となれば、裁判を開いて自分の学校の首を絞めるわけにもいかない。そのうち病に伏してしまったならなおさらだ。

 僕の冷やし中華が届けられた。みのりはもう半分ほど食べ終えている。

「ねえ、忠は何を調べていたの? 先生のことだよね?」

 みのりが尋ねてきたので、麺をすすってから答えた。

「僕は鎌本先生について調べていたんだ。……しかし、ふたりの『鎌本』が現れてしまってね。姉妹の可能性もあるんだが、隼太もお手上げのようだった」

「ふたり?」

「そう。いま講師をやっている鎌本春子先生に、十年前教育実習でやってきた鎌本恵子先生――どちらも美術の先生なんだが、関与しているのかさっぱり」

「……鎌本恵子?」

「へ?」

「十年前にいたんだよね? 確かにいたんだよね?」

 みのりがかなり焦っている。鎌本先生に関して確かなものが見えず自信のなかった僕はその勢いにやや押され、恐る恐る答える。

「……ああ、そうだよ。実習生」

「テニス、やってなかった?」

「やっていたらしいね」

「すると……その人、藤井英人の奥さんかもしれない!」


 みのりの言葉は僕を再び沈黙させるに足るものだった。


「わたし、アカデミーで藤井英人の奥さんに会ったの。そのとき、藤井恵子だって名乗ったから、可能性は充分にあると思う。それに、本人が言ってたんだよ、『ちょうど高校生からの付き合い』って。事件のことも認めて、夫婦にとっての悲しい禁忌だって言ったから、たぶん間違いない」

 開いた口が塞がらない。

 みのりの話が正しいとすれば――いいや、みのりが確認した出会いの時期やテニスプレイヤーという事実の符合が偶然に収まるとは思えない。

 いままで見えていなかった人物たちの全体像が一気に開けて見える。藤井英人、恵子夫妻。当時の永正学園校長柴村丈一郎、その息子と思しき死亡した順二。この二組が見えるだけで事件の大まかな部分が見えることから、間関係は非常に閉鎖的であったということだ。あとは、それぞれの人物の人間性やより詳細な関係性から、当時何をして、その後どのように行動したか推測していけばいい。

「これから確認すべきことがわかったね。まず、柴村丈一郎と順二が本当に親子であったかをはっきりさせる。次に、死亡した順二の練習中の環境や人間性だ」

「うん、そこだね――でも、『ドウシテ、殺シタノニ』の言葉と、どう一致させていくの? しばらく目をつぶっていたけれど、見逃せないよ?」

 まったく言うとおりである。事件に関連があるのなら言うまでもないが、イタズラだとしてもその証明が必要だ。いま揃った手がかりをより追求することで、「殺人」へと結びつけなくてはならない。

 だが、ここで怖気ついている場合でもない。

「そうだね。部室についても、もう一度調べ直さないと」

「うん――あれ?」

 そのとき、みのりの携帯電話が鳴った。ちょうど食べ終えたところのみのりはすぐに鞄から取り出し、通話の相手といくらか言葉を交わす。その声はどうやら男のものらしく、みのりは話しながら焦りを見せていく。

 どうしたのだろうと思っていると、通話を終えたみのりが早口に訴えた。

「忠、ごめんね。きょう担任から、テスト後に用事で行けなかった面談の呼び出しがあったんだった。食べたら急いで家に戻って学校に行かなくちゃ」

「……そうかい。危機管理には気をつけて」

 せっかくふたりでまた事件を終えると思ったのだけれど。

 僕とみのりらしいと言えば、そうかもしれないが。

「じゃあ、僕も家に戻って隼太と話してみる。隼太は隼太で、かなり考えてくれているんだよ。きょうはこんなに成果があるとは思わなかった、Two heads are better than oneというものかね。さすが、みのりは僕の嫁だ。ダブルスの再結成は見送りにするけれど、また一緒に頑張ろう」

 手を差し伸べる。テニスにおいて、握手によるコミュニケーションは重要だ。

 みのりは別人のように大人びた笑顔で微笑んで、そっと握り返してくれた。


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