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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Deuce ――交錯――
40/54

*嚙み合わない

 テニス部の記事を見つけられないかと腐心していると、草野会長が生徒会室に戻って来た。僕も休憩にそちらへ出てみると、会長は学校の近所にあるコンビニエンスストアの袋を持っている。どうりで、先生への報告にしては帰りが遅かったわけだ。

 その袋には、アイスクリームがふたつ。

「はい、おごり。頑張ってるね」

「はあ、すみません。いただきます」

 気がつけば、襟が汗で濡れてかなりへたれている。普段の僕ならば遠慮するところを、暑さにくたびれて無意識にアイスを欲したのだろう、素直に受け取ってしまった。ここは会長の上手いところなのか、僕のまだ甘いところなのか。

 カップを開けると、無難にバニラだった。会長のカップは緑色が入っているから、おそらく抹茶。確か、抹茶はバニラより十円ほど単価が高い。

「成果はあった?」

「一応。鎌本という講師の正体を少しだけ」

「へえ」

「十年前の教育実習生に、鎌本恵子という美大生がいました」

「え?」

 草野会長が急に驚いた声を上げる。どうにも、新発見に驚いている様子ではない。

「どうしました?」

「その、鎌本先生って……そんな名前だったかな?」

「……なんですって?」

 名前が違うとなれば、立ち場の変化や時間の経過以前の問題だ。

 そこで、あ、と会長が声を上げる。

「妹かな?」

「…………」

「非現実的ということもないでしょ?」僕の表情を窺うように、草野会長は話す。「鎌本なんて苗字、そう多くはないと思うし」

「……まあ、そうですが」

 またひと口、アイスを頬張る。少しずつ溶けてきて、食べやすくなっている。

「名前より問題なのが、時期ですよ」

「というと?」

「教育実習は五月の三週間のみ。事件のあった八月にこの学校にいるでしょうか?」

「何かのお手伝いとか? ボランティアで」

「テニス部に有志で……とにかく、その裏付けが必要ですね」

 席を立つ。僕のカップはすでに空にした。体の芯が冷めて覇気を取り戻したところで、再び地獄のような暑さが待ち構える資料室へ踏み込んだ。

 草野会長は数か月前に鎌本先生が来たという情報を探し、僕は十年前の夏休み前後の記事を探した。それぞれ、鎌本先生の本名を探るのと、夏休みに教育実習生が何らかの形でいたのかを知るためだ。

 会長が差し入れをしてくるまでに、テニス部が特集されている生徒会新聞を見つけている。何でも大会で好成績を収める期待大だとか、すでに収めたとか。さらなる高みを目指し、永正第三との合同練習を一週間行う旨も記されていた。

 そこにある写真を虱潰しに見ていくうちに見つかりはしないかと一縷の希望に賭ける。練習に励むその写真は当然モノクロであったが、真夏の空の青と木々の緑が燃え上がっているように思えた。

 それにしても、何があって永正学園に教育実習生が戻ってくるだろうか。教育実習をするとなれば社会参加への最終ステップともいえる、そんな人物が夏にまた受け入れ校に戻るとは考えにくい。就職なり免許取得試験なり、当然大学の勉強もあって、そうそう暇な時間などありはしまい。

 学校側が一教育実習生を改めて呼びだす用事だってないはずだ。何か重大な忘れ物あるいはやり残しでもあったのだろうか。結局のところ、その目的とは、個人の思い入れとでもいうしかない。

 ならば、その個人の思い入れとは何なのか――

「あれ?」

 見つけたのは、校長の解任の報せだ。

 それは、いつの間にか読み進めすぎて辿りついた十月の生徒会新聞。柴村丈一郎(しばむらじょういちろう)という校長が病気療養中で、職場復帰の見込みがつかないことから、本人の申し出により、解任が理事会で決定されたという。次代の校長には、それまで代理を務めていた副校長が格上げされると書かれていた。校長はどうやら夏に階段で転落して救急搬送、そこに不運にも持病が重なってしまい、以来ずっと入院していたらしい。

 夏から。十年前の夏は不幸続きのようだな。テニス部員死亡の引責でないだけ穏やかなのかもしれないが、短期間にこうも命に関わる沙汰が生じると気味が悪い。

「どうしたの? 清瀬くん」

 会長は、疑問の声を上げた僕を覗き込む。

「いえ、これといった話題ではありません」

 会長に校長が交代していたことを教えては、話が長くなって本題から逸れてしまうような気がした。それよりも、会長が何かを見つけていないかが気になる。鎌本先生の名前は解ったかと訊いてみれば、広報の記事を指差しながら頷いた。

「これ見て。いま学校にいる鎌本先生は、鎌本春子(はるこ)先生だよ。名前が似ているから、姉妹の可能性はあるかもね」

 そのとき、扇風機の風がかさかさと手元の資料を暴れさせた。会長は慌てて紙が飛ばされないよう押さえつける。

 僕にはそれが、だんだんと膨張し抱えきれなくなってきた十年前の情報のように思えた。


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