♪荒れ果てた部室
岡田先生から借りた鍵を持って、テニスコートのほうへ歩く。
テニス部創設は難しいようだけれど、部室を見ればテニス部を作る実感が湧いてくることだろう。それなのに、
「部室なんてどこにあるんだ?」
忠は部室の場所を知らなかったらしい。岡田先生も、校舎の外にあることしか知らないようだった。
「みのりは知らない?」
「わたしは知らない」
「困ったなあ……」
ぐるりとテニスコートの脇を歩く。この学校には四面のコートが並んでいて、フェンスの外から回るだけでも、なかなか長い距離を歩く。
そのうち、校舎から一番遠いところまで歩いて来てしまった。
「どこにもないね」
「そうだなあ……でも、こうして鍵が作られている以上、確実にあるはずなんだが」
忠は困り切ってしまっている。
藤井なんとかという選手がこの学校から卒業したのなら、テニス部はきっと立派なものがあったのだろう。その部室も立派だとすれば、こうして見つけられないと不安になってくる。
取り壊されちゃったのかな? ああ、でも、鍵はあるのか。
「あれ?」
ふと、建物を見つける。それは見るからにボロボロで、窓には木の板が張られ、壁は白色だったようだけれどすっかり灰色に汚れている。
「どうした? そこは使わなくなった倉庫か何かじゃないのか?」
忠の言う通り、その建物にテニス部の部室と解るものはない。永正学園は最近建物の建て替えが多いから、古い建物はあまり信用できない。
「ううん……わたしにもそう見えるけど、試してみようよ」
忠から鍵を受け取り、その古い建物のドアノブに鍵を差してみる。
がちゃり。
開いちゃったよ。
忠に助けを求める。この扉を開いたら、何か悪いものが出てきそうで怖い。
「はいはい、僕が開けるよ」
そういってノブを摑み、一度唾を飲んでから慎重に回す。
ドアを引くと、もわっと変な空気が流れ出てくる。しかも臭い!
「うわ、何この臭い!」
「これは本当にひどいね。本当にテニス部の鍵だったのかな?」
咳き込みながら、忠は部屋に片足ずつゆっくりと入っていく。空気を入れ替えるため、ドアは開けられるだけ開けた。
建物の外で忠の報告を待っていると、それほど時間が経たないうちに忠が建物の中から叫ぶ。
「みのり、ここは確かにテニス部みたいだ」
「嘘、本当に? わたし、こんな部屋で部活したくないよ」
「僕もそう思うけれど、仕方がない。ちょっと入ってみなよ」
わたしは嫌々入る。やっぱり、ドアの前にいるよりもずっとひどい悪臭が充満している。こんなところ、人間が過ごす場所ではない。
でも、入ってみればテニス部であることは間違いなさそうだ。ラケットが十数本籠に入れられていて、テニスボールがスーパーで使うような籠で三つぶんある。臭いの発生源は主にこれらだ。
忠もそれに気がついていて、いくらかボールやラケットを調べている。
「体育倉庫のものとは別に、より品質のいいものがたくさん保管されていたんだね。しかし、こりゃひどい。カビの生えたボールもあるし、グリップが腐ってしまったラケットまである。使わないと当然こうなるよ、一体何年こうしていたんだ?」
「ベンチもほこり被ってる。気持ち悪いなあ」
部屋は意外と広く、ミーティングにも使う備品置き場の部屋だったのかもしれない。部屋の奥にはドアがふたつあり、奥にふたつまた部屋があるようだ。
「ここは更衣室だね。右の部屋が男子、左の部屋が女子」
「嫌だ! わたし調べたくない、絶対臭いもん」
「わかった、わかった。僕が調べるから」
そう言って、忠は男子更衣室へ入って行った。すぐに気持ち悪そうに咳き込む声が聞こえてきて、悲しくもほっとした気持ちになる。
外に出たら忠が探すだろうし、汚いベンチに座って休むわけにもいかない。どうしようか迷って立っているしかなかったけれど、忠に申し訳ないからやっぱり覚悟して、女子更衣室のノブに手をかける。
がんばれ、わたし。
吐き出せる息を全部吐き出して、なるべく呼吸しないように部屋に入った。