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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Deuce ――交錯――
36/54

*嘘吐き

 清瀬忠……高校生

 恵那みのり……高校生

 岡田幸介……数学教師

 上津千代……養護教諭

 八重樫肇……永正学園校長

 三倉隼太……忠の友人

 西愛佳……みのりの友人

 草野藍……生徒会長

 藤井英人……テニスプレイヤー

 藤井恵子……英人の妻

 牧川、久内、熊田、篠原……かつてのテニス部顧問とコーチ

 鎌本……美術講師

 目の前が白く掠れている。

 僕は暗闇の中でじっと座っていた。


『嘘は必ず、周りの人を不幸にする。最後に泣くのは、自分だけじゃない』


 藤井英人の言葉を思い出す。僕はあの試合以降、ネットを挟んで話したことをずっと反芻していた。


『あの事件はただ、みんなが嘘を吐いてしまったがために起きた不幸だったんだ。あの日、あるひとりの部員が熱中症らしき吐き気や頭痛を訴えた。しかし、大会も近いその日の練習は貴重でね、どうしても休みたくなかったんだ。そこで、無理をした――気がついたときには重症、急いで部室に運んで休ませたけれど、結局は助からなかった。部長の立場でその嘘に加担してしまったから、とても悲しくて、辛かったよ』


 そして、最後に付け加えた。


『十年も経ったけれど、思い出すからあまり話したくないよ。きみも、嘘を吐かないようにね……彼女のためにも』


 そう言って、みのりを見やった。

 終始、嘘を吐く愚かさについて強調していた。

 しかし、藤井英人自身もとんでもない嘘吐きである。嘘を吐くなと、嘘の教訓を僕に吹き込んだのだ。僕に話したことは、すべてを信用することはできない。藤井英人は、熱中症の騒動について、わざわざ「あの事件」と呼んだ。僕は決して、「事件」呼ばわりはしていないから、藤井英人自ら隠しきれずにその言葉を選んだのである。

 十年前に何か「事件」があったことは明らかになった。藤井英人は、嘘吐きだ。

 とはいえ、僕も「嘘吐き」呼ばわりされたら心が痛む。僕自身も事実と異なることを言ってしまったのだから、その意趣返しをされてしまったと思うと仕方がない。

 ネット越しに向かい合う直前、僕はフォルトをコールした。藤井英人のサーブが外れて、自滅を招いた僕の勝利と判定した。

 でも、本当は違う。藤井英人のサーブは間違いなく、インだった。

 ボールが際どいコースに決まる瞬間、僕は咄嗟にラケットと右足を同時に投げ出した。まさかセカンドサーブでエースを狙ってくるとは思わなかったから、完全に虚を突かれてしまい、そうするしかなかったのだ。

 結果、届かない。実力を出し切っていないプロと、すでに手の内を明かし疲れ切ってしまったアマ。僕は負けを覚悟した。

 足がサーフェスと激突しその振動が全身を走ると、なぜだか急に、僕の考えは変わった。負けたくない、急にそう思ったのだ。そのとき、上手い具合に右足とラケットが落球した地点を相手コートから見にくくしていて――


 セルフジャッジで嘘を吐くなど、紳士のスポーツたるテニスのプレイヤーとして失格だ。

 一方で、僕はやはり嘘を吐いていて、これからも吐き続けようと思っている。いままで嘘をどれだけ塗り重ねてきただろう。今回藤井英人から指摘されなければ、僕はまだ飄々と虚言を並べていたに違いない。

 少しだけ、立ち止まることができた。

 同時に、後戻りできない絶望を改めて思い知った。

 中学の制服を着、眼鏡をかけたみのりを見てしまい、僕は当分一緒にいられないと解った。こうも頻繁にここへ戻って来たくなるのでは、僕の集中力と精神力が保てない。事件を追うこともできなくなってしまうところだった。

 みのりがいればこうして戻ることもないと思っていたのに、そのみのりのほうから僕の心を揺さぶってきた。みのり自身にそのつもりはないにせよ、僕の中には追憶を呼び起こす因子が多く眠っている。

 視界を白く掠れさせる一筋が、ふらふらと上へ上へと流れていく。その向こうでは、大輪の花が咲いている。いつでも変わらぬその輝きは、いつまでたっても僕の心にとどまっている。ただし、輝きを増すこともない。

 後生大事に保存しておきたいがために、僕は嘘を吐いた。自分にも、みのりにも。その噓が瓦解しはじめているというのなら、藤井英人の忠告を真摯に受け止めなければならない。しかし、瓦解させたくはない、まだ維持できると僕は確信している。

 だから、いまはもう少し嘘を吐かずに気持ちを落ち着けたい。

 しばらく休めば、再び普段通りの顔を取り戻せるはずだ。


 それからまた、嘘を吐く――


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