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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Fault ――嘘――
32/54

♪遠いコートサイド

 忠がプロテニスプレイヤーと試合をすることになった。

 勝ち目があるのかと心配だけれど、忠だから信用もしたい。信じないのも薄情だ。本当は、試合以外の方法がないのかと言いたかった。

 でも、忠の目は戦闘を求めていた。わたしに向かって『テニス部を復活させる』と宣言したときの目だ、もう止めることなんてできない。ずるい。

 だからわたしは、ただただ、黙って待つしかない。『サービスしましょ』によると、テニスでは、観客がプレー中の選手に声援を贈ることは、選手の集中を切らす最悪の無礼だという。拍手や歓声をプレゼントするのは、ラリーやゲームが終わって一区切りしたときの「よくやった」というときだけなのだ。

 がんばれ、と叫びたくても心の中だけ――素敵なマナーなのかもしれないけれど、いまのわたしには、不安を募らせるばかりだ。

「よし、じゃあ早速トスをしよう」

 藤井選手がラケットを差し出したのを止め、忠がラケットを地面に立てる。台風の目である『U』の字をじっと睨み、指で弾く。

「ダウン」

 ラケットが回転する一瞬で藤井選手が叫び、倒れたラケットを拾い上げた。見ると、『U』は正しい向きになっている。

「どっちにする?」

「じゃあ……選んでください」

 へえ、と藤井選手は腕を組み、「じゃあ、サービスを」と言った。

 ラケットを回して行うトスでは「サービス・レシーブの選択権」「コートの選択権」だけでなく、「相手に先に選択させる」こともできる。プレイスタイルからして、サーブもコートも甲乙つけがたいときには有効な戦略ともなり得るという。これも『サービスしましょ』で知った。

 ということは、忠はちゃんと戦略があって先に選ばせたのだろうか。

 藤井選手はサービスを選んだため、忠はレシーブから始まる。一方でコートを選ぶ権利を得た忠は、東西に延びる体育館の東側のコートを選んだ。もちろん、藤井選手が西側に構える。

 ふたりが臨戦態勢に入ったので、コートの脇に避難する。

 ここにいたって、わたしにできることはない。テニスはコートの上にいるふたり、あるいはダブルスをする四人だけ世界で展開するもの。自分の感覚に集中し、全神経を興奮させ、ちょっとの風や日差し、雑音との駆け引きまでしているのだ。

 つまり、わたしはただの部外者。忠を応援したくても、ただただ、コートサイドでじっとしているだけ。コートサイドからは、何もできない。プレイヤーもひとりぼっちだけれど、見ている側も寂しい気持ちになる。その寂しさを乗り越えてはじめて、テニスを本当に楽しめるのかもしれない。

 気持ちの中では、いつも一緒――わたしも戦うよ、忠。


「Play」

 忠のコールで、藤井選手はトスを上げた。そこから目にも止まらぬ速さで全身を捻り、気づいたときにはボールが忠のコートの端で暴れていた。

 ふっと忠は息を吐く。一歩も動いていない。

「セカンドサーブ」

 藤井選手は自分でそう言い、もう一度構える。ファーストサーブはフォルト、ノーカウントとなってやり直しだ。ここで再びミスをすれば、忠が先制できる。

 セカンドサーブは、あまりスピードがなかった。コートの左側から打ったそのサーブは忠のバックハンドに飛んでいき、忠は体を目いっぱい伸ばして胸を開き、勢いよく片手で持っていく。

「アウト!」

 しかし、そのボールはコートの外まで力なく飛んで行ってしまった。完全に力負けしてしまったのだろう、ラリーにすることもできず失点だ。

 続いて、忠がサーブに入る。コートの右側だ。

 一球目、フォルト。打ち直し。

 セカンドを放つも、あまり力がない。コントロール重視かと思ったけれど、結局はまたフォルト。忠らしくない自滅、ダブルフォルトで二点目を奪われた。

 相手が相手、緊張で縮こまってしまっているのかもしれない。自分のプレーができない忠と、これでも手加減をしている藤井選手。

 勝ち目がない!

 わたしは辛くなって、クラブハウスへ戻った。


 重い気分でドアを閉める。

 せめて打球の音が聞こえないところで見ていたい。その音だけで、忠が押されていることがわかってしまうのだ。

 すると、クラブハウスの窓からコートのほうをじっと眺めている女の人がいた。二十代後半なのか、意外にも四十代なのか見た目には判断がつかない人なのだけれど、とにかく美人だった。わたしもその窓から観戦しようと思っていたので、話しかけてみる。

「このゲーム、見ているんですか?」

 女の人は振り返る。綺麗な人だった。

「ええ、ちょっとね」

 わたしに応えるとまた、窓の外をじっと見つめた。その視線の先は、藤井選手。

「あの」

「はい?」

「ひょっとして、藤井選手の奥さんですか?」

 何となく雰囲気から質問してみた。訊いてから「しまった」と思ったけれど、反応は意外と柔らかだった。

「ええ、そうよ」

 穏やかに微笑んでいた。


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