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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Fault ――嘘――
27/54

*ミニゲーム

 リストバンドで額の汗を拭き、ズボンに手のひらを擦りつけて汗を拭う。

 草野会長のサーブは、左利きのせいか打った感触が微妙だ。あまりいいショットが返せず、すぐに追いつかれてしまう。となると、自然と防戦のテニスになっていき、ベースラインよりも後退する羽目になる。

 ――だから、短期決戦が必要だ。

 草野会長のトスは、やや体の後方だった。それを見て、僕はサービスライン近くに半歩ほど前進する。相手が確実にスピンサーブを入れてくるのならば、こちらにとっては確実に強いショットを返せるチャンスでもある。サーブで決められるのならありがたい。

 案の定、スピンサーブ。ボールが上がりきったら、ラケットを被せるくらいのつもりで叩きつける。あえて会長のいるサイドへの角度を意識する。

 狙い通り、ダウン・ザ・ライン。サービスラインのあたりへ決まってくれた。

「Game, sst, and match」

 二ゲーム先取、ミニゲームは僕の勝ち。

 敗戦に苦笑いする草野会長と、ネット越しに向かい合う。

「もう、大人げないね。ほとんどラブゲーム」

「会長のほうが先輩ですよ」

「じゃあ、男らしくない」

 お互い冗談のつもりだ。

「女の私に、本気で勝ちに来るなんて」

「手加減したほうが失礼かと思いまして。気に障りましたか? すみません」

「別にいいんだけどね、久しぶりのテニスは負けても楽しいし。ああ、走りすぎて疲れた」

「連戦ですから、仕方がないです。それと、会長はバックハンドが苦手らしいので、狙っていたぶん、結果的に揺さぶらせていました」

「苦手って解っちゃったか。おかげでコースが厳しかったよ」

「クロスにはあまり自信がないのですが、いまのはラッキーです」

「それがサービスリターンで決まったんじゃ、返せないね」

 そう言ってベンチに戻ると、会長は水分補給をしながら周囲を見回す。

「みのりちゃん、そろそろ戻るかな?」

「そうですね」

「清瀬くん、いいの?」

「何が?」

「みのりちゃん、妬いているように見えたけど」

「というと?」

「清瀬くんとふたりがいいみたい」

「さあ、どうなんでしょう」

 草野会長は呆れたような、訝しんだような微妙な表情をした。僕は会長と違って、表情を見ただけで心情を見抜くような芸当はできないから残念だ。

「清瀬くんはいいの? 正直なところ、みのりちゃんは」

「やめてください、また言い当てられるのも恥ずかしい」

「ふふ、勘弁してあげる――ほら、ちょうど帰ってきた」

 そう言って会長が振り向いた先では、みのりが重い扉を開けているところだった。

 戻って来たみのりは、草野会長に問う。

「何の話をしていたんですか?」

「清瀬くんとみのりちゃんの話」

 ついつい、どきりとしてしまう。些細な人の心の動きを読み取ってしまう草野会長に対し、みのりが何か変なことを口走ってしまわないかと不安になる。やましいことはないのだが、話している途中から照れくさくなる。

 草野会長もずばりと訊く。

「ふたりはいつから仲がいいの?」

 僕の気を知ってか知らずか、みのりも少し恥ずかしそうに答える。

「中学の三年からです」

「へえ! 何がきっかけで?」

「なんとなく? いつの間にか、だんだんと」

 ふうん、と草野会長はまだ根掘り葉掘り聞きたそうに口角を上げているが、実際に「いつの間にか」仲が良くなっていたのだから仕方がない。

 みのりがすっかり困惑してしまったので、助け舟を出してやることにする。

「そういえば、みのりは何をしていたの?」

「へ?」

「汗が引いているから、何かしていたのかな、と」

「ああ、うん」

 会長と話を続けるよりは、みのりと僕が話したほうが話を逸らしやすい。どういうわけかみのりは少し面食らって、わずかに口籠ってから続けた。

「校長先生に会ったの」

「八重樫先生?」言下に草野会長が反応した。「私、二年生のころ教わっていたよ」

「この学校って、校長が英語を教えているんですね」僕は校長とは縁がないので、ちょっとばかし気になる。「どんな人なんですか?」

「そうだねえ」草野会長は思い出しながら話す。「すごく教育熱心って言うのかな、受験とかテストのこととかを始終話しているよ。授業は解りやすくて役に立つんだけどね」

 みのりは嫌そうに顔を歪めた。堅苦しい授業が苦手なみのりとは、反りが合わないタイプの先生らしい。苦々しい顔をするのは、さっきも成績のことについて一言言われたからだろうか?

 ふと、草野会長は独り言のように呟く。

「まあ、あの校長先生なら校風にぴったりだけどね」

 教育熱心な校長、確かに、進学に重点を置いている永正学園にはぴったりかもしれない。内部進学できる永正大学はそれほど有名ではないが、中堅大学としての実績と信頼はなかなかのものだ。系列高校がしっかりするのも頷ける。

 しかし、みのりは納得がいかないらしい。

「うちの校風って、勉強なんですか?」

 これには僕も驚いた。

 間抜けなみのりとはいえ、ここまでとは。草野会長も一瞬返答に困ったが、結局は諭すような口調でみのりに語りかける。

「え、でも、受験のとき大変だったでしょ?」

「ま、まあ……」

 微妙な返事。

 実のところ、僕もみのりも推薦入試で入学していた。僕の成績はともかく、みのりの成績は体育が大きく評価されたらしく、面接試験は好感触だったと笑顔で話していた。となると、はっきり『頑張って勉強して入学しました』とは言いにくいのかもしれない。

 僕がそう察しているのを裏切るように、みのりはまたもおかしなことを言う。

「永正学園って、スポーツが有名な学校だと思ってた」

「あのさ、みのり」聞いていられなくなって、みのりに言い聞かせる。「まさか、受験要綱を読んでいないの? そこかしこで『優れた他大学への進学実績』と『永正大学と連携した社会で活きる教育』を謳っていたんだけれど。それに施設も新しいから綺麗で大規模だろう、この学校」

 いざ入学してから学校の魅力を語るのも小恥ずかしい。ただ、僕の語ることには草野会長も頷いている。僕と同じくこの方針を少なからず魅力に思っていたのだろう。

 それにしても、みのりは食い下がる。

「受験要綱は当然見たよ。でも、バレーボール部が全国大会に出てたり、野球部が甲子園に何回か出場していたりしてたんだもん。前に、近所に住んでた人の親戚のお姉さんがソフトボールをしに永正学園を受験したって聞いたし」

「それはあまりにも昔の話だよ」草野会長が付け足す。「そのお姉さんが受験したのっていつの話なの?」

「ええと、その、憶えていないけど……」

 ついにみのりは口を尖らせ俯いてしまった。

 とはいえ、冷静になって考えてみれば、みのりの言うことには多少もっともな部分があったと言えるかもしれない。バレーボール部や野球部、ソフトボール部がかつて強かったことは僕だって当然知っている。受験要綱を見たときは興味がなかったが、それは間違いなくかなり昔のことだ。

 そこで視点を変える。

 そう、強かった事実があるという点は――テニス部と一致するではないか。

 テニス部はかつて大規模な部で、大エースと言うべき未来のプロテニスプレイヤー藤井英人までも擁していたのだ。となると、いま部活がおざなりにされているのは、テニス部のせいなのかもしれない。テニス部で死者が出たことをきっかけに、学校全体が学業重視に舵を切ったとも考えられる。学校全体の変化により同時期にぱたりと部活が倒れたのでなければ、第一線から消えていった部活はあまりにも多すぎるからだ。

 ひとりで得心していると、不機嫌そうにみのりがラケットを振り回してコートを示す。

「さ、練習しようよ!」

 ひとつ息を吐いて、僕もコートへ入った。

 そのときちらと、会長が「やっぱりふたりきりが良かったみたい」としたり顔で僕に吹き込んできた。


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