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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Fault ――嘘――
25/54

♪テニスコートの会長

『いったん、別行動にしよう』


 練習前忠に言われた一言が頭から離れない。

 忠が言うには、情報があまりにも少ないいま、ふたりで行動するのは効率が悪いという。土曜日に別行動を取ったのをいい機会として、それぞれに調べを続け、一定のめどがついてからまた一緒になるのだ。

 邪魔だ、と言われた気分だ。

 わたしには何の役にも立てないのは解っている。忠がそんなつもりで言っているのではないとも信じたい。それなのにこんなにも不安で悲しく思ってしまうのは、きっと土曜日の夕方、わたしを見て言葉を失い呆然と立ち尽くす忠を見てしまったからだろう。

 そして、理由はもうひとつ――

「あ!」

 足元を鋭くボールがバウンドした。見逃してしまった黄色い球体はそのままフェンスまで転がっていった。

「みのりちゃん?」

「……あ、すみません」

「まあ、どうせフォルトよね。セカンドサーブ」

 ――忠が生徒会長を連れてきたからだろう。

 突然コートにやって来たものだから驚いた。忠はいったいいつ親しくなっていたのやら。テニス部再建のためになるのなら心強いのだけれど。

「Not ready.打ち直しでしょう」ベンチで汗を拭く忠が口を挟む。「ファーストサーブからのほうが、みのりの練習にもなる」

「じゃあ、そうしようか」

 適当に頷く。まだルールのこと――特に英語を使ったルールやプレーの名前――はよく解らない。いま忠の藍先輩との会話では、ルールの話をしていて、いまの一球がノーカウントになったことだけは理解した。

 藍先輩が構え直す。忠の休憩も兼ねて、わたしと藍先輩との二ゲーム先取のミニゲーム。球技大会ミックスダブルスで一位になった誇りにかけて、勝負をするからには勝ちたい。

「じゃあ、40-15のファーストサーブから」

 藍先輩がボールを投げ上げ、ラケットを鋭く真っ直ぐに振り抜く。

 考える間もなく飛んできたボールに対し、右腕を伸ばしてラケットに何とか当てる。上手いことに相手コートの中央へ帰って行ってくれた。そのあいだに、わたしもコートの真ん中に戻り、コートの端まで下がる。

 左利きの藍先輩は、遅いボールを先回りしてフォアハンドで打ち返す。それほど急ぐタイミングではなかったけれど、弱いボールになる。ミスだ。

 チャンスだ、とラケットを両手に握り替える。そして、高くバウンドして落ちてくるボールをバックハンドで強く打ち返す――

「あ!」

 これが強くなりすぎて、ボールはラインの外に出てしまった。

「惜しい、決着を焦ったね。Game, server」

 忠のコールで、わたしは第二ゲームを落とした。

 今度はわたしがボールを二球受け取り、サーブを打つ側だ。

 サーブなら最近調子がいい。忠は見せたがらなかったけれど、『サービスしましょ』が意外といい効果で、きょうの第一ゲームもわたしのサーブで勝ち取った。だから、あと四点取れば二ゲームを取れる、この勝負には勝てそうだ。

「Game count, one all」

 ポイントがまだ数えられないわたしの代わりに、忠がコールする。

「みのり、コートが反対だよ」

 注意されたとおり立ち位置をコートの右側に直し、片方のボールをポケットに入れる。もう一個は手に取り、集中が切れないうちにサーブを打つ。

 一球で入ってくれたボールを、藍会長は難なくバックハンドで返す。

 対してわたしは戻って来たボールにバックハンドで構えるも打ちそびれ、ポイントを奪われる。藍先輩が左利きだからか、バックハンドに何度もボールが来てミスしてしまう。ラリーになるととても打ちにくい。

「15-0(love)

 二回目のサーブは、二球目が入った。これは相手がアウトにして同点。

「15 all」

 三回目のサーブ。二球ともミスしてしまい、また失点。

「15-30」

 四回目のサーブ。二球目で入ったが、不運にも相手のボールがネットに引っかかったことで、コートのかなり前で二回目のバウンドをしてしまった。前進が間に合わない。

「15-40」

 五回目のサーブ。一球目が強く速く決まり、藍先輩はラケットが届かない。

「30-40」

 さて、六回目のサーブだ。藍先輩のマッチポイント。ここで決めないとゲームを落とし、試合に負けてしまう。となれば、ここはもう賭けに出るしかない。

 手のひらでボールをいじる。最もフィットする持ち方を見つけ、投げる。しかし、上手く上がらなかったので、サーブを諦めてキャッチする。

 もう一度、頭のちょうど上あたりを狙って投げる。無回転で上がっていくボール、これは上手にできた。そして、そのボールを真下から覗くくらいの気持ちで背中を反り、その反動もつけて右腕をねじるようにして叩く。

 サービス、しましょ!

 よし、いい感じ!

 このサーブはスピードがない。遅いと判った藍先輩はじっと待ち構えているが、わたしのサーブはそんなに簡単じゃない。

「わ!」

 そう、わたしのサーブは真っ直ぐにバウンドしないのだ。

 逆を突かれた藍先輩――入った!

「やっ!」

 嘘でしょ?

 低く強烈なボールが打ち返される。一歩も追いかけられず、ボールはコートのど真ん中で跳ね上がった。そのボールはツーバウンドする前にフェンスに当たる。

「Game, set, and match」

 忠がコールして、立ち上がる。

「お疲れさま。みのり、ツイストサーブはやめておけと言わなかった?」

「あはは、ごめん」

「コートの右側から右利きのみのりがツイストサーブを打ったら、利き手と同じ右側にバウンドが変わる。けれど、草野会長は左利きだ。ちょうど打ちやすいフォアハンドへ向かってしまう。サーブそのものは遅いから、待たれて強く打たれたね。大技を使ったみのりも、体勢を戻すのが遅れていた」

「うう……」

 握手をしながらネットの向こうの藍先輩を見ると、にこりと頷いていた。

「まあ、いい勝負だったよ。ツイストサーブを最後の武器に温存していたのはいいと思う。みのりは小技を使わなくても充分だから、そういう戦略でいるといいよ」

 そう言って、忠はわたしの頭に手を乗せる。藍先輩の目の前で撫でられるなんて恥ずかしいけれど、やっぱり嬉しい。

 されるがままに撫でられていると、藍先輩がくすりと笑った気がして、「トイレ行ってくるね」と逃げ出した。


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