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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Approach ――前進――
21/54

*生徒会長

 午後、生徒会室を訪れた。

 会議はすでに終えられているようだったから、こんこん、とドアをノックする。さすがに時間が遅すぎてもう誰もいないかと思ったが、二回目のノックで中から返事があったことに気がついた。

「どうぞ」

「あ、はい。失礼します」

 中で待っていたのは、艶のある長い黒髪を右耳の下で縛った女子生徒だった。

 生徒会室に足を踏み入れるのは初めてだった。思ったよりも整然としていて、ところどころファンシーショップにあるような文房具が見られるのは、役員の誰かの趣味だろう。パソコンも二台ある。

 役員とみられる女子生徒は、くすりと優しく微笑む。

「何かご用ですか?」

「生徒会長の草野藍さん、もう帰ってしまいましたか?」

「いいえ、まだいますよ。私が草野藍です」

 なるほど、この人だったか。言われてみればしとやかで生徒会長らしく思えてくる。容姿端麗で上品な御仁だ。

 生徒会長は小首を傾げる。

「私に何か?」

「岡田先生から聞いて、テニス部のことで話したくて」

「テニス部? ……ああ、じゃあ、きみが清瀬くんか」

 草野会長の語調が明るくなった。気品がありながら、親しみやすい。

「仕事上、もちろん聞いているよ。一年生がテニス部を作ろうとしているって」僕が部屋の奥へ歩いていくと、草野会長も歩み寄ってきた。「ふふ、しっかりした雰囲気だから、てっきり三年生だと思って敬語使っちゃった」

 生徒会長はまた、感じよく笑みを浮かべる。

「きっときみはお兄さんだ」

「……そうなんですかね」

 部屋の中央の長テーブルで向かい合って座った。両手の指を絡めた上に顎を乗せる会長に、僕は早速切り出す。

 いきなり事件のことを話すわけにもいかない、最初は大義名分からだ。

「僕のことを知っているなら話が早くて助かります。何を隠そう、僕たちはテニス部を作ろうとしてはいますが、いかんせん部員が集まりません」

「うんうん」

「岡田先生によると、草野会長はテニスが好きだというので、部員集めに協力してもらえないかと思いまして」

 なるほどね、と会長は頷いた。

「そういうことなら、ある程度手伝えるよ。私自身は生徒会もあるし、もう二年生だから辞退するけれど……たぶん、五、六人はテニス部を作りたい人を探せると思う」

 まだ十人には足りないか。

「ありがとうございます」

「でも」

 草野会長は僕の瞳を見上げるように、顔の位置を低くした。吸い込まれそうになる上目遣いの眼差しを見るに、この会長から感情や性格は隠せないと直感する。

 でも、から続く言葉は、みのりを想起させた。

「どうして、いまなの?」

「……どういう意味で?」

「来年になれば新入生もやって来て、チャンスは広がるよ? 何か、タイムリミットでもあるのかな」

 僕の感じた印象は正しかったらしい、やはり鋭いところがある人物だ。ちょうど、これをきっかけに本題へ移ることができる。

「急がないと大会にエントリーできないし、二年からでは満足に部活に打ち込めないだろうから……というのもありますが、一番は、十年前の事件を追っているからです。こればっかりは、急がないと何もわからなくなってしまう」

「……来ると思った」

「思ったとおりだ、会長も調べたことがあるんですね」

「うん、生徒会に入るひとつの目的でもあったよ」

 乗り出していた姿勢を真っ直ぐに戻し、会長は心なしか目を逸らす。そして、雰囲気を一変させた低い声で、少々冷やかに言った。

「――まあ、もうほとんど諦めちゃったけれど」

 そう上手くはいかないものだ。

「諦めてしまいましたか」

「ええ、主に生徒会の広報から探ったのだけれど、失敗だった」

 永正学園の生徒会は、毎月一度広報を出して生徒全員に配布する。生徒の作るものだと侮ることなかれ、話題は豊富で二枚の紙を重ねて折った八ページを仕上げている。

「広報のバックナンバーは隣の資料室にあるの」そう言って、部屋の奥の扉を指差す。教室のもう半分の広さの部屋に続いているのだろう。「十年前のものもあるから、清瀬くんも情報集めに使いたいのなら、いつでも生徒会室においで」

「お言葉に甘えて、今後そうすることにします」

 とはいえ生徒会室に会長がいなければ仕方がない、ということで、メモ用紙に書いて連絡先を交換した。

 改めて、協力者どうし情報の交換をする。

「草野会長は、どういったことを調べられましたか?」

「特に手ごたえなし」長い髪を揺らし、悲しそうな顔で首を横に振る。「十年前に熱中症の騒ぎがあった、ということしか、清瀬くんの役に立つ情報は持っていないと思う」

「そうですか……」

 生徒が死んだ顛末についてはよく知らないらしい。『ドウシテ、殺シタノニ』のことについても、いい答えは得られないということか。生徒会の広報が情報源では、さすがにそのくらいの成果で限界かもしれない。

「もし、私がそう思っていなくても、清瀬くんにとっては大事な情報はあるかもしれない。よかったらできるだけ、清瀬くんから私に話してみて」

 むしろ、そのほうが好都合だ。生徒会の立場ゆえの人脈の多さ、学校に関する知識量はこういうときに活かしたい。

「テニス部の部室は見たことがありますか?」

「見たことないね」会長は目を丸くし、輝かせる。「すごいね、見てきたんだ」

「はい。それで、部室を調べたところ、活動報告を見つけました。そこにあった先生の名前で、牧川、久内、熊田、のうち現在もいる先生はいるでしょうか? それから、篠原という外部のコーチも」

 会長は腕を組み、しばし考える。

「いや、牧川先生、熊田先生というのは知らない先生ね。篠原コーチも知らない。たぶん、もういらっしゃらないんだよ。久内先生は……去年退職なさったんじゃないかな?」

「そんな! ニアミスですか……たった十年なのに」

「そうだね。でも、永正大学は系列校が最近も増えているから、十年と言えど先生はいなくなっても仕方がないと思うの」

 確かに、永正大学はつい七、八年前にも系列の高校を増やしており、直属の中学校や小学校が増設される系列校も多い。かくいう永正学園も中学校を持つ。その際、教員免許の取得状況によってはそちらに回される教員もおり、他の私立高校に比べたら教員の出入りはかなり頻繁だろう。その入れ替わりの多さもあって、永正学園の教員の多くは若い。岡田先生もそうだ。

 そういえば、隣接される永正学園の中学校にもテニス部はなかったはずだ。十年前に中学校があったかは定かでないが、やはり学校全体での禁忌になっているのかもしれない。

 もうひとり、調べるべき人がいる。

「美術講師の鎌本先生について、何か知っていませんか?」

「鎌本先生?」

 会長は素っ頓狂な声で繰り返した。

「あの先生、十年前について関係があるの?」

「岡田先生が僕たちを手伝っていて、鎌本先生から忠告を受けたそうです。それと、活動報告でも名前を確認しています」

「ええ……そうなの?」草野会長は眉を寄せ、呟くように言う。「でも、最近来たばっかりだと思うんだけど、憶え違いだったかな?」

 聞き逃せなかった。

「最近? 三年くらい前からなんですか?」

「そうか、清瀬くんは一年生だから前の先生を知らないかもね。このあいだまで美術を教えていた長谷部(はせべ)先生が産休に入って、いまは育児休暇中なの」

「え――」

「私が間違っていなければ、長谷部先生が休み始めたのは去年の一月ごろ。鎌本先生は長谷部先生の代わりに採用された非常勤講師だったと思う」

 つまり、十年前の事件に関与していた可能性は低い――いや、年齢によっては、永正学園の学生であった可能性もある。

「鎌本先生って、年齢、いくつくらいの先生ですか?」

「え、どうだろう」さすがに戸惑わせる質問だ。「三十代半ばに見えるかな? でも、十年前のことに関係あるのかな? 美術を選択した子から聞いた話だと、他の学校で教えていた時期もあるみたいだし」

 まずい、重要人物だと思っていたが、見当違いだったのだろうか。

 そうなると、十年前の事件に関与していた人間はほとんどいないことになる。ベテランの先生たちなら何かを知っている可能性はあるが、雲を摑むような話だ。虱潰しに調べることができるとは到底思えない。それこそ、鎌本先生が『無理だろう』と言っているように。

 ふと気づくと、会長が僕の顔を覗き込んでいるのに気がつく。

「悔しそうだね、期待外れだった?」

 無邪気な口調が却って皮肉っぽい。

「正直そうですが……どこかで活かしますよ」

 気分を晴らそうと、窓に歩み寄って外を見る。夏の青い晴天には、黒い入道雲が浮かんでいる。そういえば、きょうは激しい通り雨がありそうだと天気予報で言っていた。

 まずいな、傘を忘れてきた。


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