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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Approach ――前進――
19/54

*方々の出会い

 保健室の上津(うえづ)先生は、みのりに脚を洗ってくるよう命じた。冷静に対応したつもりだったけれど、うっかりみのりに言っておくのを忘れてしまっていた処置だ。

 上津先生は薬箱をがそごそと探りつつ、目の端で僕を見て問う。

「テニス?」

「ええ」

「へえ。でも、うちにテニス部ってあったかしら?」

「まあ、ないとも言えます。本来の部は、十年前からなくなっていたので」

 上津先生は見たところ四十代くらいの女の先生だ。白衣と眼鏡がトレードマークだ。性格も言葉遣いも朗らかな人なのだが、いつもやや疲れたような顔をしている。養護教諭も大変なのだろう。

 暑苦しそうに白衣を捲っている上津先生に、僕は探りを入れる。

「十年前のこの時期、テニス部で部員が死んだみたいですね」

「ああ、そうみたいね。知っているわ」

 期待外れだった。

 十年前は永正学園にいなかったのだろうか、他人事のような返答だ。

 そこにみのりが帰ってきて、長椅子に座って治療を受ける。消毒をされ、テープでしっかりと厚手のガーゼを固定された。思ったより大げさに対処してくれた。

「きょうはプレーしてもいいんですか?」

 みのりが問う。

「痛くないなら別にいいけど、汗をかいてテープが剥がれたりガーゼが汚れたりするとよくないから、傷口が塞がるまで待つほうがいいと思うわ」

「じゃあ、きょうは我慢ですか」

 みのりは残念そうに口を尖らせた。かわいらしいので、つい頭を撫でまわしてしまった。

 撫でられながら、ふらふらと脚を揺らすみのりは上津先生と世間話を始める。

「保健室は涼しくていいですね」

「うん? まあ、冷房があるからね」

「いいなあ、授業中もこんなならいいのに」

「教室にも空調はあるでしょ?」

「省エネのために設定は二十八度です。暑すぎます」

「でも、ずっと保健室にいても夏休みはないのよ?」

「そっか、夏休みも学校で怪我人とか病人とかが出るますからね」

「そうそう、保健室の先生は大変なのよ」

 他愛もない質問だが、僕が探りを入れるにはちょうどよかった。みのりの頭から手を離し、もう一度十年前の話題を持ち出す。

「その、十年前も先生はここにいたんですか?」

「調べているの、十年前のこと?」上津先生は目を丸くして、それから少し目を伏せた。「もちろん、十年前もこの学校にはいたけれど」

「じゃあ、死んだ生徒の対応も?」

「ああ、いや、先生はそれほどよく知らないのよね」先生は眉を八の字にした。「そのとき、ちょうど親の危篤の報せを聞いて実家に帰っていたんだけど、すぐに亡くなってしまったから、長いあいだ学校にいなかったのよ」

「……なんか、すみません」

「いいのよ。本当に知らないから、どうせ力になれなかったし」

 平坦な口調だった。

 単に先生独特の朗々とした言いようだったのかもしれない。けれども、部室で藤井英人の名を見つけて気が気でなかったせいだろう――僕にはどうにも、気遣いへの遠慮か、十年間のことを知らないことか、どちらかを隠したように感じられてしまった。



 みのりのやる気がすっかり萎えてしまったので、整理運動をし、コートを片づけ、施錠してから着替えて職員室へ向かった。

 岡田先生に鍵を返すと、そうだ、と先生は思い出したように話しはじめる。

「清瀬も恵那も、来週末は暇か?」

 突然訊かれたので、ふたりで目を合わせる。

「おそらく大丈夫です」

「わたしも、たぶん」

 そうか、と岡田先生は言って、パソコンを少しいじった。そして、パソコンの画面をこちら向きにずらした。

「これこれ。近くにアカデミーがあっただろ、そこの広告だ。この前ネットを見ていたら見つけてな、なんでも――」

「藤井英人が来るんですか?」

 岡田先生の言葉を待ちきれず、僕は声を上げた。すると、岡田先生も喜んで声を弾ませる。

「そうなんだよ。藤井英人が一時間、レッスンをしてくれるそうだ。しかも、この広告はアカデミーに所属していない一般向けの部で、午後はまだ枠があって募集しているらしい」

「本当ですか!」

 また叫んでしまった。岡田先生もどんどん気を良くしていく。

「ちょっとお金は高くつくが、行ってみるといい」

「はい、ぜひ行きます」

 と、言ったところでみのりを置いて行ってしまったのを思い出す。ちらりと確認したらこくりと頷いたので、どうやら一緒に行ってくれるらしい。

 藤井英人――十年前の当事者との接触――と接触できるチャンスとなれば、いち藤井英人のファンとしても、いちテニスプレイヤーとしても、そして永正学園テニス部復活を目指すいち生徒としても、絶対に何かを得なくてはならない。

 テニス部復活へ岡田先生を頼って正解だったと痛感する。

「ありがとうございます、先生」

「いいえ。いま印刷してやろう」パソコンに印刷を指示してから、また思い出したように僕に向き直る。「もうひとつ、部員集めの当てがあるかもしれなくてな」

「え、部員集め?」みのりがすかさず反応した。「部員になってくれる人がいるんですか?」

「お前ら、自分たちで集めていないのかよ」岡田先生はふたりの部員の怠慢を見透かし、けらけらと笑う。「それで、当てというのは生徒会長なんだ」

「生徒会長?」僕は驚いてしまった。「前の五月か六月でしたっけ? 新任の二年生の会長ですか?」

「おう、その会長だ。聞いた話だと、テニスが好きらしいんだ」

 ふうん、と口では感心しつつも、心の中では疑問が溢れる。生徒会長にもなるテニス好きの生徒が、なぜ部活を復活させないのか? あるいは、復活させられないのか?

 ――自分たちの追っている真実は、思っているより複雑なものらしい。

「名前は草野藍(くさのあい)、だったかな? あした、文化祭の実行委員があるから、そのあとに会ってみるといい。たぶん、午後には会議を終えて解散されているだろう」

「わかりました。あしたの午後、さっそく会ってみます。Two heads are better than one.味方が増えるかもしれませんからね。みのりも来て、午前中はテニスをする?」

「ああ、ごめん」みのりは申し訳なさそうに手を合わせる。「予定があるんだ」

「そうか、仕方がないね」

 岡田先生からコピーを受け取り、職員室をあとにした。

 広告を見つめる。

 いよいよ、加速していけるはずだ。


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