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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Approach ――前進――
18/54

♪練習の時間

 戻って来た忠は、なぜかスポーツドリンクを二本持っていた。

「あれ? ついでに買ってきたの?」

「あ、うん。買い忘れていたことを思い出してさ。飲み物もなしになんて無茶だ、きょうも三十度を越しているらしいからね」

 ふうん、と適当に相槌を打つと、タオルで汗を拭く忠が見透かしたような微笑みを向けてきた。

「みのり、いま変なことしてなかった?」

「え?」

 いけない、基礎練習を無視してサーブの練習をしていたとばれちゃった。

「ごめん、サーブの練習してた」

「ああ、いや。それはいいんだ。必要な練習ではあるからね。問題はその内容さ」

「……というと?」

「スピンサーブ、僕が教えていないのに会得してくれていたんだね、嬉しいよ。けれどね、随分手首の使い方を意識しているように見える――要するに、練習しているのはツイストサーブにしか見えない。難しいのに初心者が使っても役立たずなツイストサーブは、教本にはあまり乗っていないし、そもそも定義すら曖昧だ。そんなサーブを、みのりがどこで憶えてきたのか――みのり、きのうは夜更かしをして僕が話したアニメを見ていたんじゃないだろうね?」

「……ごめんなさい」

 だって、主人公の必殺技なんて、真似したくなるじゃない。

 みのりは影響されやすいうえにすぐ憶えるから厄介なんだ、忠はそう呆れながらコートに入った。


 忠との練習はラリーに決まった。暑さにも慣れてきたので、できるだけ長く続けようという。

 とても優しく打ち返してくれる忠に対し、わたしの打球は自然と力が入ってしまう。やはり経験者であるからか、忠は冷房の利いた部屋にいるかのように涼しい顔で、時折「ラケットを引くときに力を入れちゃダメだ」「ちゃんと横を向いて姿勢をつくる」などと打ち返しながらアドバイスをくれる。

 何度も失敗したが、やがてゆっくりと続けられるようになった。

 余裕ができてきていい気分でラケットを振っていると、あるとき打ち返したボールがかなり強く、それも短くなる。忠ははっとしたように、それでも打ち返せると確信した冷静さでそれをふわりと山なりに打ち返す。さすがにコントロールには失敗したようで、コートの端、わたしの利き手とは反対側の打ちにくいスペースへと飛んでいく。

 一打前の姿勢が悪かったわたしは方向転換に苦労し、急いで追いかけると、片手でなら打ち返せると判り、必死で手を伸ばした――

「いたっ――」

 ボールはラケットにこつん、と当たっただけで、ネットに引っかかりもしないコートの外へ放り出されてしまった。

「バックハンドは両手としつこく言っていたけれど、みのり、今回はいい判断だ。精度がなかったのは惜しいね」忠が歩み寄ってくる。そして、わたしが立ち上がらないのをネットの向こうから不思議に思って訊く。「どうした、悪いところを打ったのかい?」

「うん、その……膝をね。それほど痛くないから大したことはないんだけれど、げ、血が出ちゃった」

「出血はまずいね、どのくらいの傷だい?」忠がネットを回ってくる。「ああ、よかった、傷は浅いようだね。プレーには支障がなさそうだけれど、保健室で消毒してもらって絆創膏をもらおうか」

 忠に手を借りて、立ち上がる。

「そうする。まあ、全然痛くないから歩けるんだけどね」

「ふうん、痛くないか……まあ、火傷しているみたいだし一応ね」

「え? こんなところで?」

「結構やるんだよ、熱い日のハードコートではね。みのり、中学のころは体育館でジャージをボロボロにしていただろう、あれと同じ」

「つまり、摩擦の熱で焼けちゃうのね」

「そうそう。きょうは冴えているね」

 忠の妙な言葉が心に痛い。

「わたしそんなにお子様じゃないよ」

「あはは……そうだね」

 どこか寂しそうに笑う。きょうの忠は、いつもより物静かな気がする。


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