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次の日は、ラケットと着替えを持って学校に行った。
あわよくば学校のコートを借りようという狙いで、もし借りられなかったらそのまま近所のアカデミーのコートを借りる予定だ。とはいえ、学校のコートを借りたほうが安いし、アカデミーのコートは当日の申し込みでは埋まってしまっている可能性が高い。
忠と一緒に職員室の岡田先生のところへ行くと、先生はパソコンとにらめっこをしているところだった。
「おお、清瀬に恵那か」
「おはようございます」
忠が礼をする。わたしも続いて礼をすると、岡田先生がわたしたちのラケットに目を止めた。
「コートを借りたいのか?」
「できれば」
忠が対応する。
「それはよかった、そう言ってくるんじゃないかと思って、許可をもらっておいたんだ」
岡田先生は、自分の書類とともにデスクの脇に置いていた鍵の束を見せつけてくる。
「高いレベルの大会に出ようとしている生徒は、部活以外にも運動部並みの活動が許されているからな。うちの学校だと、スキー部とかレスリング部とか、弓道部なんかがその例だ。あることないこと話して、コートを借りるくらいは許してもらったぞ。まだ正式な活動じゃないから、誰も指導できないけれどな」
「指導者がいないのは仕方のないことです。ありがとうございます」
「まあ、清瀬は中学でそういうレベルだったらしいな。それらしく真面目に活動すること」
「助かりました。恩に切ります」
忠は深くお辞儀をした。わたしも頭を下げる。
それにしても、中学のころ忠がテニスの大会に出ていたとは知らなかった。それも仕方がないか、中学三年から仲良くなったのだから。でも、どうして忠は永正学園に進学してテニスを辞めてしまったのだろう?
コートに入ってラケットを握ると、たちまち忠の目の色が変わる。
「サーフェスはハード……これは暑くなりそうだ」ラケットでこんこんと地面を叩いてから肩に担いで、わたしのほうを向く。「じゃあ、みのり。仮にも僕のレベルでコートを借りているらしいから、みのりが初心者だとわからないようついて来てね」
「う、うん」
準備運動とつまらないウォームアップを終えると、忠からラケッティングでもして過ごしていてくれと言われる。自分は演技を含めてランニングをしてくるという。
ふさふさのテニスボールをぽんぽんとラケットの上でこねくり回しながら、忠がコートを出るのを見送る。忠が走って行ったのを確かめたら、すぐに退屈なラケッティングを終了し、もっと面白くて楽しいうきうきするような自主練習はできないかと考える。
とはいえ、テニスはボールとラケットを使って、コートのネットを挟んだあっちとこっちで対戦するスポーツ、ひとりでできることが思いつかない。困り果ててコートを見回すと、コートを囲う壁に目が行く。永正学園のコートは、周囲をフェンスで囲われているが、そのうち学校の外側を向いている面はコンクリートの壁になっている。たぶん、外から見えなくすると同時に、照明が外の道路に漏れないようにするためのものだ。
そして、その高くそびえる壁は、下のほうに白いラインが地面と平行に引かれていることに気づく。ラインから上は深い緑色、下は茶色っぽい赤になっている。デザインなのかな、と思ったけれど、そのラインがちょうどコートのネットと同じ高さになっているのを発見した。しかも、ラインの途中には何やら印のように縦のラインも何本かはいっていて、これはひょっとするとネットの中心の長さになるのかもしれない。
ふと、球技大会の前、忠と練習したときに言われた言葉を思い出す。
『壁打ちはやめておいたほうがいいよ。打球速度も弾道もスピンも打点も、壁に当てたら返ってくるのは人間のものとはあまりにも違った滅茶苦茶なものだ。それを打ち返して練習したって、テニスをできるようになった気分になるだけ――まるでいいことがない。むしろ下手になると言ってもいい。テニスに慣れていない初心者にはいいかもしれないけどね、はっきり言ってテニスと壁打ちは別の競技さ』
――痛烈に批判していた。
でも、忠は壁に『打つ』こと自体は何も言っていない。壁に当てて返ってきたボールを打っても仕方がない、と言っているのだ。
じゃあ、打つだけならいいんだよね?
わたしはネットから垂直にコートの端まで大股でぴょんぴょんと歩く。
次に、壁から同じ歩幅で、コートのときと同じだけの歩数をぴょんぴょんと測る。
これで、いま立っている位置と壁との距離は、コートの端からネットまでとだいたい等しい距離になったということだ。
本はきのうたくさん読んだ。アニメも見てイメージ出来ている。
わたしはボールをまっすぐに投げ上げ、同時に膝を屈め、ラケットを肩の後ろに引く。そして、浮き上がったボールを壁に向かって強く上から叩いた。
サービス、しましょ!




