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コート・サイド・ラバーズ  作者: 大和麻也
Let ――仕切り直し――
11/54

*醤油のスープ

「といわけで、愛佳(まなか)も調べてくれるんだって」

 終業式が終わり、腹が減っては戦ができぬとラーメン屋に寄っていた。幸いみのりは男臭い飲食店に気後れしないし、むしろ好んで食べてくれるから気が楽だ。球技大会の練習の後にもよく通って、いまではラーメン道楽になりつつある。

 魚介ベースの醤油味のスープを啜って、みのりに返事をする。

「愛佳って……ああ、西(にし)のことか。中学でみのりの友達だった」

「そうそう」

「僕も少し隼太――三倉(みくら)隼太に相談してみたよ。テニス部が潰れるなら、体罰、ドーピング、八百長なんかが思い浮かぶそうだ。だからきょう、図書館でそういうキーワードをもとに新聞のログを探してみようと思う」

「十年も前の新聞を?」

「幸い、うちの街の図書館はそれなりに大きい」

 会話が途切れたので、ラーメンを楽しむ。この店は悪くない。

 僕は半分も食べていないころなのに、みのりは無料の替え玉の注文をする。蹴ったら折れてしまいそうなほど小柄なみのりだが、胃の容積は大きい。痩せの大食いというやつなのか僕よりもよく食べるから、お腹を壊すなよ、と何回窘めたことか。

「そういえば、みのり」

「うん?」

 みのりは嬉しそうに替え玉をほぐして器に移している。

「西はどこに進学したんだっけ? 確か、うちの中学から永正学園に来たのは、僕とみのりだけだよね?」

「うん、永正学園に来たのはわたしと忠だけ。愛佳はね、永正付属第三高校に通っているんだよ」

「知らなかった、第三か……系列校だったんだね」

 永正付属第三高等学校――永正学園には系列校がいくつかあり、名前にはなっていないが僕らの通う永正学園は『第一』にあたる。

「そうだね。このあたりからはちょうど、永正学園にも第三にも通えるから」

「そうか、どうりで自分も調べるなんて提案できたわけだ」

「当てなんかないのに、どうするんだろう?」

「それなんだよ。僕たちだって、『十年前』『テニス部』というキーワードしかないようなもの。強いて言うなら、『ドウシテ、殺シタノニ』のメッセージもヒント……まだまだ、雲を摑もうという話だよ」

 僕が調べようと思っているのだって、新聞のログ以外に考えがない。十年前に一私立高校の部活で起きた事件では、インターネットで調べてもそうそうヒットしない。実際、きのう隼太と話したときにインターネットもチェックしたのだが、斜め読みした段階で当たりはなかった。

 要するに、きょうの目当ては十年前の出来事を摑む、というところまで。深入りしていくには、『十年前』のキーワードではあまりに少ない。もっと具体的な情報を集める作業が必要だ。

「それはそうと、忠」

 唐突に話題を切り替えてきたので、僕は少し身構えてしまう。とはいえ、みのりの話題が難しいわけではなく、他愛もない話だった。

「夏休みはテニスできるのかな?」

「へ? ああ、コートは借りたいよな。もしできるなら学校のコートを拝借するけど、仕方がなければまたレンタルコートを使わせてもらおう」

 みのりは渋い顔をする。以前は高校の近くにあるテニスアカデミーのレンタルコートを使っていたのだが、いかんせん一時間で二千円ほど必要だ。夏休み中に何度も使うとなると費用がかさんでしまう。

「まあ、あした岡田先生に相談してみよう」

「わかった。じゃあ、コートが借りられないときって、どういう練習をすればいいの?」

「そうだね……ラケットもボールもあるんだよね?」

「あるよ」

「なら、ラケッティングでもしているといいよ――ほら、ラケットの上でボールをぽんぽん跳ねさせるやつ。実戦的ではないけれど、ラケットの感覚とか、手首の使い方とかに慣れるのにはいいんだ」

「ええ……つまらなそう」

「みのりは基本を覚えなさい。身体能力は申し分ないんだから」

 事実、イージーミスさえなければみのりのショットは素人のレベルではなかった。体育の実技の成績でも、運動部員すら圧倒していると聞く。そこを評価した上で基本を磨けと言っているのだが、みのりは理解してくれない。

「もっとさ、楽しいのはないの?」

「楽しいのって……ネットで動画でも調べてみたら?」

「動画……そういえば、忠ってアニメが好きだったよね?」

「…………」

 確かに好きだけれど、みのりとしたい話ではない。

 中学二年のころ隼太に勧められて見始めた深夜アニメの数々に、当時疲れていた僕にはいい気晴らしになったのか、どっぷりと浸かってしまった。その波及でみのりを『僕の嫁』などと冗談交じりで言えるようになってしまったほどである。感化されやすいみのりには、そういう影響の種を蒔きたくない。

「テニスのアニメはないの?」

「……ほとんどは現実味を帯びていないアニメだ、見ないほうがいいよ。まあ、真面目にテニスの話をしているものもあるには、ある」

「教えて!」

「いや、ちょっと言えないね。……テニスの描写はまともなんだけれど、そのほかの要素で深夜の方向性が著しい。みのりはやめておきな」

「むう……」

 みのりは頬を膨らませる。不覚にもかわいいと思ってしまったものだから、寸でのところでアニメのタイトルを漏らしてしまうところだった。

 目線を逸らすと、みのりはすでに替え玉も食べ終えようとしている。僕は少し柔らかくなってしまった固茹での麺を急いで胃袋に押し込んだ。


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