♪試合開始
清瀬忠……高校生
恵那みのり……高校生
岡田幸介……数学教師
藤井英人……テニスプレイヤー
※登場人物は各章まえがきで追加されます
「Wich?」
境界を越えて右腕を差し出し、彼が訊く。
でも、向こう側のふたりは意味がよくわかっていない。
「Smooth or rough?」
まだ解ってもらえない。それでも彼は優しく微笑みながら問い直す。
「Up or down?」
「あ、……ダウンで」
ようやく解ってもらえた。それを確認すると、彼は右腕の延長を手放しコマのように回転させる。やがてバランスが崩れると、カランコロンと音を立てて倒れた。
「Show me it」
彼が手で示すと、向こうのふたりのうち男のほうが、倒れたそれを持ち上げる。見ると、メーカーの頭文字である『U』が逆さまに見えていた。
「Downだね、トスはきみたちの勝ち。どうする?」
とは訊かれても、向こうのふたりはどうすればいいのかわからない様子だ。
彼は笑顔を絶やさない。
「コートの選択権を選ぶ? サービスの選択権を選ぶ? ……それとも、僕たちに選ばせる?」
「じゃ、じゃあ、サービスで」
「OK.なら僕らは、レシーブで校舎側のコートを取るよ。よろしく」
そう言って、彼はコートの端へと歩いていく。
けれども、わたしも相手のように、ルールをよく知らないひとり。どうしたものかと立ちすくんでしまっていると、彼が助けに来る。
「みのりはそこで構えて」
「あ、うん」
それだけ言ってまた持ち場に戻るかと思ったが、途中でちらりと振り返る。
「ラブゲーム、狙っていくよ」
白い歯を見せ、彼はさっきまでの微笑みとはまた違った、茶目っ気のある笑顔を見せてくれた。その表情を見たとたん、理由もなしに自信と期待がみなぎってきた。
「……もちろん、任せて。忠、頑張ろう!」
わたしも笑顔で返すと、彼は何も言わずに相手を睨むように構える。この姿を見るだけで、わたしはとても幸せな気持ちになる。頼りがいのあるカッコいい相棒だ。
もう言葉は要らない、わたしたちは互いに直感していた。
七月、永正学園高等学校。
球技大会テニス、ミックスダブルス部門決勝戦。
清瀬忠、恵那みのりペアが完全優勝を果たす瞬間だ!