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002

「そ、それでは、頼みましたぞ……」

若干怯えた様子で紅葉と会話していた老人は集落の長らしい。

対して、紅葉は顔を覆うように深くフードをかぶっていた。そして直立不動のまま長の話を聞いていた。

長の話が終るとその身を翻して長の家を出て行った。ほっとする長の様子は背中を向けていても分かるほどだった。

狭間一族は代々「境界」を守護する「守人」の役目を担ってきた。その過程で様々な妖怪と戦う機会があったようだ。

そのため、人の身でありながらも妖怪を凌駕する力を得た正真正銘の「化け物」というような扱いを受けていた。

人里に下りれば恐れと嫌悪の眼差しが。妖怪を退治すると憎しみが。

その二つで板ばさみになる彼女達の心中は、推して知るべきだろう。その過程を経て人前で顔を見せなくなったのも頷ける話だ。

しかし、それでも紅葉は妖怪退治を続けていた。いやむしろ率先して依頼を受け付けている風だった。

そして今回も同じような依頼だった。家畜が食い荒らされ田畑は踏み荒らさている、恐らく奴らの仕業だ――という風に村人達は決め付けていた。

奴らというのは下級の妖怪だ。特にこれといった能力はない異形異貌の存在。妖怪の中でもランクというものがあるが、その中で最低ランクのEからDの間に含まれるもの達だ。

害のないものもいれば、自ら進んで害を与えるものもいる。まさに十妖十色といったところか。

しかし紅葉が赴けば塵の一つも残らないのが常だ。牛鬼などのAランクに該当する強力な妖怪も簡単に滅してしまう、故に彼女自身が恐れられてしまうのだ。

「いつものことさ……いつもの――」

「また妖怪退治かい?ご苦労なことだね。僕にはどだい続けるのは無理だよ」

そこへ飄々とした男性が一人。髪を上げてうなじの辺りで束ねているのが特徴的だ。

「お前も懲りない奴だな。また子供に戻りたいのか?」

おぉ、怖いと怯えた様子も無く言ってのけるこの男は烏羽緋炎(からすばひえん)。紅葉と平気で会話している時点でただの人間ではなく、ただの妖怪でもない。

「僕は、君も知っての通り『死ねない』からね。まあ子供の姿になるのは本望じゃないんだけど」

彼は不死者――正確には『転生者』だが――と言われる存在であり、さらに珍しい人から妖怪へと達した人物でもあった。

「お節介だとは思うけど、下級でも舐めないほうがいいよ?なまじ妖怪な分、気が強いからね。分かってるのは重々承知で言わせてもらうよ」

「そうか。ご忠告痛み入る。さっさと消えるんだな」

はいはい、と呟いて緋炎は火炎をまとったかと思うとその場から姿を消した。

「――相変わらず食えない奴だ。面白い奴だがな……」

フードから覗いた唇はわずかに釣り上がっていた。それが笑みだったのかはわからなかったが……。

人間とは思えぬ速さで竹林を駆け抜ける紅葉は、すでに『目標』の姿を捉えていた。

(下級妖怪が――4体か)

思ったと同時に懐に手を入れる。取り出したものは数枚の札だった。

霊符と呼ばれるもので、紅葉の『性質』が込められた札だ。

彼女の性質は――底知れぬ『闇』。何者をも飲み込み、何者も受け付けない闇だった。

ただの紙でできているはずの霊符は漆黒の闇を纏い『目標』へと向かっていく。それ自体が意思を持っているかのように。

「――ぐっ!?」

そのうちの一つの霊符が下級妖怪の一人へと貼りついた。たいした衝撃も無くぺたり、という風に。

「グガアアアァァッ!?」

その下級妖怪は途端に苦しみだす。貼りついた札から大量の闇が吹き出る。

やがてその闇は妖怪を全て包み込み、徐々に小さくなっていく。

その間にも他の札は追いかけては追いつき、他の下級妖怪を苦しめていた。

「ウガッ……」

呻く妖怪たちを冷めた目で見る紅葉だが、その表情はどこか悲しげにも見えた。



ややあって、「依頼」を終らせた紅葉は村へと戻り報告をする。

しかし報告しても返ってくるのは形式上の感謝のみ。村人はみな、異質な物を見る目だ。

――もう慣れたものだな……。

心中で思うだけで口には出さない。フードによって表情は窺いにくいがぴくりとも筋肉は動かさない。これにも慣れた。慣れてしまった。

報告したその足で神社の帰路へと就く。

長い階段。考えたくなくとも考えてしまうのはこの長い階段のせいだと思う。

『幽世』――現世と黄泉の国への通り道。ここは本来「通過」するだけの場所であった。しかしどこにでも異端などはいるもの……いつからか『通り道』に過ぎなかったこの場所に意識持つものが住み着いた。

しかしここは本来何者でも住み着くには適さない場所だった。そのため、居ついた者や物も黄泉へと次第に流れていった。

だが、一人の人間だった者がいた。人間だった者もまたここに居ついた。

人間だった者が何を考えていたのかはわからない。だが人間だった者は、一つ――儀式を行った。

その儀式は人間だった者を取り込み楔と成した。流浪の者が、物が吹き込む――狭間を創った。

――これが『幽世』。ようは吹き溜まりなだけなのだ、と自嘲する。

自らもまた、楔に過ぎないのだ、と思ったところで終着点だ。

舌足らずな、幼さがにじみ出るかわいらしい声が聞こえてくる。

「おかーさん、おかえり!」

にっこりと口元が緩む。この吹き溜まりにあっても、私の愛しい娘――。

「ああ、ただいまだ!」


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