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001

フーッ……フーッ……。


……。


グルルル……。


……恨みは無い、ただ死んでもらうだけだ。


フーッ……フーッ……。


そう睨むんじゃない。痛みは無いはずさ……それじゃ、さようならだ。


ガッ……。


――あぁ、恐ろしい……奴は人間なのか……――


――人とは思えぬ力じゃ……奴のほうが余程化け物に近いわい……――


…………。






この世とあの世の狭間にある世界、幽世(かくりよ)

死んだ生物は必ずこの世界へと来ることになっている。そういう仕組みなのだ。

この世界に来たものはここへ住み着くか、次の人生を求めて「あの世」へと行くかのどちらかを選ぶ。なぜなら、「この世」から幽世は一方通行のため戻ることは不可能だからだ。

そしてこの世界の「境界」を管理する一族がいる。

境界とは「この世」と「幽世」、そして「あの世」を隔てる大きな壁と考えていい。境界がなければ世界は一つに溶け合い、ここに有って無いものになると言い伝えられている。

そして「それ」を守るのが狭間神社の一族だ。

これは、その不思議な世界で不思議な物を守る不思議な一族を取り巻く世界を描いた物語だ。





とてとてとて――。

日差しが徐々に傾いてくる頃合、長い長い石造りの階段を駆け上がる足音が一つ。

とてとてとてとて――。

それはやがて大きな赤い門のようなもの――鳥居のもとまで辿り着く。階段もそこで終わり、鳥居の向こうには古いが立派と言って差し支えない程度の社が建っていた。

足音の主である、6歳ほどと思われる少女は社の裏に周り、襖を勢い良くあけた。

「おかーさーん!おなかすいたっ!」

その元気な声に反応したのは、一人の女性だった。

「ん?もうそんな時間なのか。よーし、かーちゃんが何か作ってやるよ!」

女性の見た目は30歳前後といったところか。長く綺麗な黒髪を後ろで束ねており、背はすらっと高い。程よくついた筋肉はネコ科の動物を思わせるしなやかさだ。きりっとした目つきをしており、溌剌とした美人だった。

しかし一番目を引くのは、やはり紅と白を基調とした巫女装束だろう。

「やったーっ!はやくはやくー!」

そしてこの元気な少女のほうは彼女の娘だろう、元気で素直。かわいらしい顔立ちをしているが、どこか彼女の面影がある。

少女のほうも紅白柄の巫女装束を着ている。

女性の名前は狭間紅葉。狭間神社当主であり「守人」だ。

代々、狭間神社は「境界」を守る役目を果たしていた。それはこの「幽世」ができた当時からだと言われている。

それは現在も変わらず、その役目は現当主である紅葉に引き継がれている。

「さってと……なにがいいかねー。若葉はなにが食べたい?」

若葉と呼ばれた少女はうーんと首をひねり考え込む。

少女は狭間若葉という名だ。紅葉の娘で次期当主となるのは決まっている。

まだ6才のお母さん子で、よく母の真似をしている。髪型も母と同じで後ろにお気に入りのリボンで束ねているのが印象的だ。

「んーとね……冷たいのがいい!」

そう答え満面の笑みとなる。これほどまでに素直で愛らしいと溺愛してしまうのは当然といえよう。

「よっしゃ、それなら今日はそうめんにしようかね!氷いれてキンキンに冷やすよ!」

「おぉー!」

目をキラキラさせる様子も非常に愛らしい。

そうして縁側でそうめんをすすりながら過ごす夏のひと時。それが彼女達の普通の日常だ。





「あっつい……。この階段はいつも長いなぁ……たまには短くならんのかよ……」

そこへ狭間神社の階段をえっちらおっちらと上る人影が一つ。

麦藁帽をかぶっているが、照り返しなどがあるためあまり役に立っているとは思えない。

その手には黒と緑の縞模様の球を抱えていた。人の顔ほどはありかなり重そうだ。

「この西瓜も重い……持ってくるんじゃなかったな……」

愚痴などを言っても状況はよくならないのは明白だ。

やがてその人物は階段を上り終える。すると丁度境内を竹箒で掃除していた紅葉たちと目が合う。

「あら、古都じゃない。どうしたの――って西瓜?」

「すいかーっ!」

よっ、と軽く手を挙げ挨拶をするのは伊佐々巳古都(いささみこと)。こちらも紅葉に負けず劣らずの美人だが、紅葉より若く見える。黒髪に釣り目、唇から覗く八重歯が特徴的だ。服装は狭間親子とは対照的な黒と白を基調とした洋風スタイル。スカートは長めだが風に吹かれてちらりと見える素足がまぶしい。

「良い西瓜が手に入ったんだが一人だと食いきれなさそうだったからよ。おすそわけだ」

「おすそわけーっ!やったー!」

狭間親子と古都は知り合いよりは深い関係だ。そのため娘の若葉は古都に可愛がられている。

「おーおー、お前も食べるか?」

「たべるたべる!」

「よーし、それじゃちょっと待ってな……紅葉、皿か何か用意してくれるか?」

あるわよ、といって取りに行く紅葉を待つこと数分。

「はやくはやく!」

「まあまあ、そう急かすなよ。それじゃ――それっ!」

古都は西瓜を掛け声とともに宙へと放る。

次の瞬間、古都の右手が人のものではなく、鋭く長い爪の付いた獣のそれに変化した。

「よっ!そらっ!ほっ!」

その右手を振るい西瓜を切断し、左手に持った皿で受け止める。その様子を見た若葉は――

「わはーっ!すごいすごーい!」

とても喜んでいた。

やがて古都が受け止めた西瓜を若葉に渡す。

「よし、できたぞ。落とさないように縁側まで持っていきな?」

「はーい!」

先ほどの様子からわかるように、古都は人ではない。

大雑把に言うと「妖怪」と呼ばれる生き物だ。

一口に妖怪といっても様々だ、子孫を増やし続け種として存在する妖怪もいれば、不死や転生もしくは長寿性の妖怪もいる。古都の場合は「生物を自らの一部とし使役する」という妖怪だ。

その能力故、ほとんど不死と変わらない。また古都と同じ能力の妖怪は存在していない。

一時期は人喰い妖怪として恐れられてもいたが、紅葉と出会い改心した。

今では人里で友人ができるまでになっていると聞く。

「そういえばよ、紅葉。お前に依頼だぜ」

そういって古都は封筒を取り出す。

「あら、何の依頼かしら?」

封筒を開けて読む。紅葉の表情は窺えない。

やがて顔を上げた紅葉は若葉のほうへ歩いていった。

「かーちゃんちょっと里まで行ってくるよ。ちょっと用事ができたんだ」

おいしそうに西瓜を頬張る若葉は屈託の無い笑顔で、

「うん!まっへる!いふかへってくふの?」

と西瓜の種をこぼしながら尋ねる。

「ふふ、食べながらしゃべるんじゃない、まったく……安心しな、すぐに戻ってくるよ」

それじゃ行ってくるね、と言い残し境内から降りていく紅葉。

その背中を見送る古都はどこか悲しげな表情だった――。





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