タッチ
容赦なく降り注ぐ陽射しは肌を刺すように痛い。
夏の大会を直前に控えた高校球児たちの情熱はそんな陽射しよりも更に熱い。
私立M高等学校野球部。
例年なら夏休みは甲子園よりも豊島園といった雰囲気の弱小野球部も今年はまるで様相が違った。
入部早々頭角を現した1人の選手の存在が万年初戦敗退のチームの空気を一変させたのだ。
武田洋也-非凡な野球センスを持ったこの一年生、バッティングもさることながら投手としての才能がズバ抜けていた。大きくゆったりとしたフォームから投げ出される速球は都内いや高校球界でもトップクラスのスピードがあり、加えて繊細にコントロールされる変化球は球種も多彩で打者の目を翻弄する。
たった一人の右腕の存在がチームの夏休みの予定をガラッと変えようとしていた。
地区予選を間近に控えマウンドで黙々と投球練習をする右腕。
しかし、光あるところには影がある。
同じチームの中に、それもすぐ側で、そんな彼を嫉妬に満ちた思いで見つめる者がいた。
(いったいあいつと俺のこの差は一体何なんだ。
全く同じ日、同じ時間、同じ親から生まれ、常に一緒に育ってきた俺たちなのに…。
確かに生まれながらにしてあいつは何をやっても器用にこなした。
箸を持てるようになるのも文字が書けるようになるのもあいつの方が早かったし今でも俺なんかよりはるかに上手だ。
父さんや母さんと手を繋ぐのもたいがいあいつだったっけ。両親だけじゃない、周囲の人々の愛情をあいつは常に独り占めしてきたんだ。
一緒に始めた野球だってそうさ。
マウンドで投げるあいつを尻目に俺は入部以来ずっと球拾いだ。
あっ、でも父さんと初めてスポーツショップに行った時、バットは共用の1本だけだったのにグローブは俺専用のを買ってくれたんだよな。あんときのあいつの羨ましそうな様子ったら…。
ちっとは期待されていたんだろうか。
くっそ!
俺だって同じ遺伝子を持ってるんだ。やればできる!
監督、俺のピッチングを見てくれ!)
彼はグラブを投げ捨てると、右腕からボールを奪い渾身の投球でアピールした・・・
突然のことに茫然とした監督だったがすぐにマウンドを睨むと一喝した。
「おい武田!何処へ投げてる!ふざけてないでちゃんと右手で投げろ!」