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第4話 譲れない戦い ①


ズキズキと頭が痛む。 体全体も重くて、思うように体を動かすことが出来ない。

目を開くとうっすらと真っ白な光が差し、段々とぼやけていた視界もはっきりとしてくる。


「――じ、零――っ!」


誰かが呼ぶ声が聞こえた。 ぼんやりとだが、零次の名を何度も何度も呼んでいるようだ。

何とか呼び声に応えようと必死で右手を持ちあげ力いっぱい伸ばす。 すると不意にふにゅっと柔らかい感触がした。

脳が覚醒しきっていない零次は、一体何を掴んだのか全く理解できなかったところ、ようやく視界がはっきりとした。

まず見えたのは綺麗なアクアブルーの長髪、この髪は間違いなくサヤだろうと視線を合わせたら、何故か目を大きく見開いて呆然としている。

次に右手の行く先を確認したところ、何故か無意識に伸ばした腕はサヤの胸を掴んでいた。

両者の間に漂う、謎の沈黙。 数秒後、ようやくサヤが事態を理解したのか、急に顔を真っ赤にさせた。


「……何だ、この状況?」


「――こんの、エロバカぁぁぁっ!!!」


ようやく脳が覚醒した刹那、サヤの目にも留まらぬ鉄拳が零次の顔面へと直撃した。

危うく再び夢の世界へと旅立つところだったが、なんとか持ちこたえる。


「い、いってぇぇっ!? な、何するんだよっ!?」


「それはこっちのセリフよっ! 信じられない、人がせっかく心配して様子を見に来てあげたってのに、そうやって人の……人のっ! バ、バカッ!」


「おい待て、あれは事故だっ! 誰がお前のない胸を好んで揉むんだ――」


「なんですってぇぇっ!?」


「いや、待てそうじゃないっ! 落ち着け、話せばわかるはずだぁぁっ!」


サヤはキッと零次を睨み付けて、拳を振り上げ立ち上がったが、何か思い立ったのか拳を下してゆっくりと椅子へ腰を掛け直した。

よくみたらここは病室だ、何故零次はここにいるのだろうと記憶を掘り返した。


「アンタさ、一体何をしてたのよ?」


「……デュエルサイバーズで、戦っていただけだ」


「嘘よ、どうしてデュエルしているだけで……体育館の裏で気絶してたのよ」


「倒れていた……俺が?」


「そうよ。 アンタね、二日も寝たきりだったのよ?」


「ハァッ!?」


サヤが口にした言葉に、思わず零次は素っ頓狂な声を上げてしまう。

あの戦いを経てから、零次は二日間も気絶していたというのか? とてもじゃないが、信じ難い話だ。

そうなると、やはり代行者メティスの言っていた話は真実だったのだろう。

あのVR装置はセーフティーが外されていて、メティスの暴行を受け続けた零次は二日間も寝込んでしまっていたのだ。


「……ねぇ、何があったのよ。 本当の事を教えて」


「いや、俺は確かにデュエルをしていて――」


サヤにありのままの事実を告げようとした途端、ふと零次は病室の扉が半開きになっていた事に気づく。

そしてそこには、こっそりと部屋の様子を伺うエフィーナの姿があったのだ。


「エフィーナ……? おい、エフィーナっ!?」


零次が声をかけると、エフィーナは体をビクッとさせてその場から退散してしまった。

すぐに追いかけようと、零次はベッドから飛び出そうとするとサヤに腕を掴まれてしまった。


「ま、待ちなさい零次っ! 医者からしばらくは安静にするように言われているのよっ!?」


「待ってくれ、エフィーナがいたんだっ! ちょっとぐらいかまわねぇだろっ!」


零次は強引にサヤを退けると、病室を飛び出し周囲を見渡した。

すると、白衣を身に纏い一生懸命走って逃げているエフィーナの姿が目に入った。

あれならば追いつくのは容易いと、零次は全力でエフィーナの元へと駆け出した。


「止まれエフィーナっ!」


零次が叫ぶと、エフィーナは体をビクッとさせてピタリと動きを止める。

エフィーナは恐る恐る振り返ると、何処か曇った表情を見せたまま零次と視線を合わさった。


「……零次、無事でよかったです」


「それはこっちのセリフだろ。 あいつはどうしたんだ?」


「……零次」


エフィーナは意図的に零次から目線を逸らし、掠れた声で零次の名を呼んだ。


「私達、もう関わらない方がいいです。 零次は私の素性を知ってしまいました、これ以上私と関係性を持ってしまうと……いっぱい危険な目に逢ってしまうかもしれないです」


「……おい、そりゃどういう意味だ?」


「お別れ、です。 短い間でしたけど、楽しかったですよ。 近いうちに私は学園から姿を消そうと思います。

せめて、最後に零次の無事な姿を見れて、本当によかったです」


「エフィーナ……冗談、だよな?」


「私は、本気です。 ……大会、頑張ってくださいね。 零次ならきっと優勝間違いないですから。

代行者メティスについては私に任せてください、何とか計画は阻止して見せますから」


「一人で何とかできんのかよ? だってあいつは――」


「私は天才プログラマーですよ、打つ手はいくらでもありますし零次は大会の事だけに集中してください。

せめて、大会だけは何とか無事に開催できるように努力はするつもりです。 だから、今日で零次とはお別れです」


エフィーナはそう告げると、静かに背中を向けて立ち去ろうとする。

引き留めようとした零次だが、何故か体が動かなかった。

エフィーナが抱え込んだ問題の大きさをわかっていたからなのか、それともエフィーナに拒まれる事を恐れてしまったのか。


「さよならです、零次」


背中を見せたまま、エフィーナは声を震わせながらそう呟いた。

零次はただ何もせずに、その場を立ち尽くした。

かけるべき言葉も見つからず、ただ拳を強く握りしめて去っていくエフィーナを見送るだけだった。


「……零次、どうしたのよ?」


「何でも、ねぇよ」


背後から恐る恐るサヤが声をかけてきたが、零次は短くそう返して病室へと引き返す。

ベッドに横へなると、零次は布団をかぶって寝る姿勢に入った。


「ちょっと、零次――」


「悪い、明日にしてくれ。 今日はちょっと、疲れた」


「……わ、わかったわよ」


力なく零次がそう呟くと、サヤは何も聞かずにそう返事を返した。


「明日、せめて何があったのかぐらい聞かせなさいよ」


「……ああ」


「や、約束しなさいよ?」


「ああ」


サヤの言葉に対して浮ついた返事を返していると、気づけばサヤは病室から退室していた。

色々と抱え込んでしまった問題の大きさにため息をつきながらも、零次はとにかく一度寝ようと目を閉じる。

次々とあの時の戦いと悲しそうな顔をしたエフィーナの表情や重みのある言葉が頭を廻る。

こんな状態では寝るに寝れないな、とわかりつつもとにかく今は眠りにつきたいと感じ、目を閉じたまま横になっているうちに自然と意識は闇に落ちて行った。






翌日、零次が病院で検査を受けたところ、三日間のVR装置の使用を禁じられた。

試合が近いからと、何度も担当医師に食い下がったのだが、断固として聞き入れて貰えなかった。

サヤも言っていたが、零次は二日近くも昏睡状態にあったらしく、今の状態ではまともにデュエルサイバーズで戦う事も出来ないし、下手すれば再び昏睡状態に陥っても不思議ではないという。

幸い四日後に控えている大会にはギリギリ間に合う計算だが、練習する間もなくぶっつけ本番で出場する事にはなってしまう。

本来なら大会出場でさえも避けた方が良い程でばあるが、異常が検知されれば即棄権するという条件を貰ってようやく許可を貰えたぐらいだ。

大会に出れるだけマシと考えるべきなのだろう。

結局零次に今できる事は、せいぜい頭の中でイメージトレーニングを重ねたり、中継動画を見て対戦相手の情報を集める程度だ。

病室のテレビは学園ローカルネットワークに繋がっており、デュエルサイバーズの試合中継やリプレイ動画を見れるような設定がされている。

流石学園直属の病院といったところだろう。 零次は呆然と対戦動画を眺めていると、扉からコンコンッとノックの音が聞こえた。

どうぞ、と告げると、病室に入ってきたのはサヤと夏樹(なつき)の二人だった。 サヤは何処か浮かない表情を見せていた。


「どうなのよ、調子は」


「三日ぐらいはデュエル禁止だってよ、まぁギリギリ大会出場は出来るみてぇだ」


「そう、ならよかったじゃない。 でも医者の言う事聞かずにデュエルなんて絶対にやめなさいよ?」


「わかってる、俺だって自分の身体は大事にするさ」


零次がそう返すと、サヤはため息をついて椅子へと座る。

夏樹(なつき)は一言も交わさずに、難しい表情をしたままサヤの隣に立っていた。


「アンタ大丈夫なの? そんな調子で大会なんて出場できると思えないわ」


「ヘッ、余計なお世話だ。 別に俺は何ともねぇ、医者が気にしすぎなんだよ」


「何ともないワケないでしょ……アンタ、自分がどんな状態に陥ってたかわかってるの?」


「何言ってんだよ、今はこの通りピンピンしてんだろ? そんなに心配すんじゃねぇよ。 それよりお前ちゃんとトレーニングしてんのか? 俺なんかに構ってる暇あったら練習してろよ」


「練習なんて、身に入るワケないじゃない――」


サヤは顔を俯かせながら、ボソッとそう呟く。

聞こえないように言ったつもりなのかもしれないが、零次は聞き逃さなかった。


「おいおい、身に入らないってどういう事だよ? そんなんで優勝狙うだなんて笑っちまうな。

別に俺は何ともねぇんだからよ、もう俺の事は放っといて練習に集中しとけ。 その方がお前の為だぞ」


「――っ! アンタねぇっ!?」


サヤはガタンと椅子から立ち上がり、拳を振り上げる。 だが、隣の夏樹(なつき)がその手を掴んだ。


「駄目です、如月先輩」


「わ、わかってるわよ。 う、うるさいわね……」


掴まれた手を振り払い、不機嫌そうな表情がドサッと椅子に座る。

足を組みため息をつき、零次の事をチラリと伺う。 すると、サヤは再びガタンッと立ち上がった。


「また、後で来るわ」


「ん? あ、ああ」


それだけ告げると、サヤは早歩きで病室を退室していく。

零次はただポカーンと口を開けたままその様子を見ているだけだった。


「なんだありゃ? 一体何だってんだよ」


「如月先輩は零次さんの事が心配なんですよ」


「そりゃわかるんだけどよ、何もそこまで心配しなくったっていいじゃねぇか」


その割には目を覚ました直後にキツイ一発を貰ったな、と頭に過ぎらせていると、ふと夏樹(なつき)がキッと鋭い視線で零次を睨み付けた。 なんだ? と思わず、零次は身構えてしまった。


「如月先輩がどれ程貴方を心配していたかわかってるんですか?

体育館裏で貴方が気絶していたと聞いて真っ先に駆けつけたのは先輩でした。

それから毎日面会終了時間ギリギリまで貴方を看病しながら、目を覚ますのをずっと待っていたんですっ!」


「あ、あいつがそこまで?」


サヤがそこまで零次の事を心配してくれていたとは思わなかった。

が、それ以上に気になるのは何故夏樹(なつき)がここまで物凄い剣幕で零次に言い寄ってくるのか?


「身体の事は勿論ですが、それ以上に如月先輩は貴方が何か大きな事件に巻き込まれたんじゃないかと心配していました。昏睡状態に陥るなんて余程の事態ですよ? 下手すれば貴方は、ずっと目を覚まさない危険性だってあったんですっ!」


「うるせぇな、そこまで心配する事はないだろうがっ! あいつが心配性すぎんだよ」


「……零次さん、如月先輩は貴方が思っている程強くはないんです、女性なんですよ? 貴方の何気ない一言が先輩を傷つける事だってあるんです」


「アイツを、傷つける?」


「そうですよ、貴方は今先輩を傷つけています。 それを、自覚してますか?」


夏樹(なつき)はキッと鋭く睨み付け、零次にそう告げた。

段々と苛立ちを覚えてきたのか、零次は右手で頭を掻きむしり、ため息を交えてギロリと鋭く夏樹(なつき)を睨み返した。


「俺がいつ、あいつを傷つけたって言うんだ? 言ってみろよ」


「どうして僕に聞くんですか? 何故、貴方がそれをわからないんです?」


「お前にはわかるかよ? アイツの全てを、お前はわかってんのかよっ!?」


「僕だって全てはわかりません。 ですが、如月先輩の事をよく見ていれば貴方にもわかるはずです。

あの悲しそうな目を、貴方は見たんですか?」


夏樹(なつき)がそう告げると、零次はしばらく考え込んだ。

あの自信家でいつも零次に突っかかってくるサヤが傷ついているとは思えない。

しかし、夏樹(なつき)の話を聞くと零次は言葉を詰まらせてしまった。

思い返せばサヤが退室する際、確かに悲しそうな表情をしていたと思う。

本当に、あのサヤが傷ついているというのか?

零次はサヤを傷つけるような事を、してしまった?

零次がひたすら考え込んでいると、夏樹は思わず深くため息をついた。


「これだけ言ってもわからないというなら、零次さんは本当に最低です。

ですが、少しでも自覚出来ていると言うのならば……せめて如月先輩にだけでも事情を説明してあげてください。

じゃないと、先輩が可哀想すぎますから。 では、失礼します」


夏樹(なつき)が零次にそう告げると、ゆっくりと病室を出て行った

自分が今、無意識のうちにサヤを本当に傷つけてしまったと思うと、零次は思わず両手で頭を掻きむしる。

しかし、ここで心を乱していては何も解決しない。

ようやく頭の冷えた零次は、深呼吸をして現状を頭の中で整理し始める。

サヤの件についてはこれ以上溝を深める訳にもいかない、やはり何が起きたか話す必要は――いや、話してしまえばサヤも巻き込んでしまう事になる。


エフィーナは言った、あのメティスと名乗る男の計画、それを一人で阻止して見せると。

確かにエフィーナは天才プログラマーだ。

零次に驚異の性能を秘めた『ゼロ=リターナ』を提供した張本人でもあるし、デュエルアバターの試合を見るだけで相手がどんなプログラムを組んでいるかを見極める驚異の洞察力も見せつけた事がある。

零次は何もできないかもしれないが、エフィーナは対抗する手段をいくらでも持っているというのも、あながちウソではないと思えた。

ならば、エフィーナに全てを任せるべきなのだろう。 しかし、本当にそれでいいのか?

と零次は自分に問いかけた瞬間、ガチャリと扉を開く音が聞こえた。

何処か浮かない表情を見せ、俯きながら無言でサヤは椅子へ腰を掛けた。


「……ねぇ、そろそろ聞かせなさいよ。 一体、何があったのよ」


「――何でも、ねぇよ」


「嘘よっ! ならどうして、アンタは気を失っていたのよっ!?」


「さあな、ただ単に後頭部をぶつけちまっただけかもしれねぇ」


適当に誤魔化そうと零次はそう言うが、サヤはキッと鋭い目で零次を睨んだ。


「どうして話してくれないのよ? 私の事、信用してないの?」


「何でもねぇよっ! 何でもねぇことを、どうやって話せってんだよっ!?」


「……ひょっとして、エフィーナちゃんが関係しているの?」


「――っ!?」


エフィーナの名を聞いて、零次は思わずビクッと反応をしてしまう。

これでは零次の身に起きたことがエフィーナが強く関わっている事と告げているのとほぼ同じだ。


「昨日、そういえばエフィーナちゃんと逢っていたわよね? あの時、何を話していたの?」


サヤは核心に近づこうと零次に問い続ける。

勘が鋭いサヤの事だ、このままでは全てを語らずとも何が起きたかは悟られてしまう可能性が高い。

ただでさえ一度エフィーナの事に関しては相談をしているのだから。

サヤが零次の事を思って相談に乗ってくれようとしているのはわかる。

しかし、今回は相談できるような内容ではない。 だからこそ、サヤを巻き込むわけにはいかない、あの男の危険性は身をもって知っているのだ。 巻き込むわけには――


「関係ねぇ、関係ねぇっつってんだろっ!」


「な、何よ……私はアンタの事を心配してるのよっ!?」


「余計なお世話だっ! もういいだろ、俺が無事ならそれでいいじゃねぇか――」


パシンッ――病室に乾いた後が響き渡る。 サヤの平手打ちが、零次に直撃していた。


「――バカッ! アンタなんてもう、知らないわよっ!」


サヤは怒鳴りつけると、逃げるように病室を駆け足で去っていく。

零次はヒリヒリとする真っ赤になった左頬を抑える。 そして、深くため息をついた。


「……こりゃ、やっちまったな」


今更のように夏樹(なつき)の言葉を思い返す。 零次がサヤを傷つけていると。

その言葉が深く胸に深く突き刺さる。

サヤは去り際に、目を真っ赤にさせて目尻に涙を浮かべていたのを零次は見逃さなかった。

それを見てしまったが為に、ますます罪悪感が圧し掛かった。

だが、あのまま話が続けばサヤに悟られていたはずだ。

それを避ける為にも、こうするしかなかったのだと零次は自身を正当化しようとしていた。


しかし、これからどうすればいい? エフィーナは一人で戦う事を選んだ。

それは零次を巻き込みたくないが為の結論だったのだろう。

だが、そんな事をしても零次はもう事情を知ってしまっている。

無関係でいる事なんて、絶対にできるはずがない。

後輩である夏樹(なつき)には失望され、結果的にサヤを泣かすような真似までしてしまった。

一体何をどうすればいいのか、零次はひたすら両手で頭を抱え、悩み続けた。


零次に出来る事、それは一体何なのか? エフィーナに変わって、代行者メティスの野望を阻止する事?

いや、それはできるはずがない。 零次が動いたところで解決できるような問題ではないだろう。

仮に学園にメティスの計画について話しても信用されるはずがない。

アバターの不正について告げたとしても、それが暴かれたからと言ってメティスの計画が阻止されるわけではない。

それにメティスの対戦動画には明らかに不正とわかる瞬間が残されていない。

メティスはレーザーソードで大爆発を引き起こし、視界を遮ってから瞬間移動(テレポート)を使う。

これでは決定的な映像証拠は得られないだろう。

ならばプログラムを調査させるのは? いや、直前に不正のないプログラムに差し替えられてしまえば何の意味はない。

開かずの間が使用されている事を学園に告げるのはどうか?

しかし、そこに捜査のメスが入ったとしてもあのメティスの事だ、そう簡単に自分に繋がる証拠を残すとは思えない。

下手に騒ぎを大きくしてしまえば、エフィーナの身に危険が迫る可能性だってある、やはり迂闊に動き回る事はリスクが大きすぎるだろう。


「くっそっ!」


ガンッ! と、零次は力任せに壁を殴りつける。 そのまま項垂れて、目を閉じてエフィーナの事を思い浮かべた。

零次の中に浮かぶエフィーナは、いつも楽しそうに笑っていた。

デバッグルームでプログラムの開発を行っていた時、休憩のときにちょっかいを出して顔を膨らませて怒っても最後は笑顔だった。

喫茶店でサヤと夏樹(なつき)を含めて楽しく話し込んだ時も、エフィーナは笑顔だった。

だが、昨日のエフィーナは違う。

何処か悲しそうな目をしていて、零次とは決して目を合わせてくれようともせず、何もかも一人で背負おうと必死だった。

そして悲しそうに告げていた、『さよなら』と。


「……そんなの、間違ってんだろっ!」


エフィーナは友達が出来て喜んでいたはずだ、こんな結末エフィーナが望んでいるはずがない。

そうでなければ、あの時零次に言わなかったはずだ。


――どんな事があっても、私とずっと、友達でいてくれますか?――


今ではわかる、あの言葉の本当の意味が。 あれは友達が出来なくて不安だったんじゃない。

自分がハーミットサイバーの一員だという過去を持っていたから。

エフィーナはずっと恐れていたんだ、自分の正体がバレてしまう事を。 それで、友達を失ってしまう事を。

そんなに恐れているはずなのに、自ら友達を突き放すような真似をしていて、笑っていられるはずがない。

待っているはずだ、エフィーナは『助け』を待っているはずなんだ。

本当は誰かに助けてほしい状況にも関わらず、自ら手を差し伸べずに全てを抱え込んでしまっている。

ならば、こちらから手を差し伸べて、『助けて』やればいい。

その後から、全てを考えても何も遅くはないのだから。 零次はおもむろに深呼吸をし、拳を強く握り締める。

一呼吸おいて、モニターを操作し、リプレイ動画一覧からロプト=マキーナの動画だけを絞り込み、再生を始めた。

一人導き出した結論の、実現に向けて。


「決めたぜ……俺は、あのチート野郎をぶっ潰すっ! そして、エフィーナを取り戻すっ!」


零次は病室で、高らかにそう宣言した。


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