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    代行者「メティス」 ②


この手の噂が好きな零次は開かずの間へ訪れた事は一度ぐらいはある。

当時はまだ立ち入り禁止にはされておらず、仲間と一緒に向かった事はあったが、噂通り開かずの間は壁にしか見えなかった。

勿論叩いても蹴っても、何処から何処までも扉かすら判断できずに、仲間内での結論は開かずの間という話は完全なデマで、本当はただの壁でしかない、という結論が導き出された。

しかし、実際に学園が立ち入り禁止の処置等を取ったのは、一説では本当に開かずの間が存在するから、という話も聞く。

ただ、中へ入ったと生徒の証言もちぐはぐなものばかりだったので、この件は生徒間で広まりすぎた噂と過激な行動を行う生徒達を抑制する為の正しい処置である、というのが零次の結論だった。


今ではほとんど忘れかけられていた『開かずの間』、まさかもう一度ここへ足を運ぶことになるとは思っていもいなかった。

体育館裏には開かずの間があるとされる周辺には、今時珍しい木製の看板に『立ち入り禁止』という文字が記載されていた。

それ以外は何の変哲もないただの壁。 こんな看板だけでは生徒の立ち入りを抑制できるはずがないなと疑問に思うが、当時は確か赤外線のセンサーが敷かれていて、立ち入った生徒を確認すると警報が鳴らされる仕組みがあった。 誰かが壊したりしていなければ、恐らく今もその機能は生きているはず、と零次は迂闊に近寄らずにメッセージの主『代行者メティス』と名乗る者が訪れるのを待った。


しかし、5分ほど待ってみたがそれらしき人物が姿を現す事はなかった。

やはりただの悪戯だったのだろうか、今頃陰で零次の事を指さして笑っているのかもしれない。

そんな事を頭に過ぎらせると、今更ながらバカバカしく思えてきてため息をつく。

これ以上待っても何も起こらないだろうと引き返そうとした瞬間、突如ギギギギと扉が開くかのような音が耳に飛び込んだ。

何事かとと思い振り返ると……信じられない事に、何処からどう見ても壁だと思われた場所に地下へと続く道が開かれていた。

内側からスライド式で壁が動いたと思われる。 が、まさか本当に開かずの間が存在したとは夢にも思わなかった。


零次は周辺を念入りに見渡したが、やはり代行者メティスと思われる人物は姿を見せていない。

ここへ入れ、という事なのだろうが、開かずの間周辺にはセンサーが存在するはず。

このまま迂闊に飛び込んでしまえば警報が鳴ってしまう。

引き返すべきか、とも考えたがこの先にいる代行者メティスと名乗る者の正体も気になる。

それに零次に入って来いと言わんばかりに開かれた扉を前にして、このまま引き下がるのも癪に障る。

腹を括った零次は、生唾をゴクリと飲み込んで、開かずの間へと入り込んだ。

どういうわけかは知らないが、設置されているはずの警報が鳴り響くことはなかった。


中に入ってみると、そこは少し肌寒く、地下まで続く階段が用意されていた。

石造りの壁や蝋燭のランプと言い、今では数少ない古い造りだ。

まるで一昔前までタイムスリップしてしまったかのような感覚に襲われる。

ギギギギギ、背後から扉が動く音がすると、零次は振り返った。

徐々に外から入り込んでいる光が閉ざされ、零次は開かずの間へと閉じこめられてしまった。

今更引き返す理由もないと、零次は動じる事はなかった。 ランプに照らされた明かりを頼りに、零次は慎重に階段を下りて行く。

カツンカツンと足音を反響させ、地下へ近づくにつれて真っ暗な階段に明るい光が交えてくる。

階段を最後まで降りきると、そこは今までの古臭い作りからかけ離れた地下室へと繋がっていた。


学園と同じ造りをしている事から、最近になって手を加えられたと思われる。

部屋の広さは教室ぐらいで、中心部にはVR装置と思われる機械が二つ、奥へ進むと別室へと続く扉があるようだ。

ガラスが張られており、ここからでも別室の様子を見ることが出来る。

そこには精密機器がずらりと並べられており、恐らくサーバールームかなにかではないかと推測できるが、何故ここにそんなものがあるのだろうか?

そんな疑問を抱いていると、奥の部屋の扉がガチャリと開き、学園指定のブレザーを着た少年が姿を現した。

高い身長に痩せ型、目が前髪で隠れる程に伸びきった紫色の髪、零次は何処かで見たことがあると頭を捻らせた。


「初めまして、とでも言っておこうか」


「……お前、この前エントリーしに行った時にいた奴だよな?」


「へぇ、僕の事をしっかりと覚えていてくれたんだね。 物忘れの激しそうな君なら、僕の事なんてきっと気にも留めないと思っていたけれど」


「ケッ、バカにすんじゃねぇよ。 お前みたいな感じの悪い奴は嫌でも記憶に刻まれるんでね」


零次は皮肉を皮肉で返すが、不気味な男子生徒はただニヤリと笑うだけだった。


「さて、既に察してるとは思うけど、名乗ったほうがいいかな?」


「いや、必要ねぇな。 その憎たらしい口のきき方といい、テメェが代行者メティスだな?」


「ご名答、僕がメティスだよ……ふふ、いい名だろう?」


「ああ、最高にセンスがねぇ名前だな。 もしかして好きで名乗ってるのか?」


「ま、所詮名前なんて飾りなんだけどね。 世の中名前がないと不便な事もああるし、どうしても必要な時は仕方なく名乗っているのさ」


「ケッ、そうかよ」


いちいち口のきき方が癪に障り、零次は苛立ちを隠し切れずに頭を掻きむしりながらそう返す。

メティスはただ、不敵な笑みを浮かべ続けているだけだった。


「さて、本題に入ろうか。 君は確かエフィーナを探しているようだったね」


「ああ、そうだ。 お前、何か知ってんのか?」


「知ってるも何も、エフィーナは僕のところへ遊びに来ているのさ」


「ん、どういう意味だそりゃ?」


「エフィーナは僕の大切な友達さ。 今度の大会は一緒に出るって約束をしていたんだけどね、どうも、君と組んでいるからと断られてしまったのさ」


「お前がエフィーナの友達? それに大会に一緒に出る約束だぁ?」


「ま、信じる信じないは君の自由だけどね。 僕としては何処の馬の骨かもわからない奴とエフィーナが組むことに不安があってね、ここはわかりやすくデュエルで決着をつけないかい? 君が負けたら、エフィーナとのパートナーを解消、君が勝ったら僕はエフィーナの事を諦める。 どうだい、簡単な話だろう?」


メティスはニヤリと怪しく微笑みながら、零次にそう持ちかけた。

話が今一掴めない状況だが、要約すればこのメティスと名乗る生徒は零次とエフィーナがパートナー関係である事が気に入らないという事なのだろう。

二人の関係性は置いといて、デュエルを持ちかけられた以上、零次は負けるワケにはいかないと闘志に炎を燃えたぎらせた。


「デュエルで決着だぁ? おもしれぇ、受けて立とうじゃねぇか」


「ふぅん……随分と自信があるだようね」


「テメェみたいな不気味な野郎に誰が負けるかってんだっ!」


「なら、話が早い。 ここには丁度VR装置もあるしね、早速デュエルを始めようか」


それだけ告げるとメティスは、カツカツと足音を響かせてVR装置へと向かう。

メティスの話はどうも違和感だらけで、零次は釈然としなかった。

とにかく負けなければいい、あんな男に負けるはずがない、と零次は自分に言い聞かせていた。

どうせ考えても答えは出ないし、あのメティスという生徒は、こっちの質問に簡単に答えてくれそうにもなかった。

ならば、戦うしかあるまいと零次はVR空間へログインをした。






ログインを終えると、目の前には荒野が広がっていた。

夕暮れの空に荒れ果てた土地、枯れた木々。 強い風が吹き荒れると砂が舞いあがり、一気に視界が悪くなる厄介なステージだ。

対戦相手のメティスも既にログインを終えていた。

お互いまだアバターをインスタンス化しておらず、試合も開始は告げられていない。 メティスは不敵な笑みを浮かべていた。


「やあ、本当に来てくれたんだね」


「あ? テメェからケンカ吹っかけといて何言ってやがんだ?」


「いやいや、失礼。 まさか君があっさりと勝負を受けてくれるとは思わなかったからさ。 本当は二手三手と色々と考えていたのだけれど、どうやら全て無駄だったようだね。 君が単純な奴で本当に助かったよ」


相変わらず癪に障る言い方ではあるが、それ以上に零次が引っかかったのは『勝負を受けてくれると思わなかった』という一言だ。

他にも手段を用意していた事から、どうやらメティスは零次と戦う事が本当の目的だったかのような事を臭わせている。

しかし、何故そこまでデュエルに拘るというのか? 単純に実力を計りたいのなら、正面から堂々と戦いに来ればいいはずなのに。

そう考えていると、突如頭上に中継映像を映すモニタが現れる。

一体誰が通信を? と思っていたら、そこに映されたのは白衣を身に纏った緑髪の少女、エフィーナだった。


「エ、エフィーナっ!? おいおい、今まで何処にいやがったんだよっ!?」


『れ、零次? な、何やってるんですか? ど、どうしてここにいるんですかっ!?』


「それは俺のセリフだろ――」


『今すぐデュエルを棄権してくださいっ! ダメです、そのVR装置で戦っては――』


突如姿を現したエフィーナは、物凄い剣幕で零次に叫ぶ。

しかし、いきなりデュエルを棄権しろと言われて易々と引き下がる零次ではない。

それどころか目の前のキザったらしいメティスをぶちのめすとやる気を全開にさせているぐらいだ。


「何言ってんだよ、まさかさっきのメティスって奴の話を気にしているのか? 心配いらねぇよ、俺は負けるつもりはねぇし――」


『違うんです、零次。 あのアバターには、絶対に勝てない理由があるんで――』


プツンッ――突如、エフィーナと繋がっていた中継映像が途切れてしまった。

エフィーナは何かを言い掛けていたようだが、肝心な部分が途切れ、何が言いたかったのか分からない。

不審に思う零次だったが、メティスは不気味な笑いを浮かべながら話を続ける。


「ククッ、その通りだよ。 君はまんまと僕の罠にかかったのさ。 はっきりと告げてあげるよ、君は僕には絶対に勝てない。 いや、誰もこの僕に勝つことは不可能なんだよ」


「サイバーズは誰もがそう思っているもんさ、テメェぐらい自信過剰の方が俺の好みだ。 だがな、俺もお前と同じくテメェに負けねぇ自信があるんだぜ? だから遠慮はいらねぇ、テメェの全力で来いよ。 俺もテメェを全力で、ぶっ潰してやるからよっ!」


メティスを挑発するかのように告げると、零次はローダーを空に向けて掲げ、『ゼロ=リターナ』をインスタンス化させた。

「やれやれ、パートナーの決死な声に耳も傾けようとしないなんて。それでも君達は本当にパートナーなのかい? とてもそうは見えないなぁ」


「おいおい、テメェがパートナーに選ばれなかったからって嫉妬か? さっさとテメェの最強のアバターとやらを見せやがれっ!」


「言われなくとも、そうするさ。 アバターセット『ロプト=マキーナ』、ローディング」


メティスがローダーを天に掲げると、全身を包み込むかのような真っ黒な鎧が次々とインスタンス化されていく。

細長い痩せ型の体はあっという間に強靭な鎧に包まれていった。

この鉄仮面に黒い鎧、そして『ロプト=マキーナ』という名……間違いない、2週間前にエフィーナと共に見た圧倒的な力を見せつけたあのアバターだった。


「驚いたかい、君もこのアバターの姿は一度ぐらい見た事はあるんじゃないか?」


「ケッ、こいつは驚きだな。 まさかあのゴツイアバターの中身が、テメェみたいなヒョロっちいモヤシだったとはな。 そんな体であんな重そうなアバターを満足に動かせるのか?」


「ふふ、強がっていられるのも今のうちさ。 さあ、見せてもらうよ……君がエフィーナと作り上げたという『ゼロ=リターナ』の実力をね」


「後で吠え面こくんじゃねぇぞっ!」


零次は両手を握りしめ、ファイティングポーズを取った。

相手の戦い方は動画を見てある程度は心得ている。 大爆発を引き起こすビームソードに、超火力のビーム砲。

確かに自画自賛するだけはあり、アバターとしてはかなり高スペックな仕上がりとなっているのは事実だ。

しかし、あの重そうな鎧といい素早く動けるとは思えない。 『ゼロ=リターナ』の持つ驚異のスピードと一撃の重さがあれば、あのアバターとは互角以上に戦えるはずだと確信を得ていた。

零次が先手を打とうと飛び込もうとした瞬間、メティスの持つ巨大なビームソードが赤色へとその輝きを変えていく。

試合中継でも見た巨大な爆発が引き起こされる前兆だ。

既に爆発を察していた零次は、それに巻き込まれまいと一度身を引いた直後、目の前でズガァァァァンッ! と耳をつんざく爆音が響き渡った。

砂埃が舞いあがり視界が奪われるが、ある程度敵の位置は把握できている。

このまま直線に飛び込めば一撃を決める事ができるはずだ、と零次は地を強く踏み込んだ。

その瞬間、背後から殺気を感じ取り零次は咄嗟に振り返る。

すると、そこには巨大なビームソードを片手に持った『ロプト=マキーナ』の姿があった。


「うおぉっ!?」


ブォンッ! 間一髪で横一線を大きく描いたビームソードをしゃがみこんで交わし、零次はそのまま飛び込んで反撃しようと力を込めた。

だが、瞬時に真っ赤に変色したサーベルが今度は上段から振り下ろされた。

間一髪のところで零次は行動を中断し、バックステップで距離を取ろうとする。

しかし、今度は間合いが近すぎた。 斬撃こそ受けなかったものの、巻き起こった爆風まではかわしきれず、零次は強く吹き飛ばされた。

ガンッ! 激しく地面に叩き付けられ、全身に伝わる痛みを堪えながらも、零次は必死で立ち上がろうとする。

周囲には砂埃が舞い散ったままで視界が悪い状態が続いていた。

一旦視界がいいところへ避難しようと立ち上がった途端、砂煙の中から青く煌めく光が目に留まる。

まさかと思い、零次はブーツを光らせ、瞬間加速によって地を蹴り、空へと飛翔する。

その瞬間、激しい閃光が、先程零次が立っていた周囲一帯を埋め尽くす。

ロプト=マキーナの持つ、腰に装備された二門の超火力ビーム砲が発射された瞬間だった。

寸でのところでビーム砲から逃れる事ができた零次は、攻撃が止んだ隙に、地上へと着地をして身構える。

一瞬でも気を抜けばあっという間にやられてしまう。 下手に飛び込めば爆発やビーム砲の餌食になりかねない。

零次は思考を廻らせ、何とかチャンスを見出そうと様子を伺った。


「ふふ、どうしたんだい? さっきから逃げてばかりじゃないか」


「何言ってんだ、勝負はこれからだぜ?」


「ふぅん……どうやら君は気づいていないみたいだし、そろそろ種明かしでもしてあげようか? 何だかちょっと、可哀想になってきたしね」


「種明かしだぁ? まだ何か隠し玉を持ってんのかよ」


「それはね、まぁ試しに来てみなよ。 そうすれば、君も絶対にわかるさ」


「絶対に、わかる?」


「そう、君が僕に勝てない理由をね」


砂煙が晴れ、ようやく姿を現したロプト=マキーナは、手に持った巨大なビームソードを適当に放り投げ、両手を広げてそう告げた。あの鉄仮面の裏では憎たらしい笑みを浮かべていると考えると零次は腹立たしく感じる。 ここまで挑発された以上、乗らない理由はあるまい。 零次は迷わず、足に力を込めて右手を力強く握りしめた。


「かかって来いってか? おもしれぇ、上等じゃねぇかっ!」


零次の機械仕掛けのブーツから真っ白な光が発せられた瞬間、零次は地を強く蹴り直線状に突き進んだ。

狙いは両手を広げたまま動かないロプト=マキーナ。 砂埃をまき散らしながら、驚異のスピードで零次は突き進んでいく。それでも微動だにしないメティスに少し違和感を抱くが、構わずに零次は拳を突き付ける。

その時、信じられない事が起こった。


「なっ――」


突如、目の前にいたはずの真っ黒なアバター……ロプト=マキーナが姿を消したのだ。

微動だにせずにただ待ち構えていただけだというのに。 一度地上へと着地し、周囲を見渡すと……いつの間にか背後にロプト=マキーナが回り込んでいたのだ。

あんな一瞬で背後をこうも容易く? 不審に思いながらも零次は、反撃を受ける前に身体を捻る。

だが、またしてもロプト=マキーナは目の前から姿を消してしまった。


「これでわかっただろう、君が僕に勝てない理由がね」


背後からメティスの声を確認すると、零次は即座に振り返った。

するとメティスは先程よりも遥かに遠い位置で身構えていた。 あんな長距離を一瞬で移動したというのか?

しかし、あんな重そうなアバターが一瞬で移動する手段なんて、あるはずがない。


「……何だ今の、テメェ、一体何しやがったんだ?」


「わからないのかい? 一瞬でも君が想像したことが、恐らく答えだと思うけれど?」


「――瞬間移動(テレポート)、なのか?」


まさかと思っていたが、あの重いアバターが一瞬で移動する手段なんてそれしか考えられない。

しかし、零次は昔プログラムについて勉強した時に『瞬間移動(テレポート)』というのは理論上、作る事は出来ないという事を覚えていた。

何故ならばアバターの座標位置といった情報を直接いじる事はプログラムでは行えないのだ。

移動系のプログラムはあくまでもプレイヤーの動作をトリガーとしており、例えば零次のように地を強く蹴る動作を補助して爆発的な跳躍力を生み出す……といった組み方しかできない。

つまり、瞬間移動(テレポート)というのはその前提を明らかに無視している為、デュエルサイバーズ内では実現不可能なはずなのだ。

「これでわかったかな? 君は僕に触れる事すらできない、つまり君は無力なのさ」


「笑わせるな、その程度で俺に勝ったつもりか――」


零次がそう言い掛けた瞬間、メティスは視界から姿を消す。

周囲をしきりに注意深く見守ると、すぐにメティスが姿を現したのを捉え、零次は瞬間加速を使って飛び込んだ。

だが、メティスはまたも姿を消してしまい零次が再び周囲を見渡そうとした瞬間――ガァンッ! と、背中に焼け付くかのような激しい痛みが襲い掛かる。

ロプト=マキーナの持つビームソードの一撃を受けたのだ。

零次のボディパーツは燃え盛る炎に包まれ、いともあっさりと砕かれてしまった。

全身が火傷するかのような熱に襲われ、零次は倒れてもがき苦しんだ。


「無様な姿だね、このまま剥き出しになったコアを狙えば一瞬でケリがつくけど、まだ勝てる見込みがあると思っているのかい?」


「クッ……なめてんじゃねぇぞっ!」


零次は何とか立ち上がり、力強く叫んだ。 しかし、アバター内で一番耐久力があるとされるボディパーツがまさか一撃で粉砕されるとは想定外だった。

あの巨大なビームソードの一撃は重すぎる、恐らく両手で受け止めたとしても一撃でパーツが破壊されてしまう。

ならば、回避に専念するしかないと零次は精神を集中させる。

ただ闇雲に突っ込むだけではメティスの言う通り、絶対に勝つことはできない。

何か、何か手はないのかとひたすら思考をフル回転させていると、その瞬間――相手の腰に備えられているビーム砲が向けられた。


「ふふ、分からず屋の君には……圧倒的な敗北を味あわせてあげないとダメみたいだね。 わかったよ、ならば次の一撃でケリをつけようじゃないか」


「望むところだ、テメェの腐った根性叩き直してやるっ!」


零次はそう叫ぶと、身構えて相手の様子を伺った。

あれだけ啖呵を切ったのだ。 必ず、ビーム砲による攻撃を仕掛けてくるはず。

だが、あのような凄まじい威力の武装を至近距離で撃てば、当然自分にも甚大な被害が及ぶ。

つまり、必然的に相手は遠距離へ瞬間移動(テレポート)せざるを得ないはずだ。

仮に自分の被る被害を厭わず、至近距離で確実に仕留めようとしてくるのであれば、逆にその時は反撃するチャンスとも言える。


何処から来ても対応できるように、零次は全神経を集中させて相手が動くのを静かに待った。

すると、メティスのビーム砲から青白い光が放たれ始める。

正面から来るつもりなのか、と身構えた瞬間――メティスは突如姿を消した。

ほぼ同時に、零次も空高く飛び上がる。 直後、つい今までいた地上は、激しい閃光と爆発に埋め尽くされていた。

恐らく瞬間移動(テレポート)によって背後を取ろうとしたのだろう。

次はビームソードを使った接近戦を挑んでくるはず。 何にせよあれだけの火力を秘めた一撃だ、次の発射までの間にはラグがあるはずだと確信していた。

次に地上へと着地した瞬間が攻めるチャンス、そう考えた瞬間だった。

地上から強烈な光が襲い掛かってきたのは。 空中で無防備となった隙を逆に突かれたのだ。

そんな馬鹿な、あの火力と連射速度を両立させている……?

成す術のない零次は、抵抗する間もなく自らの混乱と共に真っ白な光に包まれていく。

零次の身を包んでいたアバターパーツとは全て破壊しつくされ、コアもいとも簡単に砕け散っていく。

零次は地上へと叩き付けられ、立ち上がろうとするが……力なくバタンッと倒れた。


「君の負けだだよ、桜庭 零次君」


鉄仮面から素顔を見せ、メティスはニヤリを笑いながらそう告げた。

だが、零次のアバターパーツやコアが破壊されたにも関わらず、目の前には敗北を告げるシステムメッセージが出力されていない。

おかしい、あのビーム砲の一撃で全てが破壊されたはずなのに、何故試合が終わらないのか?

それともまだ、零次のコアが残っていたり、パーツが破壊されずにいるとでもいうのだろうか?

いや、そんなはずはない――


「さて、と。 彼女に君の無様な姿を見てもらおうか」


メティスがそう言うと、頭上には先程強制的に中断された中継映像のモニターが出現する。

あまりにも重い一撃を受けた零次の身体は満足に動かす事すらできない状態だ。

それでも零次は上半身を起こし、上空に出力された中継映像を見上げた。


『零次、零次っ! しっかりしてください、零次っ!』


「ククッ、君の大切な零次君はこの通りだよ。 どうだい、これで僕がどれだけ本気かわかってもらえたかな? フフ、クククッ!」


『……わ、私は――』


「おい、エフィーナ……何がどうなっていやがるんだ……?」


「へぇ、君まだ喋れるの? それはいけないなぁ」


零次がエフィーナに声をかけると、不意に頭部に痛みが走り体が起こされる。

メティスが倒れている零次の頭を鷲掴みにし、片手で持ち上げたのだ。

身体中に走る痛みを誤魔化すのも兼ねて、零次はギロリと鋭くメティスを睨み続ける。


「随分とタフだね、普通はあの一撃で気絶してもおかしくないと思ったけれど?」


「ヘッ、テメェの小便みてぇなビームで俺がくたばるかよ――」


ガンッ! 零次の腹部に重い一撃が襲い掛かる。

思わず吐き気を催す程の強い一撃に堪えながらも、零次は睨む事をやめなかった。


「いいよ、そろそろ君が置かれた状況を説明してあげるよ、どーせ全て終わったしね。 まずは最初に話していた僕とエフィーナの関係、実はパートナーを約束していたという事は嘘なのさ。 だけどね、僕達二人が友達、というより仲間って言うべきかな? とにかく、そういう関係にいる事は事実だよ。 いいかい? 僕とエフィーナはね……とある組織に所属していた身なのさ」


『や、やめて……やめてくださいっ!』


映像越しから必死にエフィーナは訴えかけていた。

だが、メティスはそんなエフィーナをあざ笑うかのようにニヤリと笑みを浮かべた。


「僕達は『ハーミットサイバー』に所属していた、君も名前ぐらい聞いたことあるだろう? 僕はそこで幹部を務めていたのさ」


「ハーミットサイバー……だって?」


零次は思わず耳を疑った。 何せハーミットサイバーとは、昔世間を騒がせたサイバーテロの組織なのだ。

大企業のデータの大量流出から破壊、サーバー攻撃等といった事をひたすら繰り返していた。

だが、組織は4年前に解散されており、今では一切活動していない。

だが、零次と変わらない年の子供が、そんなテロ組織に所属しているとはとてもじゃないが信じる事は出来なかった。


「僕らはかつてハーミットサイバーにおいて活動を続けていた。 勿論お互い名前も顔も知らなかったさ、僕らの素性を全て知っているのは恐らく組織のリーダーだけ。

そして組織のリーダーはプログラマーとしての才能のある人物を子供から大人まで片っ端から集め続けていたのさ」


「……こいつの話、本当なのか?」


零次はエフィーナに向けて、そう尋ねたかエフィーナは俯いたまま何も答えなかった。

するとメティスは零次を地面へ叩き付けて解放した。


「本当さ。 本来なら僕達はお互い顔も名前も素性も知らないはずだった。 だけどね、エフィーナ・F・リターニャは余計な事をしてくれたのさ。 そう、僕のアバターに不正ツールが使われている事を真っ先に嗅ぎつけたのさ」


「不正ツール……っ!?」


ようやくロプト=マキーナが秘めるとんでもない力の謎が零次の中で解けた。

あの瞬間移動(テレポート)を始めとし、驚異的な力を持つビームソード、連続で発射できるビーム砲。

プログラミングに疎い零次でも、超越しすぎたアバターの力に疑問を抱いていた。

それらが不正ツールによって作られたプログラムと考えれば、辻褄が合う。


「彼女はね、僕を罠にかけようとありとあらゆる手段を駆使してきたよ。 その技術の数々はどれも『ハーミットサイバー』で使われていた技術と同じだったのさ。 デュエルサイバーズのプログラム改ざんは高度な技術を要するからね、恐らくエフィーナも僕の正体に勘付いて探りを入れてきたんだろうね」


「へぇ……で、その元テロ組織に奴がどうしてゲーム内でチートなんてせこい真似してんだ?」


「フフ、これは僕の趣味さ。 デュエルサイバーズ内で最強を気取ってる連中を狩る為の最強のアバターを作り上げて、完膚なきまでに叩き潰してあげようと思ってね」


メティスは零次の頭を片足で踏みつけて、ニヤリと笑った。


「そう、君のようなサイバーズを……こうやってねっ!」


メティスは強く零次の腹部を蹴り飛ばす。 一瞬にして吹き飛ばされた零次はVR空間の限界領域を示す壁に叩きつけられた。

想像を絶する痛みが全身に襲い掛かり、呼吸器官が暫く言う事を聞かなかった。


『やめてくださいっ! 零次は何も関係ないのですよっ!?』


「元はと言えば君が僕に手を出したのが悪いんだよ。 ま、おかげで僕は自分の計画をより確実に遂行できるようになったけどね。 君さえいれば、僕の野望はほぼ達成できたようなものさ」


『……私、は』


零次は上半身を何とか起こし、中継映像を目にするとそこには浮かない表情をしているエフィーナが映し出されていた。

メティスの言う計画とは何のことなのかわからないが、エフィーナの悲しそうな表情を見ると、零次はメティスに対して激しい怒りを覚えた。


「せっかくだし、特別に君にも教えてあげるよ。 僕はね、ハーミットサイバーを復興させようとしているのさ。 今度の大会にはデュエルサイバーズ関連の会社が学園のネットワークに繋がって試合の中継やらをするみたいだしね、そこから僕の作ったプログラムを流して、学校を始めとし関連会社を次々と制圧していくのさ。 そして僕は全世界に向けて高らかに宣言する、『ハーミットサイバー』の復活をね」


「……へぇ、そりゃ随分壮大な計画じゃねぇか。 だがよ、そんな事俺にベラベラ喋っちまっていいのか?」


「別に構わないさ、君の口を封じるぐらい容易いしね。 例えばそうだね、もし僕の計画が外部に漏れるような事があればエフィーナの素性を流出させたりね」


メティスが不敵な笑みを浮かべると、零次は思わず背筋をゾクッとさせる。

確かにエフィーナの素性が世間に知られてしまったら、エフィーナはどうなってしまう?

メティスの話を全面的に信じるのであれば、今は存在しない組織であると言えど、かつて犯罪に手を貸していたのは事実なのだ。

まだ未成年と言えど罪に問われる可能性が全くない訳ではない。


「ま、残念ながら僕のプログラムはまだ未完成なんだけどね。 でも、エフィーナ・F・リターニャさえ僕に協力してくれれば、プログラムも完成する。 悔しいけど、彼女の技術は僕以上であるのは事実だしね」


メティスはそれを告げると、零次の頭を鷲掴みにして持ち上げる。

すると腹部に一発拳を入れ込んだ。 またしても零次に激しい痛覚が襲い掛かり、一瞬だけ気を失いかけた。


「その為に、君には交渉の道具になってもらうよ……桜庭 零次君」


「ヘヘッ、VR空間上で俺をどうしようが関係ねぇだろ? やりたきゃ好きなだけやれよ、いずれセーフティーが発動してVR空間から強制ログアウトさせられる。 エフィーナだってそれを知らないはずねぇだろ? こんなんでエフィーナを脅す気だったのか?」


零次の言う通り、通常VR装置にはセーフティーが設けられている。

VRは性質上、五感を全てリアルに伝えてしまう事から当然ながら痛覚といったものも伝えてしまうのだ。

痛覚を始めとする危険を知らせる信号というのは、実は現実世界にまでも影響する事が判明されている。

例えば実際に右腕は何ともないのに右腕が激痛を受けたまま等といった痛覚が残されたままになるケースやあまりにも強すぎる衝撃を受け続け、精神的なダメージが蓄積されていくケース、それに伴い肉体的ダメージが実際に反映されるケースもある。

一番最悪なケースはVR空間内における強すぎる衝撃によりョック死する事件もあった。

それ以来、VR装置にはセーフティーを設けられることが義務付けられているのだ。

だから、どんなにVR空間上で痛めつけられようが一時的に耐えるだけでいい。

現実世界にはほとんど影響を及ぼすはずがない、というのが世間の常識であった。


『違うのです、零次……このVR装置は――』


エフィーナは深刻な表情を見せながら、零次に何かを告げようとするとメティスはもう一発零次の腹部を殴った。 激しい激痛が襲い掛かる中、零次は辛うじて意識を取り留めた。


「このVR空間は僕の細工が施されていてね。 君は自分の意思でログアウトできないし、セーフティーによる強制ログアウトもできないのさ」


「なっ――」


「はっきりと言えば、僕がその気になれば君を殺すことだって出来るのさ。 一応言っておくけど、現実世界と違ってVR空間による犯罪ってのは警察は中々追えないみたいでね。 僕は捕まらずに完全犯罪を成立させることも、出来ちゃうんだよね」


「テメェ――」


零次が何か言い返そうとした瞬間、メティスはもう一撃腹部へ重い一撃を入れ込んだ。


「まぁ、例えばの話だよ。 僕だって君を殺す気はないさ、こんなところで事件を起こしては僕の計画が台無しになる危険性もあるしね。 この開かずの間だって、元々あった施設を僕が勝手に使用しているんだしさ、学校側にバレないような細工はしているんだけどね」


『……零次』


エフィーナは目尻に涙を浮かべながら、俯いていた。


「……んだよ、そんな顔すんなよ。 こんな奴の言いなりになる必要はねぇ――」


ガンッ! ガンッ! メティスは無言で今度は続けて2発、拳を打ちこんだ。

零次の腹部に衝撃が走り、視界がグラッと歪み気絶しかけた。


「いつまでそんな口を利いていられるのかな? 君にはもはや抵抗する力は残されていないだろうに。

実に哀れだよ、この僕に本気で勝てると思って戦いを仕掛けたんだろう?」


『やめて、やめてくださいっ! 零次は、零次は関係ないのです……』


「君が僕に協力するって約束するなら、やめてあげるよ」


『……それは――』


エフィーナが言葉を詰まらせた瞬間、メティスは再度零次の腹部を殴りつける。

一発、二発、三発……と、無言でひたすら。

痛覚が麻痺してしまったのか、零次は途中から徐々に痛みを感じなくなっていったが、それでも殴るのをやめる気配はなかった。

エフィーナは見てもいられず、思わず目を閉じてしまった。


「中々君は強情だね、仕方ない……これなら、どうかな」


メティスは零次を開放すると、力なく零次は倒れる。

そしてメティスは巨大なビームソードをインスタンス化し、零次へと突きつけた。


「さて、このまま僕が剣を振り下ろせば……どうなるかわかるよね」


もしもセーフティーが働かない状態で首が切断されてしまえば、間違いなく現実世界では多大な影響が及ぼされる。

痛覚を始めに脊髄への異常等も全て現実世界へと影響し、下手すれば零次が廃人化する恐れもあり、激しい痛覚によるショック死の可能性も高まる。 だが、エフィーナは無言のまま頷こうとはせずにいた。


「残念だね、桜庭 零次君。 君はパートナーに見捨てられてしまったよ。

可哀想だけど、ここで君の一生は終わってしまうね。 じゃあ、さよならだ」


エフィーナにそう告げると、メティスは迷いなくビームソードを持ちあげて、力任せに振り下ろそうとした瞬間――

『――協力、します。 協力しますから、零次だけは助けてあげてくださいっ!』


ようやく待ち望んだ言葉を耳にして、メティスはニヤリと笑みを浮かべた。


「いい子だ、それが賢明な判断だよ。 さすがにお友達を見殺しにはできないだろうしね」


『その代わり、約束してください。 零次や他の人には絶対に手を出さないと……』


「ああ、約束するよ……君が僕を、裏切らなければね」


それだけ告げると、メティスはコマンドを打ちこみVR空間のログアウトを行うと、辺りの景色は一瞬にして真っ白に変化し、

やがて零次もVR空間から強制ログアウトさせられた――


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