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第3話 代行者「メティス」 ①


2週間が経過し、いよいよ学園開催のデュエルサイバーズ大会まで残り1週間を迎えた。

アバターの調整も最終段階を迎え、零次はエフィーナから渡された動作確認項目書、いわゆるプログラムのバグを探す為のテスト項目書を目に通して、一つ一つ動作の確認を続けていた。

しかし、流石はエフィーナといったところだろう。 今のところ致命的なバグは何一つ見つかっておらず、おまけにアバターは見事に零次にフィットした形で仕上がっていた。

今では零次自身もゼロ=リターナの扱いには慣れてきて、アバターの秘める驚異の性能を徐々に引き出せるようにはなっていた。 大会までの準備はほぼ整った、後は何度か実戦を重ねて行き本番に備えればよい。

零次は全項目を一通りチェックした後に、すぐにVR空間をログアウトした。


ログアウト後、ため息をつきながら零次は装置の外に出て、チラリと目線を配らせる。

開発用の端末の席には、いつもいるはずのエフィーナの姿はなかった。

実はエフィーナがここにいないのは昨日今日だけの事ではない。

一週間前から、突如エフィーナはデバッグルームへ訪れなくなった。

最初は用事があると零次に直接告げてくれていたが、二日目は電話、三日目以降はメール、そして今日は連絡をよこさなかった。

別にエフィーナを拘束するつもりはないが、大会を前にしてエフィーナがこの場にいないのは少なくとも不安が残る。

一応エフィーナも大会のことは忘れていないらしく、最後に逢った時に何十枚と重なっていたテスト項目書を零次に手渡す等、気にかけてくれてはいた。

だが、それ以降エフィーナは意図的に零次を避けている事を察した。

同じ学園にいる以上、次の授業の為に教室を移動している間に、廊下等でエフィーナとたまたますれ違う、といった事は多い。

一応目線は合うのだが零次が一声かけようとすると、ササッと小走りで逃げて行ってしまうのだ。

一体何を考えているのだろうな、と零次は再びため息をついた。


「何か調子が狂うよなぁ、ちとその辺ブラブラしてくるか」


零次は大きく伸びをすると、フラフラとデバッグルームの外に出て行った。 特に目的地もなく、グルグルと歩き続けるとデュエルルームの前に見覚えのある青い髪の学生が立っていた。


「よう、夏樹じゃねぇか」


「ああ、零次さん。 どうも、こんにちは」


「何だ、デュエルか?」


「ええ、大会も近いですし一戦でも多く経験を積んでおこうと思いまして。 いやぁ、エフィーナさんのおかげで僕のアバターは大分改良されたんですよ」


エフィーナの名を聞くと、零次は何処か曇った表情を見せた。


「おう、そうか。 よかったじゃねぇか、アバターの調整は完璧って事だな」


「ええ、おかげさまで。 そうだ、よかったら僕と一戦交えてくれませんか?」


「あー、悪いな。 お互い、大会当日までのお楽しみって事にしようぜ」


「なるほど。 ふふ、そうですか。 ならば、何としてでも勝ち上がらなければなりませんね」


普段の零次だったらデュエルを吹っ掛けられた時点で真っ先に勝負を挑んでいくところだが、今日はエフィーナの件もあり気があまり乗らなかった。

こんな時に無理やり戦っても気が入らないだろうし、戦いに集中は出来ないだろうと思っていた。


「ところでよ、お前あれからエフィーナと逢ったか?」


「勿論ですよ、友達ですからね。 ですが、最近ちょっと妙なんですよね」


「ん、何がだ?」


「たまに見かけた時に声をかけるんですけど、上の空と言いますか何というか。 今日はずっとPCルームで何か調べ物に没頭してたみたいですし」


「……調べ物?」


最近エフィーナがデバッグルームへ訪れない理由は恐らくそれだろうと推測できた。

しかし、だからといって何故|零次を避けるような真似をしているのだろうか。

考えれば考える程、零次の中のモヤモヤ感は膨れていくばかりだった。


「零次さんは何か心当たりありませんか?」


「どうだろうな、もしかしてすんげー重い課題でも出たんじゃねぇか? ほら、あいつプログラムできる奴だから教師から特別扱いされるかもしれないだろ」


「確かに……無くはないですね。 そうでしたら、片付いたらきっと元に戻ってくれるでしょうね。 何だか最近、暗い表情ばかりしてましたから……」


零次は額に指を当て、ふと思い返す。 暗い表情をしていた?

言われてみれば確かにエフィーナは何処か不安がっているような表情を見せていた。

パートナーとしてそんな事にも気づけなかったのかと零次は自身を悔やんだ。


「まぁ課題ならしゃーねーな。 んじゃ、俺はもうちょいアバターの調整してくっからよ。 邪魔して悪かったな、デュエル頑張れよ」

「はい、わかりました。 零次さんと戦えるのを楽しみにしてますからねっ!」


「おうよ、俺もお前に負ける気はねぇからな。 全力でかかってきな」


零次は夏樹がデュエルルームへ入っていくのを確認すると、軽く手を振ってその場を後にしようと歩き始める。

すると、目の前にはキョトンとした表情をしているサヤの姿があった。


「お、サヤじゃねぇか」


「え、え? あ、ああ、アンタいたの?」


何処か目を泳がせながら、サヤは零次にそう告げた。


「いや、それは俺のセリフだろ。 お前もこれからデュエルか?」


「ア、アンタもそのつもりだったんでしょ? 今なら一戦付き合ってあげてもいいわよ?」


「悪いがパスだ、今日はそんな気分じゃねぇんだよ」


「そ、そう……フン、ならいいわよ」


サヤは鼻をツンとさせると、長い髪を靡かせながら零次の真横を通り過ぎていく。 が、突如ピタリと足を止めた。


「アンタ、ちょっと付き合いなさいよ」


「は?」


「どーせ暇なんでしょ、少しぐらい良いじゃない。 それとも、私の誘いを断るとでも?」


「だから、デュエルはしねぇっつってんだろ――」


「違うわよ、デュエルじゃないわ」


サヤはジッと零次と目を合わせながらそう告げた。

いつものようにキッ睨めつけるような目線ではなく、何処か零次を心配そうにしているような表情だった。


「……わぁーったよ、ったく」


断るに断れない状況に、零次は頭を掻きながらしぶしぶ了解した。







サヤがズンズンと突き進んでいき、零次は黙ってついていくと辿り着いた場所は学園の屋上だった。

どれだけ技術が進もうと建物の構造というのはほとんど変わらない。

真っ白なフェンスにコンクリートの地面、デュエルサイバーズ内でも似たような光景は何度も見ているが、やはり実物の方が何処か新鮮さを感じる。

目の前には青空が広がり続け、無数の白い雲が風に流され少しずつ流れていくのがわかる。

少しだけ冷たい風を肌で受けながら、サヤと零次は白いフェンスに並んだ。


「アンタ、どうしたのよ?」


「どうしたって、何がだ?」


「とぼけても無駄よ、今のアンタ元気がないというか、覇気を感じないというか。 とにかく、気持ち悪いのよ。 普段はもっとバカっぽい顔してバカ騒ぎしてんのに」


「お前普段から俺の事どう見てんだよっ!?」


「うるっさいわね、人が心配してあげてるのに何よその言い方っ!?」


「ん、心配してくれてんのか?」


「え、え? バッ、バッカじゃないのっ! 誰が心配なんてするもんですかっ!」


「おいおい、なんだよ。 そんな怒鳴る事ねぇだろ」


「アンタが変なこと言うからでしょっ!」


別に何も変な事は言ってないはずだが、と思いながらもサヤが顔をツンとさせているのをみて思わずため息をついた。


「で、何に悩んでるのよ?」


「……ま、ちょっと色々あんだよ。 あんま気にすんな」


「な、何よ、言いなさいっ! この私がアンタのしょーもない悩みを聞いてあげるんだから感謝しなさいっ!」


「しょーもない悩みなら聞くまでもねぇだろ?」


「う、と、とにかく言いなさいよ。 き、聞いてあげるから。 ほら、その、解決できなくても……話してくれるだけでも違うと思うし、それにアンタがそんな調子で大会に出て私に負けた時の言い訳にもされたくないのよ」


少しだけ表情を俯かせながら、サヤは告げる。

口こそ悪いが、何処か必死な様子が垣間見れるのは、やはり心配してくれているのだろうか。

仕方ないと、零次は腹を括った。


「最近エフィーナが付き合い悪くてよ、中々デバッグルームに来てくれねぇんだよ」


「エフィーナちゃんが? 何時頃からよ」


「一週間前辺りからな。 用事があるらしいっつってたけど、どうも色々とな。 学園内であいつとすれ違っても、意図的に避けられてるというか何というか」


「……アンタ、エフィーナちゃんに嫌われるような事でもしたんじゃないの?」


「そんな事ねぇぞ。 たまに生意気な事を言ったら頬をつねったり、暇な時にゴーグルひっぱってあいつの顔にバチーンとやったり、昼寝してる時に鼻つまんでやったりしてるだけだ」


「十分やってるじゃないのっ!? 女の子にそんなことするなんて最低っ!」


「別にあいつ嫌がってねぇっつーの。 ちょっとしたスキンシップみてぇなもんだろ?」


「アンタはそう思ってるかもしれないけど、エフィーナちゃんは違うかもしれないでしょ? はぁ、これだからデリカシーがない男は……」


サヤはやれやれと言わんばかりにため息を交えながらそう呟く。 が、零次はどうも腑に落ちない。


「まぁ、仮にあいつが嫌がってたとしても、なんかそれだけじゃねぇ気がすんだよなぁ。 それにあいつ嫌な事はちゃんと嫌だって言うし、顔にも思いっきり出るんだぞ?」


「……アンタらしくないわね」


「ん、どういう意味だ?」


「本当、じれったいわねっ! だったら本人に聞いてみるのが一番早いじゃない。 いい? 私なんかよりもアンタの方がエフィーナに詳しいんだからねっ!?」


「ちょ、直接か?」


「何よ、いつも直感で動いてる癖にこういう時は無駄に頭を使うのね。 アンタなら男らしく、直球勝負よっ! うん、それが一番いいわ、今すぐにでもそうしなさいっ!」


全くアドバイスになっていないが、、零次は妙に納得してしまった。

確かにサヤの言う通りだ、こんなところで一人ウジウジしてても何も解決はしない。

わからなければ直接聞け、悩んでる暇があったら当たって砕けろ。 サヤが伝えたいことは、恐らくそうなのだろう。


「そうだな、お前の言う通りだ。 おかげで目が覚めたぜっ!」


思い立ったらすぐ行動、と言わんばかりに零次は突然走り出した。


「ちょ、ちょっとどこ行くのよっ!?」


「決まってんだろ、エフィーナを探すんだよっ! んじゃなっ!」


「え、コ、コラッ! 待ちなさい零次っ!」


「そうそう、言い忘れてた。 ありがとな、サヤ。 俺の事心配してくれたんだろ?」


「え――」


屋上を出る直前、零次が振り向いてそう告げると思わずサヤは固まってしまう。

ハッと我に返ると、思わず恥ずかしさが込み上げてきたのか顔を真っ赤にさせていた。


「バ、バカッ! 別にアンタの事なんて心配してないわよっ! わ、私が心配してるのはエフィーナちゃんよっ!

こ、こんなバカに振り回されるんだから、大変だろうなーって」


「バッカ、振り回されてんのは俺だっつーの。 ま、ともかくまた明日なっ!」


「ちょ、ちょっと零次っ!?」


サヤの素っ頓狂な声を背に、零次は駆け足で屋上を出て行った。

学園内を探し回るのは面倒だと感じ、零次は早速携帯を取り出しエフィーナへと直接電話をかける。

1コール、2コール、3コール。 まだかまだかと待ち構えながら零次は携帯を片手に走り続けた。


『も、もしもし?』


「エフィーナかっ!?」


電話が繋がった事を確認すると、零次はピタリと足を止めて壁に手を掛けた。

無駄に全力で走っていた為、少し息が上がっていたが構わず零次は話を続けた。


『ど、どうしたんですか?』


「……ああ、いや悪い。 別に大した用事じゃねぇんだけどよ」


『……な、なら今度でいいでしょうか? わ、私は今』


「悪い……今、ちょっとだけ時間をくれ」


『――わ、わかりました』


エフィーナは何とか呼び止めようと零次が告げると、少し言葉を詰まらせたが、電話を切ることはなかった。

どうやら話を聞いてくれる気になったようだ。


「お前最近さ、どうした?」


『ど、どうしたというのは?』


「いやほら、ここ一週間ろくに話してねぇしよ。 デバッグルームにも来てねぇだろ? あ、そうそうテストの結果はバッチリだったぜ、流石お前のプログラムだぜっ!」


『あ、う、それはよかった、です。 ごめんなさい、最近ちょっと忙しくて……』


「いや、別にお前を拘束する気はねぇからいいんだよ。 お前にはお前の都合もあるし、その代わり大会当日は何とか予定を開けといてくれよ。 俺達はパートナーだからな、優勝する時は二人揃って、だぜ?」


『は、はい……大丈夫、だと思いますけれど』


「……本当に、大丈夫なんだよな?」


零次が何処か心配そうな表情を見せながら尋ねると、エフィーナはそこで言葉を詰まらせた。


「もしも、もしもだけどな。 何か悩みがあったら、俺に相談しろよ。 俺達はパートナーだ、お互いに助け合っていく仲間だからな。 俺は必ず、お前の力になってやれるぞ」


ライバルであるサヤがそうしてくれたように、零次はエフィーナにそう告げた。

何もなければそれでいい、むしろただの思い過ごしであってほしいと零次は願っている。

だが、もしも何か悩みを抱えてしまっているのなら、それは解決しなければならない。 それがエフィーナの笑顔を妨げているというのであれば、尚更にだ。


『……ありがとうです、私は平気なのですよ。 もう、意外と心配性なんですね零次ってば』


「そ、そうか。 それならいいんだ、忙しい中悪かったな」


『いえ、その……嬉しかった、です』


「明日はどうだ、まだ用事が片付かねぇか?」


『はい、もうちょっとだけ……かかります』


「そうか、しゃーねぇな。 俺はその間にトレーニングを重ねておくぜ。 んじゃ、用事さっさと片付けろよ。 俺はずっと、お前の事待ってるからな」


『は、はい』


伝えたいことは全部伝えた。 結局事情ははっきりとは見えて来なかったが、少なくとも零次の中につっかえていたものは取れた。

後はエフィーナ次第だ、と零次は電話を切ろうとした。


『れ、零次』


「ん、なんだ?」


『……な、なんでも、ないです――』


プツンッ――エフィーナは最後に何か告げようとすると、突如電話を切ってしまった。

……気のせいではない、少しだけ鼻声交じりだった。 エフィーナは、泣いていた。


「……エフィーナ」


やはり只事ではない、エフィーナに何かが起きていると零次は胸騒ぎを感じた。

もう一度電話を掛けようと零次はエフィーナ宛にかけたが、携帯の電源が切れてしまっているようで繋がらなかった。


「……クソッ!」


まだ学園内にいるはずだ、と零次は当てずっぽうに走り回ってみるが、当然ながらそんな方法でエフィーナが見つかるはずがない。

そこで『エフィーナが何か調べ物をしていた』という夏樹の言葉を思い出す。

学園内でそんな事が出来る場所といえば1つしかない。 ゆうに4クラス分もの大量の端末が設置されたPCルームだ。

恐らくエフィーナはそこにいるはずだと零次は真っ先に駆け出す。

廊下を歩く生徒達をかき分け、教師に注意を受けながらも構わずに零次は走り続けた。

PCルームへ辿り着くと、零次は受付を無視して中へ強引に入っていく。

目を凝らして学園の生徒を一人一人確認していくが、そこにエフィーナの姿はなかった。


「ちょっと困ります、ちゃんと手続きをしてから入室してくださいっ!」


「手続き? おい、エフィーナって奴来なかったか?」


受付の女子生徒が零次に対して注意すると、零次は逆にそう尋ねた。


「え? 1学年のエフィーナ・F・リターニャさんですか? その人なら既に退室されてると思いますが……」


「チッ、入れ違いかよ」


唯一の手がかりがここで途切れてしまうのかと、零次は頭をひねらせた。

まさか受付の人に自分の行先を告げるとは思わないが……と、そこである事を思いついた。


「なぁ、そいつが使ってたPCって今あいてるか?」


「……はぁ、確かに空席ですけれど」


「ちょっとそこ貸してくれ、別にかまわねぇだろ?」


「わ、わかりました……ここに名前と生徒番号を記載してください」


可能性は低いが、もしかしたらエフィーナが使用していたPCに何か調べ物をした痕跡が残されていると考えた。

手続きを済ませると零次は、渡された管理番号を確認し、その席へと向かってPCの電源を入れる。

学園の生徒は基本、個人個人にIDが割り振られており、PCを使用する際は自分のユーザでログインする必要がある。

しかし、中にはユーザIDを入力せず、管理者権限で入れる端末があるという話は聞いていた。

もしかしたら、この端末がそれかもしれないと僅かな希望を抱いたが、虚しくもユーザIDとパスワードの入力を求められた。

そもそも管理者権限を持つ端末を簡易的な手続きで借りれるというのもおかしな話だ、冷静に考えれば想像ついたじゃないかと零次は思わずため息をついた。

だが、このまま引き下がるわけにもいかず零次は自分のIDとパスワードを入力してログインを行った。


「っつっても、こっからどうすりゃいいんだよ……」


やはり無駄な行動で終わってしまうのかとため息をついた瞬間、突如PC画面内に未開封のインスタントメッセージが表示された。 これは学園内のコミュニケーションツールで、学生同士がローカルネットワークを通じてメールのやり取りができるツールだ。

しかし、妙な事に必ず記載されているはずの生徒番号と名前が表示されていない。 このメッセージは一体誰から送付されているのだろうか。 奇妙に思いながらも、零次は恐る恐るメッセージを開封させた。


『初めまして、桜庭 零次君。 君の事はずっと見ていたよ』


横に並べられた衝撃的なメッセージに、思わず零次は言葉を失った。

何かの悪戯か、それともウイルスだろうかと考えているうちに、同じ宛先から続けてインスタントメッセージが届く。


『僕の事が気になるのかい? 僕は名乗る名を持ち合わせていないんだけどね、強いてあげるなら『代行者メティス』と名乗らせてもらうよ』


「代行者、メティス……? な、なんだこいつ?」


誰かの手が込んだ悪戯なのだろうかと、零次は周りをキョロキョロとさせるが、当然ながら特定する事はできない。

零次はインスタントメッセージを返そうとキーを打ち始めた。


『何処のどいつだ? 趣味の悪いイタズラだな』


インスタントメッセージを作成し、送信すると相手が受信した旨がダイアログで知らされる。 返事はすぐに返ってきた。


『イタズラなんかじゃないさ、君は今エフィーナを探しているんだろう?』


「なっ――」


零次はまたしても言葉を失った。 どうして見ず知らずの生徒が、零次がエフィーナを探していることを知っている?

自分の行動を振り返ってみたが、それを知り得るとしたら、エフィーナ本人かサヤではあるが、この二人がこんな悪戯をするわけがないと除外した。

そうとなると、残り一つの可能性としては受付で零次が騒いでいた時だろう。

つまり、このPCルーム内にいる人物の誰かが、このメッセージを零次に送っていると思われる。


『何処にいるのか、知っているのか? 教えてくれ』


零次はメッセージをタイピングすると、即座に送信した。

何度周囲を見渡しても、誰がこのメッセージを送っているのかはさっぱりわからない。

学園のサーバーを探れば発信元のPCを特定できるかと思ったが、そもそもこのツールはローカル間のPC同士での通信に過ぎない為、サーバーを全く介していない。

つまり、メッセージの証跡はPC内にしか残らないのだ。


『知りたいかい?』


メッセージは短いその一言で、返ってきた。 零次は思わず生唾をゴクンと飲み込んだ。 零次はうすうすと何かを感じ取った。

エフィーナは何か、零次の想像を超えるとんでもない事件に巻き込まれてしまったのではないかと、ふと想像してしまった。これだけ手の込んだことを、たかが悪戯程度でやるとは思えない。 少なくともエフィーナの名がここで出た時点で、悪戯の線はほぼ消えたと考えていい。

ならば、このメールの人物は……ここ一週間、何らかの形でエフィーナと接点を持っていると考えていいはずだ。


『教えろ、エフィーナは何処だ?』


何の飾りもなく、零次は直球でそう尋ねた。 すると、メッセージはすぐに返ってきた。


『学園の地下闘技場、そこで落ち合おう』


そこに記載されていたのは、謎に満ちた文章であった。 何せこの学園には地下は存在しないはず。

ましてや闘技場なんてものが置いてあるはずがない、強いて言えばデュエルルームや大会のみに使われるコロシアムなら存在するが、それらは全て地下にあるものではないはずだ。

ただの、悪戯だったのかと思いつつ零次はメッセージを打った。


『ふざけるな、そんな場所知るかよ』


メッセージを送信してため息をつくと、すぐに相手からメッセージが返ってきた。


『君が知らなくて当然だよ、いや……誰もこの場所を知らないだろうね。 何せこの僕が用意した最高のステージだからさ』


「……は?」


こいつは一体何を言っているんだ、と言わんばかりに零次は呆然とした。

何処のどいつがこのメッセージを送っているんだと、零次は苛立ちを見せながら周囲を見渡す。

すると、連続でメッセージが零次の元へ届いた。


『ごめんごめん、別に君をからかったわけではないんだよ。 秘密の入り口を教えてあげるさ』


やはり、零次の行動が見えているようだ。 向こうがわかっているのに、こっちがわからないのは気味の悪さを感じる。

この人物は、一体何者なのだろうか?


『さっさと教えろ』


短く適当に零次はメッセージを送った。 するとメッセージはすぐに返ってきた。


『学園の体育館裏にある『開かずの間』、そこまで来なよ』


体育館の裏にはメッセージの通りに、確かに開かずの間というのが存在する。

零次が入学した当時から生徒間では噂になっており、一見ただの壁にしか見えないのだが実はそこは厳重なロックがかけられた隠し扉であるという噂だ。

中には財宝が隠されているだの、学園の秘密が眠っているだの様々な噂が広まっており、一部のバカが扉をこじ開けようと騒ぎを起こして学園で大問題になったことがあった。そのおかげで、今となっては開かずの間は立ち入り禁止となっているはずだが……まさか、そこに『地下闘技場』があるというのか?


『どういう事だ、そこは立ち入り禁止だろ?』


メッセージを打って零次は送信しようとしたが……相手が存在しません、というエラーメッセージが返ってきた。

既に端末の電源が落とされたか、或いは学園ローカルネットから切断したのだろう。

未だに悪戯の可能性を拭いきれないが、いずれにせよその場所へ向かえば答えが出るはずだ。

零次は頭を掻きながら、端末の電源を落とし退席をする。

念の為零次以外に退席する人がいないか確認したが、誰も席から立ち上がる事はなかった。

受付で手続きをしている間にも、他に退室した人がいたか確認を取ったが、10分前ほどに一人だけ退室しただけだった。

その時間はまだメッセージでやり取りをしていたし、恐らく関係ないだろう。

ならば、まだ中に残っているのだろうか? それとも全く別の場所から通信をしていたという可能性も高い。

考えれば考える程謎が深まっていき、苛立ち始めた零次は頭を掻きむしった。


「考えるのめんどくせぇ、とにかく向かうしかねぇだろ……開かずの間とやらにな」


零次は謎のメッセージの誘いに乗り、体育館裏へと向かっていった――


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