涙の理由 ②
翌日、零次とエフィーナは端末の前で座っていた。
今日はアバターの調整は行わずに、学園内でのデュエル中継を観る事となったのだ。
優勝を目指すにはまずは敵の分析が必要という零次の案が採用され、エフィーナは目をキラキラと輝かせながら頷いていた。思えばエフィーナはデュエルサイバーズの試合観戦が大好きだと言っていたはずだ。
主旨を忘れなければいいかと少し不安を感じた。
「見てください、サヤさんが試合してるみたいですよ。 ちょっと見てみません?」
「あいつの戦いなんて散々見て来てるんだけどなぁ」
「何言ってるんですか、サヤさんの銃剣は零次さんにとっては苦手な武装じゃないですかっ!」
「まぁ、そりゃそうだけどよ」
「とにかく見てみましょうよ。 えっと、対戦相手は宇井月 夏樹さんですね、使用アバターは『フォース=レプレース』って言うみたいです」
「女同士の戦いか、面白そうじゃねぇか」
「いえ、宇井月さんは男の子ですよ」
「あ、そうなの? てっきり女だと思っちまったぜ」
「試合始まってるみたいですね、観てみましょうよ」
「そうだな、サヤはともかく対戦相手がどんな奴だか気になるし」
全く聞いたことのない名のアバターに気を惹かれた零次は、一体どんなアバターなのだろうかと妄想を広げていると、端末からはVR空間の対戦動画が映された。
バババババッ、と凄まじい勢いで剣先から弾幕が張られている光景を見ると、零次は思わずうんざりとする。
あれのせいでいつも近づく事に苦労させられていたのだから。 一方対戦相手を見てみると、一見何の変哲もない普通のアバターに見える。
特徴のないアーマーにヘッドギアと、鎧の形は零次やサヤのと似ている。
しかし、右腕のローダーが少し特殊な形状をしているのが気になった。
ローダーはデータを読み込む以外にも様々な機能を備えている事はあり、デザインが違っているのも別に普通の事だ。
だが、零次はそういう違いではないと直感で悟っていた。
サヤが高く飛び上がり、空中を華麗に舞いながら両手の銃剣『ベレッタソード』を相手へ向けると剣先が青い輝きを放ち始めた。
「うわー、出た出た。 あの一撃、初見だとマジ避けるのきついんだよなぁ」
「流石サヤさんです、ここまで相手に反撃チャンスを与えないのです」
「こりゃ相手が悪かったな、アイツの無双試合なんて見ても面白くねぇだろ。 他の上位の奴らは対戦してねぇのか?」
「あ、待ってくださいっ!」
エフィーナが声を上げた途端、相手のローダーが突如白い輝きを放ち始めて、形状を変えた。
あっという間に巨大な弓が生成されると、素早く光の矢を発射させた。
銃弾にも負けない速度で突き進んでいった光の矢は、サヤの銃剣を弾き飛ばして見せた。
「何だ、ローダーが武器に変化したっ!?」
「凄いです、カッコイイですっ!」
一般的に武器というのはローダーからインスタンス化させる事が多いが、今回のあの弓はどうやら特殊な仕様でインスタンス化されたようだ。 対戦相手が高く飛び上がると、弓は白い輝きに包まれて、今度は剣に変化をした。
「武器の、変形? おいおい、なんだそりゃっ!?」
「これ、あれですよ。 デバッグ時のアバター再読み込みと同じですっ!」
「は? どういうこと?」
「多分ですけど、試合中にアバタープログラムを書き換えてるんですよ。 だから再読み込みをする際に武器が全く別の形状になるんです」
「んな事できるのかよ、試合中に手で打ちかえたりでもしてるのか?」
「うーん、恐らくプログラムを書き換えるプログラムを用意してるんだと思います。 そのプログラムを起動させる処理を武器として登録して、それを介して武器を生成しているんです。 専用プログラムを用意する分、それを装着するだけでスキルポイントが埋まってしまいますが、その分状況に応じたプログラムを生成しなおす事によって、遠距離なら遠距離に特化した武装、近距離なら近距離に特化した、といった戦い方が出来るんだと思います」
スキルポイントとはアバターパーツとは別に設けられたアバタースキルのキャパシティポイントを指す。
ラピス=ベレッタの銃剣『ベレッタソード』やゼロ=リターナの『瞬間加速』といった物はそれぞれのアバターに設定されたスキルポイントを消費して装備をしており、アバターパーツのプログラムとは別の枠となっているのだ。
要はプログラム中に関わってくる数値なのだが、エフィーナはそれをたった今映された映像だけで、瞬時に解析してみせた。
いかに彼女が天才的なプログラマーであり、洞察力に長けているかを零次は改めて認識する。
「うへぇ、単なる万能じゃねぇって事だな……中々面白そうなやつじゃねぇか」
「欠点としてあげるなら、プログラムを書き換える分、武器の再インスタンス化に時間を要するという事ですね。 後、使い分けがかなり重要となりますからそれなりの腕も必要です」
「しかし、試合中にプログラム書き換えたらバグが起きたりとかしねぇの?」
「試合中はVR装置側で色々と制御がかかっているのですよ、プログラムはコンパイルが通らなければコミットされません。 もしエラーが起きたらロールバック、つまり書き換える前の状態に巻き戻されるんです」
エフィーナは零次に説明をするが、プログラムに関する事はさっぱりと伝わってこなかった。
とにかくあのアバターはゲーム進行には影響ないし、応用に応用を重ねた特別な仕様だという事だけは伝わった。
そう考えると、デュエルサイバーズというのは何処まで自由度の高いゲームなのだろうと思わず感心してしまった。
「あ、見てくださいっ! サヤさん、押してますよっ!」
ついつい話し込んでて試合に全く集中していなかった二人は、同時に画面に釘付けになった。
サヤは相手の素早い動きをとらえ、ベレッタソードを駆使しながら相手の攻撃を凌ぎ続ける。
隙が生じたところで一発剣先からレーザーを発射させては距離を詰め切り裂いたりと、攻撃を休まずに続け、相手に一瞬たりとも隙を与えなかった。
サヤの猛攻に堪えきれず、相手は大きく距離を取ろうと下がっていく。
攻撃が止んだ隙に武装の再インスタンス化をさせようと試みたようだが、サヤがその瞬間を見逃すはずがなかった。
すぐさまベレッタソードを狙撃モードへと切り替え、剣先からレーザーを放つ。
バシュゥゥンッ! と青き閃光が走ると相手は両手でレーザーを受け止める。
するとレーザーを受けたアームパーツはバキィィンッと砕け散り、粉のように消え去っていった。
直後、中継画面には『GAME SET』の文字が浮かび上がった。
制限時間が0秒を迎えたのだろう、そうなると後はいかにアバターパーツを破壊できたかで勝敗が決まる。
リザルト画面へ戦意すると結果は、サヤの判定勝ちだった。 最後にアームを破壊できたのが勝因だろう。
「うーん、やっぱりインスタンス化の隙は致命的ですよね。 零次さんも瞬間加速使用時はいつもこれぐらいのハンデを背負ってたと考えると何だか凄いですね……」
「うっせーな、おかげで俺の腕が上がったと思えばいいさ」
結果的にサヤの勝利に終わってしまったが、対戦相手『宇井月 夏樹』の『フォース=レプレース』のアバターは実に興味深い代物であった。 機会があれば是非一戦交えてみたいと考えた。
「何か他にも面白そうな試合はねぇか?」
「えーっと、今リスト出してみますね」
エフィーナが端末の操作を行うと、今現在学園内で行われている対戦中継一覧が出力された。
「ん、何だこいつ? 十連勝してる奴がいるぞ」
「あ、本当ですね。 十連勝だなんてすごいじゃないですかっ!」
対戦動画の一覧では、サイバーズが現在何連勝しているか表示される仕様になっている。
学園内のサイバーズはハイレベルであり、十連勝をするのは上位クラスでもなければほぼ難しいはずだ。
しかし、そこに表記されている『ロプト=マキーナ』というアバターは全くの無名だ。 零次も戦った事はないし、エフィーナも見たことがないようだ。 それに妙な事に通常載っているはずの『本名』が何故か記載されていなかった。
「対戦相手の『アクス=プロージョン』って奴とは戦った事があるな。 あいつは確か俺と戦い方が似てて、でけー斧での一撃を狙うタイプなんだよな。 その癖、意外と素早いから何度ヒヤヒヤさせられたか……」
「零次さんでもヒヤヒヤすることあるんですね」
「バッカ、俺は試合中いつでもスリル満点な状況にしか陥ってねぇよっ!」
「あー確かに言われてみればそうですね、ひょっとして楽しんでるんですか?」
「好きでピンチに陥ってるわけじゃねぇよっ! とにかく、こいつの試合見てみようぜ」
「はい、映像映しますよ」
映像が出力された途端、画面から突如凄まじい爆音が響き渡った。
思わず二人は仰天するが、恐る恐るモニターを眺めているとカツンカツンと金属音が鳴り響く。
と煙の中から、巨大なレーザー状の剣を片手に持ったアバターが姿を現した。
サヤが持っているような実体剣タイプとは違い、エネルギーを出力させて刃の形としている武器だ。
全身は真っ黒な機械仕掛けの鎧で覆われており、腰には恐らくビーム砲と思われるものが二門設置されている。
顔は鉄仮面で隠されていた。背中の赤きマントを翻し、片手でゆっくりと剣を天にかざすと、突如レーザーソードの青い光が変色し、燃え滾るように真っ赤な光を発し始めた。
その瞬間、対戦相手のアバターが巨大な斧を片手に飛び掛かった。
それに対し、真っ黒な鎧のアバターは目にも留まらぬ速度で赤く変色したレーザーソードを振るう。 すると、相手のアバターに縦一閃の赤き光が入り、そこから炎が燃え上がった。
「うお、なんだあれ? 斬りつけると燃えるのかよっ!?」
「レーザーソードタイプはよくありますけれど、あれは出力系のロジックにひと工夫加えてるみたいですね。 要は高エネルギーをインスタンス化させるついでに、その際に発生した高熱を元に発火効果を付属させているんだと思います。 うーん、無駄のない素晴らしいプログラムだとは思いますけど――」
エフィーナは真っ黒なアバター『ロプト=マキーナ』の姿を見て、何故か表情を曇らせていた。
だが、零次はあまり気に留めずに話を続ける。
「へぇー、こうして仕組みを聞いてるとプログラムって色々出来て面白そうだな。 今までの対戦相手も色々工夫して、試行錯誤して自分だけのアバターを作り上げてたわけか」
「そうです、プログラムだってデュエルとは違う楽しさがあるんですよっ!」
「じゃあ今度機会があったら俺にプログラム教えてくれよ」
「いいですよ、私が手取り足取り頭取りで教えてあげますっ!」
「いや、頭取りってなんだよ」
ズガァァァァンッ! 突如端末から爆発音が響くと、思わずエフィーナは髪の毛を逆立てながら零次にべったりとしがみついた。
「おい、爆発音ぐらいでビビってんじゃねぇよっ!」
「だ、だだだだっていきなりでビックリするじゃないですかっ!」
「しかし何だこの爆発は?」
気になった零次が再度モニターへと向き直ると、例の黒きアバターが右手のレーザーソードを頭上に掲げ上げるところだった。
既に赤く変色していたレーザーソードの光が更なる赤みを帯びていく。
刀身が血よりも紅く染まったのではと感じたその瞬間、黒いアバターはレーザーソードを左から右に大きく振るう。
すると剣の軌道に導かれるように、前方に凄まじい爆発が引き起こされた。
「うへぇ、あの剣万能だなおい。 斬りつけたら燃えたり、振るったら爆発するわでやりたい放題じゃねぇか」
「エネルギーのインスタンス化を行った際に、動作を加える事によりそのエネルギーで爆発を引き起こすロジックを組み込んでいるみたいです。 この人も、中々優秀なプログラムを組んでいるようですが……」
「流石十連勝の実力は伊達じゃねぇな……お、斧野郎の反撃が始まるぜ」
巨大な斧を持ったアバターは、俊敏な動きで爆発を避けながらも距離を縮めて行った。
既に何度か攻撃を受けており全身がボロボロではあるが、まだ勝負を捨てていない。
それはあの斧に秘められた凄まじい破壊力があれば、あっという間に逆転が可能だからだ。
煙に包まれた視界の中では、自分の位置は悟られにくい。
もし零次がその場にいたならば、その視界の悪さを逆に利用して、相手の背後へ上手く回ろうとするだろう。
あの斧使いも、考えは同じだった。
一度煙の中から大きくジャンプし、煙の中から見えたロプト=マキーナの右肩に目掛けて全力で斧を振り下ろす。
だが――相手を確実にとらえたかと思った斧の一撃は虚しくも空ぶってしまい、地面を深く抉り取っただけに終わった。
「え――」
「ん? なんだ、どうやって避けたんだ?」
突然起きた出来事に、零次は思わず首を傾げる。
今の一撃は確実にロプト=マキーナと捉えていたはずだ。
現に相手は斧の一撃が放たれる瞬間まで、背中を晒していたようにしか見えなかった。
煙で視界が悪く、逆に自身の狙いの邪魔にもなって外してしまったのだろうか?
そんな事を考えていた矢先に、突如煙の中から、バチバチィンッ! というスパーク音と共に、光が炸裂する。
何事かと思いきや、更に次の瞬間にはズドォォォォンッ! と派手な爆発音と共にアクス=プロージョンが光に包まれていた。
巨大な斧はあっという間に砕け散り、体中のパーツが次々と剥されていくと、生徒はドサッとその場で倒れた。
一瞬にして試合を決めたその閃光は、ロプト=マキーナの腰に装備されたビーム砲から発せられたものだった。
いつの間にか煙の中を抜けて、遠距離からの一撃を決めて見せたのだろう。 あのビーム砲は中継映像から見ても、放たれた一撃の凄まじさは伝わった。
不良リーダー大河の使っていた『月光の白鳥』も大層な破壊力を備えていたが、正直比べ物にならない。 それほどまでに圧倒的な破壊力を誇っていた一撃だった。
「お、おいおい圧勝かよ……しかもパーフェクト勝ち? 初めて見たぞこんなの」
「……そ、そうですね」
「というか、あれどうやって移動したんだ? 見た感じ素早いアバターにも見えねぇしなぁ……それに近距離特化かと思ったら遠距離にも凄まじい武装揃えてやがるし、一体どんなプログラム組んでんだろうな。 何かわかるか?」
「……はい」
「おい、エフィーナ?」
「え? は、はいっ!? な、なんです?」
零次が声をかけると、エフィーナは表情をハッとさせて振り向いた。
何やら画面を見ながら難しい顔をして考え事をしていたように見える。
「ま、どんな敵だろうが全力で挑むまでだな。 さっきのフォースなんちゃらといい、今回の大会は前回より相当手練れの奴らが揃ってるみてぇだな。 おもしれぇ、そうじゃなきゃ優勝を狙う気にはならねぇよ、やっぱライバルは強くねぇと燃えねぇよなっ!」
「そ、そうです、ね」
零次が大会に向けて熱く語っているのに対し、エフィーナは何処か上の空だった。
何か様子がおかしいと思いつつも、零次は何気なくエフィーナが額に身に着けているゴーグルを軽く引っ張ってみる。
すると、わわっと騒ぎながらエフィーナが抗議をし始めたが零次はそれを無視して更にゴーグルを引っ張り、パッと手を放す。
バチーンッ! と派手な音を鳴らしながら、エフィーナはズテンッと尻餅をついた。
「い、痛いのです零次っ! 何するんですかぁーっ!」
「悪い悪い、お前が何かボーっとしてたもんでつい」
「わ、私ボーっとなんて、してないですよ……」
「……まぁ、心配するなよエフィーナ。 俺とお前が力を合わせれば優勝は必ず狙えるはずだ。 あんな真っ黒な鎧野郎だって大したことねぇさ、所詮アバター性能に頼り切った奴さ」
「そ、それは……そう、かもしれない、ですけれど」
「俺達は俺達の出来る事をすしてりゃいい、その為には毎日特訓と調整は不可欠だろ?」
「……は、はい」
エフィーナは曇った表情のまま頷いた。 恐らくあまりにも超性能なアバターを目の当たりにして意気消沈してしまっているだけだろう。
零次なりに励ましたつもりではあるが、やっぱりそう簡単に不安は消えないものかとため息をついた。
「ちと外にでも行こうぜ。 今日はここまでにして今から二人で甘いもんでも食いに行こうぜ」
「甘いもの? い、行きますっ! 私、ケーキ食べたいですっ!」
「決まりだな、んじゃ行こうぜ」
「はいっ!」
エフィーナは目をキラキラと輝かせながら、とびっきりの笑顔を見せた。
甘いものにつられるとは現金な奴だなと、思わず零次は笑ってしまった。
だが、暗い顔をしているエフィーナはあまり見たくない。
出来ればあんな顔を見せないでずっと笑っていてほしいと願った。