背中合わせの灰と青春 その1
今回のサブタイトルには元ネタがありますが、知ってる人少ないでしょうねえ(苦笑)
眼の前を流れていく光の筋があった。
風を切る鋭い音をその場に残して、少女の前を掠めていったのは振り下ろされた小剣の軌跡だ。
──Guuuuuuu!!
微かなうなり声をあげながら、長剣を持った少女に襲い掛かるのは、犬の頭と毛皮を持つ人型の影──コボルドと呼ばれるモンスターだ。
この世界における“強さ”の指針、レベルと呼ばれる数値では下位に位置するモンスターだが、ほとんどの場合に数体から十数体という数で押してくる連中でもある。
コボルド達はその手に持った小剣を振り回し、数に任せて相手を狩るべく襲い掛かる。
だが、唯一人でコボルドを相手取るその少女は、六対一という不利な状況にも関わらず、的確な動きでコボルド達を片付けていく。
大振りな攻撃は避け、突いてくる刃は盾で受け、体勢を崩した相手に切りかかり、返す刃で切り伏せて止めを刺す。
コボルド達を翻弄するような動きで、かといって決して相手に背後を取らせずに、戦闘用侍女服に身を包んだその少女──アキラはその手に持つ剣を眼前のモンスター達に振るい続けた。
ほどなくして、全てのコボルドを切り伏せた彼女の前に、黒い毛皮に包まれたひときわ大柄な体躯を持つコボルドが立ちはだかった。
その手にはまるで鉈のような肉厚の剣を持ち、反対側の手には盾を掲げた姿を持ったその相手は、コボルドの群れを率いるモンスター、コボルドチーフの姿だ。
己の群れをことごとく屠った相手を前に、怒りをあらわにした唸りをあげてアキラの姿を睨み付ける。
アキラは剣と盾の握りを確かめるように構えなおすと、呼吸を整えて相手を見据えた。
──Guruuuu!
「……いきます!!」
ひときわ高いうなり声を放って襲い来る相手を前に、アキラはその手の剣で迎え撃った。
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「うう……三連敗……」
「ははっ、まあ、今回は結構追い込んだじゃないか。腕は確実に上がってるさ」
「まあ、焦らないことですわね」
本日の探索の帰り道、肩を落としてとぼとぼと歩くアキラに、励ますように声を掛けたのは彼女の仲間達だ。
結果として先程のコボルドチーフとの戦いはアキラの敗北で終わった。
勇者という天分を授かってはいるものの、冒険者としては駆け出しである彼女の力を見極める為に行われているこれは、今回で三度目となる戦いであったが、やはり彼女単独では相手を倒すまでには至らなかったのだ。
すんでのところで助けに入ってくれた仲間達の手際と自分の力量とを比較して、今日の反省と共にため息が一つ漏れる。
「うーん……それで、わたしって、どんな感じなんでしょうか? 冒険者として……」
アキラの問いかけに、仲間達は一瞬視線を交わすとその答えを口に出した。
「戦士としてはまあまあ」
ドワーフの騎士、ローザが応える。
「魔力としてはそこそこ?」
エルフの少女、アネットがつぶやく。
「身体のキレはほどほど」
ダークエルフの女性、レンカが続く。
「成長の方はぼちぼち……ですか」
黒髪の少女、シノが小首を傾げながら総括した。
「結局! もう少しがんばりましょうってことですかぁ──────!!」
割と容赦の無い先輩冒険者達の言葉に、アキラの絶叫が響き渡る。
だが、その雰囲気はとても穏やかで、そんな彼女の言葉に対してどこか微笑ましいものを見るように、仲間達からは自然と笑みがこぼれ出た。
アキラにとっても、そんな仲間達とのやりとりはとても大事なものとなっている。
この世界にやって来て早や一ヶ月、アキラはなんとか冒険者としての歩みをスタートさせていた。
「いやあ……でも、アキラさんはある意味すんごい能力を持ってると思いますよう」
「確かに……そうですわよねえ」
そう言ってアキラと自分達の背後にアネットとレンカの視線が動かされる。
その目に飛び込んでくるのは、背負い袋からはみ出さんばかりに詰め込まれた雑多な品物たちの姿──いわゆる“戦利品”の数々であった。
“迷宮世界”に現れるモンスターは、通常倒されるとその肉体が霞のように消滅していくが、その際、たまに様々な物品がその場に残される場合がある。
それこそが“戦利品”と呼ばれる品々だ。
なぜこのような品物が現れるのか、正確なことは解っていないが、一説にはモンスターの元となる“混沌の軍勢”と世界との関わりが原因とされている。
この世界とは法則を異とする力の塊である“軍勢”が滅びると同時に、その純粋なエネルギーとも呼ぶべき“力”が世界に馴染んだ結果として、様々な物品に姿を変える、もしくは形を得るというものだ。
武器や防具など、“力”を現す品が現れる事も多いことから、冒険者達の間では通説となっているのがこの考えだ。
種種雑多なガラクタや魔法の触媒になる物品、果ては様々な武器、防具の数々に希少な宝石など、これらを求めて冒険者になる者たちも多く、“迷宮世界”に挑む冒険者達にとっては収入の柱ともなる品々である。
“戦利品”の中には魔法のかかった物品──マジックアイテムを得られる場合すらもあるのだ。
そしてそれらは危険度の高い高レベルのモンスターになればなるほど、得られる“戦利品”の価値も跳ね上がる。
それゆえに、一攫千金を狙っての冒険者志望者も後を絶たず、多くの人々が“迷宮世界”に集い、モンスターを狩る理由ともなっている。
決して、“世界を救う”等といった高尚な目的を持たない者たちであっても、結果として世界を護る戦力に変えるという意味では、皮肉なことにかなり有効な仕組でもあった。
そんな、冒険者にとっても極めて重要な部分において、アキラは特に異様とも言える才を発していた。
とにかく“戦利品”を得る機会が多いのだ。
一口に“戦利品”といっても、前述したとおりにその種類は多種に及ぶが、それが毎回確実に得られるといったわけでもない。
自分の実力が上がっていけば、弱いモンスターから“戦利品”を得られる確立は加速度的に減ってゆき、また強いモンスターを討ち果たしたとしても必ず希少な品が手に入る訳でもない。
それぞれ個人個人の“運”とも言うべき偶然に左右されるのが、“戦利品”に関しての残酷かつ平等な事実でもあった。
だが、アキラはそれが明らかに他の冒険者に比べても多いのだ。
冒険者としての総合的な能力では、同じ程度の実力を持つ他の“職業”のどれにも満たないが、他の何者にも比較できない程の“天運”とでも言えるものを持つ者。
アキラは冒険者として、そんな規格外な存在でもあった。
「うわお……まあ、お財布に余裕ができるのは正直ありがたいですけどねー」
そんな話をしている内に目的地へと着いた彼女等は、自分達が常宿にしている冒険者の店の扉を開くと、店の中に居た者達へと元気な声で声を掛けた。
「はーい、ただいまーーー! そして、みんなもごくろうさまーーー!!」
「「「「「お帰りなさいませ! ご主人様!!!」」」」」
そして、そんな彼女に向けて、アキラと似たような侍女服姿に身を包んだ店の店員らしき少女達から、大きな声で返事が返る。
その光景に、思わずローザとレンカの呆れたような呟きがもれた。
「しかしまあ……」
「……貴方の場合、“余裕”どころではすまされない感じがしますわ……」
“元”冒険者の店、“戦士の憩い亭”(ファイターズ・レスト)それが、アキラがちょっとしたことから手に入れる事となった店舗の名前であった。




