勇気の選択
《わたしっ! が、加護を、ですか……勇者殿に?》
「はい。お願いします。わたしに加護をお与え下さい」
神らしくない、気弱な印象を受ける声が直接心に木霊する。
その声にアキラは礼の姿勢を崩さず、再び加護を求める望みを口にした。
内心では、ちゃんとそれっぽい台詞になってるかなー? などと、中々に余裕ある事を考えている当たり、実は結構図太い神経をしているのかもしれない。
だが、内心はともあれ、アキラの言葉は完全に本心から出たものであり、それを感じ取っているが故に、周囲の神々も状況を興味深く見守っていた。
《わたし……は、他の皆様に比べたら、なんの力も無いです、ただ、皆様にお仕え、お手伝いをさせて頂いているだけで……》
”神々の従者”メイディア。主神達に仕える従属神として知られるこの小さな女神について、語られる事は少ない。
ただ、かつてあったと言われる大戦において、最後まで神々を支え、結果として神々の殿を務めたと言われており、その功績によって、主神たちの末席に加えられたという逸話が唯一残るだけだ。
だが、その話はこの世界の神話を知る者においては、注意深く聞いてみれば奇妙な齟齬を感じるものであった。この世界に知られる歴史上において神々同士で争ったという記録は無いからだ。それに殿を務めたということは、少なくともその戦いは“敗走”とでも呼べる状況だったはずだ。
ならば、この逸話はいったいどういうことだろうか?
「はい。知ってます。神様たちが昔戦って、一度負けて、でも、その時に女神様は決して諦めなかったって。精一杯の勇気を出して、神様達を信じて、皆が逃げるための時間を稼いだんだって。わたしは強くなんてないから……きっといつでもどこでも勇敢で在り続けることなんて出来ないと思うんです。でも……」
アキラは、目の前の女神へと向けて、自分の想いを解き放つ。
「でも女神様のように、本当に大事な時には、振り絞れる勇気が欲しいんです!」
《…………!!》
彼女の言葉に、女神メイディアが僅かに身を震わせ、その顔を俯かせる。
長い前髪に隠されるように、かの女神の表情は伺えないが、その口元は何かを堪えるように固く結ばれていた。
「それに神様たちは、今もまだ戦い続けてくれてるんですよね? 世界を護るために……」
アキラはそう言うと視線を上げて、神々達の背後を貫くように遠く離れた先へと目を向けた。
彼女のその言葉に、場の神々達の表情に驚愕を含んだものが走りぬける。
彼女の視線の先、神々達の背後のさらに向こう側、その偉大なる姿によって遮られるように隠された遥か遠くの彼方には、地上の誰もが知り得ぬ光景が広がっていた。
それは、迫り来る深い深い黒い影の海を押し止める神々の姿。
世界を飲み込もうとする“混沌の軍勢”の本体とでもいえるものと、いまだ戦い続ける神々の姿であった。
「神様たちが地上から去った理由、世界に直接影響を持てなくなった理由、それは、ずっと“アレ”と戦い続けてたからなんですよね?」
アキラの言葉に、唯の人間が知り得るはずの無いことを確認した主神が、苦虫を噛み潰したような表情を顕にした。そして、その傍で面白そうに頬を緩ませている知識神の表情に気づくと、不機嫌さを含ませた声をあげる。
《……ご老体、いささかどころではなく、いらぬおしゃべりが過ぎるのではないですか? というか、むしろどういうことだコラ! こんなことまで“転送”する理由がどこにある? ああん!?》
《ひょっひょっひょっ! ……いや、隠し事はいかんじゃろ? まあ、ちょいと戯れが過ぎたという感は否定せんがの。だが、ふむ。どうしてこうして今度の勇者殿は、ははっ、面白い嬢ちゃんが来てくれたもんじゃわい》
ふぇふぇふぇと、まるで周囲を煙に巻くような笑い声を響かせながら、愉快そうな声を挙げる知識神に、主神のため息が一つもれた。
《確かに君の言うとおりだ。我々は全き世界を脅かすかのモノ達に戦いを挑んだ。だが、結果として地上から離れた事により人々の信心は薄れ、力の弱まった我らは一度戦いに敗れ……かのモノ達の地上への侵攻を許してしまうことになった。自分達でなんとか出来るだろうと考えた結果がこのザマだ。》
「……頼ってくれても良いと思います」
《む……?》
「神様たちも、わたし達に頼ってくれても良いと思います。だって、神様にだってできないことがあるんでしょう? だったらわたし達にも頼ってくれても良いとおもうんです」
《…………!!》
「だから……わたしは、神様たちが“勇者”に、そして人間達に頼ってくださっても良いとおもうんです。もし、誰か大切な人が困っていたら、お手伝いしたいと思います。わたし!」
今度こそ、神々の心の中に衝撃が走った。
主神でさえもが、刹那の間とはいえ驚愕に目を見開いた。
そんな衝撃を知ってか知らずか、ですから、と言葉を続けるアキラは、もう一度女神メイディアに向き直る。
「何度でも言います。どうかわたしに加護をお与え下さい、女神様! わたしは……誰かのお手伝いができるような“勇者”になりたいです!!」
そう言って再び頭を垂れる彼女の姿に、女神は顔を上げてその姿を見つめた。
ただ静かに自分の答えを待つ少女の姿を前に、ためらいがちに視線を周囲に漂わせるが、その時優しく女神に向けて掛けられる声が周囲からあがった。
《やってみなさい。確かに君の力は大きくはないかもしれないが、それでも頼ってくれる者がいて、届く祈りがあるならば、それに応えるのが我ら神々の役目だ》
《オマエさんなら大丈夫だ! その勇気はオレが保証してやらあ!!》
《大丈夫よ、貴方のことはみんなが認めているから》
がんばれ、しっかりな等と周囲の神々の励ましの言葉を受けて、その小さな女神はやがて決意したかのように前に向き直ると、アキラに向けてそっとその手を差し伸べた。
まるで騎士とその主の誓いのように、その手を取ったアキラが女神の手に静かに口付ける。
「…………!?」
《我、”神々の従者”女神メイディアの名において、汝にその加護を!!》
その宣言と共に、女神と彼女を繋ぐ手より光の粒が生じ、その数がひとつ、またひとつと増えていく。
やがてその数は数え切れぬほどとなり、光の輝きがアキラと女神の身を覆い尽くすように広がっていった。
まばゆく、だが優しく。強く、だが静かに。彼女の身を光の爆発が包み込み、その身に確かに流れ込む力の奔流を感じて、己の身に宿る女神の加護に耐えるようにアキラは一つの叫びをあげた。
「ああああああああっ──────!!!」
まるで生まれ出でる赤子のような叫びが響き渡った後、収束した光の渦の中心に彼女はその姿を現した。
白いブラウスに、膝丈のスカート、足元には長靴下と皮製のショートブーツ、頭には純白のヘッドドレスを頂き、全体的にエプロンドレス風にまとめられ、所々に金属製の部分鎧と両の手には軽い篭手といった装いの戦闘用侍女服に身を包んだアキラの姿がそこにあった。
●
《加護の儀式は終了しました。では、あなたの“職業”についての説明に入ります。“勇者”アキラ殿》
「は、はいっ!」
なんだか儀式の前よりも、よりはっきりとした存在感が増したように感じられる女神の声に、自分の姿をしげしげと眺めていたアキラは居住まいを正す。
なんだか、元の世界でのバイト先だったメイド喫茶の制服にどことなく感じが似ているかなあ、などといった感想を持ちつつ、自分の事ながら、いったいぜんたいどういった“職業”なのかと頭を悩ませていた。
この姿では果たしてどんなものなのか、正直見当がつかない。
《え、えっと……貴方のクラスは、オリジナルクラス“侍従騎士”です。クラス固有の”特性”は二つ。【雑役】と【御恩と奉公】です》
女神はそこまで言っていったん言葉を切ると、続いてクラス別特殊能力の説明に入る。
《【雑役】は、スキル取得無制限という効果を持ちます。具体的に言うと、前提条件さえ満たせばどんなスキルでも習得と使用が可能になります。もし、何らかの方法で条件さえ満たせば、クラスや種族限定の特殊スキルでさえも習得と使用が可能になります。【御恩と奉公】は、対象の為に労力を費やすことで、適正な見返りを受ける能力です。仕事に対して、きちんとした報奨を受け取れるという加護が一般的ですが、特殊な使用例として依頼や護衛などの契約関係にある場合に、その契約を結んだ対象の保有するスキルの一部を使用することができます。この場合は、スキルを一時的に“借り受ける”と考えていただくと良いかもしれません》
「……うわお、えーと、最強クラスの器用貧乏キャラ?……」
《す……すみません。こんな、微妙な感じで、ううっ……》
「あ、いえいえ、そんなことないですよー、だって……」
いろいろとかなりオリジナリティ溢れるクラスに、困惑半分、期待半分といった感覚を得るアキラに、女神メイディアの申し訳なさそうな声が響いた。
そんな空気を押しやるように手を振りつつ、アキラは自分の加護神となった女神に声を掛ける。
「すごいじゃないですか! わたしは自分がまだ何が出来るのかわからないですけど、だから、何でも出来るようにしてくれたって事ですよね!」
《…………!!》
彼女が何気なく放った言葉に、女神だけでなく周囲の神々も一瞬息を呑んだ。
「わたしはお話したように、あっちの世界ではいつも“特別な何か”を求めてました。でもこの世界に来て、実は“なんでもない普通の生活”は、本当は皆のすごい努力の果ての結果だったんじゃないかと、今は思ってるんです」
なんか、えらそうなこと言ってますよねー、と言いながら彼女が照れたようにはにかんだ笑顔を覗かせる。
「だから……わたし、みんなが大事に思ってる普通を、“日常”を護れる勇者になりたいと思います」
そう言葉を続けるアキラの姿が、徐々に白い輝きに満ちていく、彼女が天界を去る時間がやってきたのだ。
「ありがとうございました! わたし、がんばってきますね! だから……」
そしてその輝きに、彼女がとうとう飲み込まれる時に、
「神様たちも、がんばれー……!!!」
神々への激励の言葉が、届いた。
《いってしまいましたね……》
《うむ、しかし相変わらず“勇者”という存在は……我々の予想を超えるな》
まさか、神々たる我らが叱咤激励されようとはな、と苦笑交じりの笑いを漏らす主神の声に、周囲の神々からも穏やかな笑い声が漏れる。
《あの……主神様》
《む、なにかな、メイディア?》
加護の儀式を終え、結果として神性を上げることとなった小さな同胞が、遠慮がちに主神へと声を掛けた。
《“勇者”は、世界規模で救いをもたらす定めにあると聞きました。それは言い換えれば世界に仕え、奉職することになると思いますが……》
彼女の素朴な疑問に、他の神々をはたと耳を傾ける。
《そうすると彼女の“御恩と奉公”は……世界はいったい何をもってその恩に報いるのでしょうか?》
そんな女神の疑問に対し答えるすべを持たずに、神々の誰もが顔を見合わせた。
今更ですが、初めまして。
作者でございます。
この度はこのお話を読んでくださいました方々に、まずは感謝の言葉を送らせて頂きます。
本当に有難う御座います。
自分の好き勝手を詰め込んだこの作品ですが、ようやく主人公が動き始める準備が出来ました。
もしよろしければ、ご意見ご感想をお待ちしております。
では、どうぞこれからも宜しくお願い致します。




