小さな女神へ
《ありがとう……“勇者”アキラ殿よ。誓約は成された! ならば、次は加護を成そう! 我ら神々の名において、“勇者”殿に加護を!》
主神の言葉に、神々たちの応じる声が響き渡った。
通常、冒険者は様々な職業に就く際に、“加護神”という自分の守護を願う神々と誓約を結ぶ。
神々は、人々の信仰と奉職を糧として力と成し、人は神への貢献をもって奇跡を得る。
それが古から続いてきた、この世界の人と神との付き合い方だった。
日々を平穏に過ごす普通の人々にとっては、特にこの“加護信仰”は馴染みのないものだ。沢山の神々が存在するこの世界では、大地の恵みを大地神に感謝し、航海の無事を海神に祈りといったように、多くの神々をその時々に崇めるのが一般的である。
だが、冒険者達のように剣と魔法に生きるような者達は、それ以上を求めた。己が最も信じる神に、さらに強い信心を捧げ、より強い奇跡を得る方法をだ。
神との契約関係により履行される業の数々、それが“技能”や魔法と呼ばれる奇跡の御業であり、それらを行使する役割こそが、この世界で“職業”と呼ばれるものだった。
神々にはそれぞれに司る分野があり、その“力”の種類も多岐に渡るが、“職業”とは、そんな神々の仕組みを人に当てはめたものだとも言われている。
自分が“加護”を結ぶ神によって得る“特性”も絞られていくために、大抵の人間は自分の神の能力に沿った“職業”に進むか、あるいは自分の“職業”に合った神性を持った神の加護を願う。
剣には剣に向いた神を、魔法には魔法に向いた神をというのが定石だからだ。
ごくまれにその定石から外れた存在が生まれ出る場合もあるが、それはあくまでも例外だ。
よって、冒険者にとって加護神との契約は、己の進む道を決める意味で最初の重要な選択でも有った。
当然“勇者”である彼女の選択も重要なものとなるはずであるが……
《うむ、ここはやはり主神である私が“勇者”殿に加護を授けようではないか》
《あら、主神であるあなた自らとは、なんとおそれおおい……ここはあの綺麗な夜色の黒髪から、夜と闇を統べる私が……》
《やっぱ、戦の花形は戦士だろ! 俺がガッツりやってやるぜ!》
《カカカッ! まったく思慮に欠ける若造どもが! 魔法の偉大さをわかっておらぬ!!》
《破壊は不毛なことこのうえありませぬ。ここはやはり癒しと助力を主とする神官職がよろしいかと》
《最後は誰もが裸一貫! 徒手空拳こそが歪み無き力の果てよ!!》
《うら若き女性相手になんと無作法な……ここは我が彼女にふさわしき歌を……》
《………………》
《オマエ、こんな時くらいなんか言えよ……》
《は、はわわわわわわ~~~~》
「……なんか、初心者に自分のキャラクラスを勧める先輩プレイヤーみたい……」
アキラとしては、そのどこかで見たような光景に、奇妙にこの世界の神々に親しみが沸いてしまうのだが……なんというか、とにかく目の前には喧々諤々と混乱の極みのような情景が広がっていた。
おそらく、この世界の地上に活きる人々には信じられないような光景だろう。
とりあえず、神々の言い争いをしばらく傍観していたアキラだったが、このままでは埒が明かないと悟ったのか、行動に出ることにした。
自分の意思を伝えるために言葉を紡ぐ。
「……あのっ!」
その声に、即座に神々が反応し、議論を止めてアキラに向き直った。
「あの、色々と有難う御座います。でも、もうわたし決めた方がいらっしゃいます!」
なんだか、まるでプロポーズみたいだなあ等と割と暢気なことを考えながらも、アキラは神々へと自分の意思を伝えていく。
《む! ……いや、こちらこそ恥ずかしいところを見せたね。では、聞かせて欲しい。“勇者”殿、君の選択を!》
主神の宣言に、全ての神々が居住まいを正して彼女に向き直った。
主神がいる。主神の妻でもある夜の女神がいる。勇猛な戦神の姿が有り、知識神が佇み、鍛冶神や人の姿を取った竜神もいる。
沢山の堂々とした神々の、姿と名前とその神性を“転送”により与えられた知識と照らし合わせ、その中で彼女は自分が選んだ神様の姿を探していく。
やがて、その視線の中に彼女の求める姿を見つけ出すことが出来た。
堂々とした威容を誇る神々の中にあって、その隅に隠れるように、ひっそりと佇む侍女服姿の神衣を纏う小さな女神の姿を。
その御前に静かに歩いていったアキラは、彼女の前にまるで騎士のような礼を取ると、恭しく頭を下げた。
「女神様、どうぞわたしにそのお力をお授けください」
《え? ええ!? わ、わた……し?》
“神々の従者”メイディア。
その名で知られ、大神達の末席を占める小さな小さな女神様は、突然の申し出に戸惑いを隠せず言葉を詰まらせた。




