勇者の足跡
ファンタジー世界に現代日本の文化がもたらしたギャップに、しばし無言で天を仰いだアキラだったが、改めて冒険者達の話に耳を傾ける。
「えっと、シノさんにアネットさん……だっけ?ごめんね、話の腰を折っちゃって。それで、その……勇者がこの“迷宮世界”を創った原因なんだっけ?」
アキラより質問を振られた少女達のうち、先を譲るようなしぐさでシノがアネットに説明を促した。
話を進めたくてうずうずしているような雰囲気を隠そうともしない少女は、喜色満面の表情を浮かべると堰を切ったかのように語り出す。
「はい! はい! 不肖このアネット・バロー、勇者様の問いにお答えさせて頂きますよう! えーと、じゃあまずですねえ。疑問の点にお答えがてら、石碑に記されているこの“迷宮世界”の歴史についてお話しますね!」
とても嬉しそうなアネットの様子に、シノとローザは微笑みながら肩をすくめ、レンカは額に手を当てながら、ため息を一つつく。彼女達のしぐさに、アキラは、たぶんいつもこんな感じなんだろうなーなどといった 感想を持ちながら、アネットの方を注視した。
そんな彼女の姿に、好きなアニメや小説の事を語り始めたら止まらないその手の知人連中の姿がダブって見える。……どこの世界でも、その手の連中の行動パターンは同じなのかな? でもそれって結構嫌な真実かもしれない等という想いを胸に抱きながらも、そんなどこかで見たような雰囲気に、なんだかとても安心感を感じてしまう事実に、言いようの無い微妙な感覚を覚えたりもする。
そんな雰囲気に、奇妙に和んだ空気を感じながら、じゃあ最初にですねー、という聞こえてきたアネットの言葉に気持ちを切り替えると、目の前の白い石碑に視線を延ばし、彼女の語る“迷宮世界”の歩みに耳を傾けていった。
それはおおまかに言って、このような歴史であった……
約200年前:迷宮暦元年
来訪者「最初の勇者」とその仲間達により、ヒーロークエスト「女神の復活」達成。
世界創生の女神が転生し、調停神として再誕する。
迷宮世界誕生
迷宮暦3年
勇者召還:二人目の勇者”SE“により、共通語魔法が生み出される。
第一次 世界更新により、新規魔法系職業&新魔法追加
迷宮暦10年
勇者召還:三人目の勇者”サムライマスター”により、多重起動等の概念がもたらされる。
第二次 世界更新、特殊職業サムライ、ニンジャ、盗賊系、魔法戦士系職業&スキル追加
(この時召還された勇者は実は二人であったという異説が伝わるも真偽不明)
迷宮暦22年
二人の勇者が同時に召還される。
勇者召還:勇者”ガンスミス”によるヒーロークエスト「新たなる武器」達成。
鍛冶神・ガンナレードより”銃”がもたらされる。
第三次 世界更新、射撃系職業、技術系職業及びスキル追加。
勇者召還:勇者”ブラックベルト”により、ヒーロークエスト「古き力」達成。
名も無き闘神より”気”の概念がもたらされる。
第四次 世界更新、格闘系職業&スキル追加
悪龍ヴリトラ出現
この世に存在するあらゆる武器及び魔法無効という特殊能力により冒険者達を苦しめるが、新しい力である”銃”と”気”に倒される。
迷宮暦50年
勇者召還:勇者”P”により、歌唱&舞踏系スキルがもたらされる。
第五次 世界更新、歌唱系(術者系特殊)、舞踏系(戦士系特殊)職業&スキル追加
迷宮暦89年
勇者召還:勇者”???”により、ヒーロークエスト「深淵に秘めし謎」達成。
勇者”???”故郷へと帰還。
(このヒーロークエストと勇者については現在でも一切謎のままとなっている)
第六次 世界更新が勇者不在のまま、ワールドクエストとして冒険者達の手で達成される。
オリジナルクラスが勇者以外でも発生するようになる。
迷宮暦111年
この年、迷宮世界の住人達は「勇者召還」のワールドクエストに失敗。
様々な要因により、冒険者達は混沌の軍勢に大敗を喫する。
”迷宮”を超えて現界にまで侵食が及び、多くの犠牲を払いながらも、なんとか混沌の軍勢を押し戻すことに成功。
そして、今が迷宮暦212年。
およそ100年ぶりに“勇者召還”のワールドクエストが行われた、ということらしい。
「まあ、色々と疑問に思うことはあるでしょうが、まずは最初の疑問に戻りまして、“迷宮世界”の誕生に話を戻しますね」
「……自分で話を振っておいてなんだけど、すっかり忘れてたわー」
すっかり緊張の解れた口調で、アキラは思わず頭を掻くような仕草を取った。
そんな彼女に、あははーと明るい笑みで応えるアネットの反応に、なんだかこの娘特有の魅力のようなものをアキラは感じ取る。きっと彼女はいつもこんな感じで、明るくてよく喋る元気な娘なのだろう。そばに居るだけで周りを明るくしてくれるムードメーカーな感じだと思った。
「“最初の勇者”によって成されたヒーロークエスト、「女神の復活」により世界創生の女神様は転生し、新たな神として再誕することになりました。なぜこんなクエストが行われたかというと、これは“軍勢”に対抗する為に世界を”改変”するに当たって、どうやってそんな事を可能にするか? という問題に対し、“最初の勇者”が出した答えだと伝えられています。勇者曰く“誰かできる人に頼めばいいんじゃね?”ということだそうで、あ、ちなみに実際にこんな発言が残っているそうです」
「……だからといって、フツーそういうこと考えませんわよねえ……」
「世界創生の女神様を復活させて、世界を改変してもらおうなんて……すごい発想ですよね」
「そのあげくに、全ての神々、精霊、幻獣、おまけに地上の人々まで巻き込んで、しかもそれを成し遂げちまうってんだからねえ……いやはや改めて聞いてもとんでもない大馬鹿だねえ。まあ、だからこそ“勇者”と呼ばれるんだろうけど……うん? どうしたい? お嬢ちゃん」
「い、いやあ、私、そんなレベルの人と同じように扱われるのかなーとか考えたら眩暈が……私、ほんとに剣も魔法も何も使えないんですけどー」
とりあえず、先輩たる“最初の勇者”の想像以上のはっちゃけぶりに、アキラは思わず頭を抱えてうめき声をあげる。
発想やら何やらはともかく、成した結果から言えば間違いなく大英雄と呼ばれるにふさわしい功績だ。
「あ、でも今のアキラさんでも、似たようなこと出来るはずですよ?」
予想外のアネットの発言に、へ?! と思わず気の抜けた声を出してアキラは彼女の方へ向き直る。
「確かに、アキラさんはまだ何の職業にもついていませんが、そんな状態の勇者だけが使えるスキルがある筈です。それは、この“迷宮世界”の管理者であり、私たち冒険者にとっても関わりの深い神……調停神・ゲームマスター様の召還スキルです!」
「げ、げーむますたぁっ!?」
ズビシィっ! とでも効果音が付きそうな勢いで、自分に指をさすジェスチャーをしてきたアネットの発言に、アキラは再び奇声とでもいうべき声をあげてしまう。
「先程の話でもありましたように、世界創生の女神様の生まれ変わりの女神様ですわ」「共通語魔法を与えてくれるお方でもありますね」「まー、論より証拠だし、いっちょ使ってみたら良いんじゃないかねえ」などと語る他の三人の様子からも、これがこの世界の常識なのだろうという空気が感じられる。
単なる名称の一致であろうと自分自身に対して説得モードに入りながらも、やはりどうしようもない微妙な感覚がもたらす疲労感にアキラは再び捕らわれる。
さすがにこれは予想外の展開だ。しかしそんな自分にさりげなく期待の目を向けている冒険者達の視線に気づくと、知らず知らずに口元が引きつった。
「……いや、神様を呼ぶって言われても……」
しかしその時、彼女の脳裏にふと思いついた事があった。
否、思いついてしまったと言ったほうが良いだろうか。
まさか……と、自分の予想が外れてくれる事を願いつつも、彼女はその方法を実行に移してみる。
拳を握った手を天に突き上げて、アキラは気合と共に一つの言葉を天上に向けて叫んでみた。
幸か不幸か、まるで鍵穴に鍵がかちりと嵌ったような感覚があった。
「GMぅぅーーーーーーーーー!!!」
《特殊スキル:調停神召還の発動を確認しました》
《調停神・分霊20120205が召還に応じ、顕現致します》
「「「「おおおおーーーーっっっっ!!!!」」」」
「あああああ……やっぱ、こうきたかーーーーっ!?」
がっくりと床に手をついて思わず叫びをあげるアキラの元に、世界を統べる女神の御霊が、その美しい声と輝きを持って舞い降りた。




