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勇者召還

 それは、広い広い石畳で覆われた巨大な広間、見上げんばかりの高さを持つ天井は、吹き抜けを持つ大天蓋で覆われている。天蓋てんがいの吹き抜けの向こうに見えるのは、漆黒の空。

 だが、時刻はいまだ夜の帳の満たすような時間帯では無い。

 にもかかわらず、その場所の上空を満たすのは、大空の一角を占める一面の黒。まるで大地を飲み込まんと、天空に開いた穴のごとき異様だ。頭上にそんな光景を頂くその場所では、巨大な影に立ち向かういくつもの人の姿があった。

 大陸の五箇所、東西南北と中央に鎮座する”大迷宮”が一つ、中央都市ヴァイハートの大迷宮では、今正にワールドクエスト「勇者召還」の為の試練が最終段階へと進もうとしていた。


──Guuu、Aoooooooooo!!!


 周囲を振るわせる程の咆哮と共に、巨大な影がひとつの人影に襲い掛かった。

 大きさは大の大人が見上げるほどもあるだろうか、鋭い鉤爪を持つ四肢に黒い鱗に覆われた体躯、翼こそ持たぬものの胴体より生える三本の竜頭を持つ多頭龍だ。

 それは三つ有る内の一つの頭を切り落とされた状態で、怒りに満ちた咆哮をあげながら、己に襲い掛かる人影たちを黒い嵐と化して薙ぎ払い続けていた。


「ひいっ! ……」


 一瞬の隙をつかれた一人の戦士が、龍の前足に掴み捕られるような格好でその身体を押し倒される。

 その屈強な龍の前足の一撃を避け損ねたのだ。

 戦士は、自分の胸元から下半身にかけてを踏み潰すように押さえ込んだ竜の前足から、懸命に逃れようと身体をもがかせる。金属の甲冑に包まれた身体がガシャガシャと大きな音を立てた。

 だが次の瞬間、押さえ込んだ戦士に向けて開かれた巨大な竜のあぎとから……


──Guuooooooooooonnnnnnnnn!!!!


 咆哮と共に猛烈なる爆炎が放たれた。


「くそったれぇぇぇぇ!!」


 仲間の一人の上半身を、文字通り”焼き尽くした”ドラゴンブレスの残り火を切り裂いて、長槍を持った戦士が気合の声と共に突撃する。

 おそらく魔法戦士系の職業クラスであろうその戦士は、全身に魔力光を纏いながらの渾身の一撃を、ブレスを吐いた竜頭に突き立てた。

 槍系スキルの《突撃》の威力も組み合わさったその槍の一撃に、眉間の辺りを貫かれた竜頭が苦悶の叫びをあげる。


「やったか! ……って、抜けねぇ!?」


 だが次の瞬間、戦士は思いのほかに深くまで突き立った槍を引き抜くことが適わずに、動きを止めてしまう。

 突き立った槍の痛みに暴れる竜頭は戦士を弾き飛ばし、彼の身体は宙を舞った。

 転がるように石畳の床に叩きつけられた戦士が、少し離れた仲間の当たりまで吹き飛ばされていく。

 そんな光景を横目にもうひとつの竜頭が彼等の方へと向き直り、その口から奇妙な音律が響き始めた。


「じょっ、上位魔法の詠唱!? 皆さん、下がって下さい! 危険です!!」

「アネット、あんたこそ下がってな! シノ! レンカ!」


 彼らより少し離れた場所に居るパーティーの一人、アネットと呼ばれた眼鏡を掛けた術師風の姿の少女が、悲鳴のような警告の声を挙げた。

 そんな彼女を庇う様にして、金属鎧に身を包んだ小柄な人影が、方形の大盾を掲げて身構えるように前へと進み出た。

 そしてその隣には、長く美しい黒髪を持つ東方風の神官衣の少女が、防護魔法の詠唱を行いながら並び立つ。


『──そびえ立て、不破の盾!』

「来ますわよ! アネットさん、頭を低く!」


 防護の光が彼女達を包みこむと同時に、その場に居た最後の一人、レンカと呼ばれた褐色の肌を持つ女性が、棒立ちになっているアネットの頭を抱え込むようにして下がらせた。


──―……Метелица!!


 刹那の後、完成した詠唱が竜頭から放たれると共に、周囲一面を白く染め上げる氷雪の嵐が巻き起こる。

 激しく吹き荒れる魔力による冷気の爆発が収まった時、その場に残った冒険者は彼女達四人となっていた。


「レ、レンカさん、ローザさん、ありがとうございますぅ……」

「別にお礼を言われる程度の事でもございませんわ。……それにしても」

「……40人からなる冒険者達がこのザマとはね……」

「残ったのは私達だけですか……」


 周囲に目を凝らせば、生き残っていた筈の他の冒険者達は皆、白く凍てついた人型の塊と化して横たわっていた。

 静寂の中、バキリという大きな音と共に、ローザと呼ばれた重騎士が掲げていた大盾に亀裂が走る。

 その音と共に、周囲の冒険者達の馴れの果てだった白い塊も耐えかねたように崩れ、その姿が掻き消す様に消えていく。


「ブレスを吐く頭、回復魔法を唱える頭、それに加えて攻撃魔法を使う頭ときたかい、流石はワールドクエストの触媒になるボスモンスター、厄介なバケモノだね、まったく……」

「それでも、最初に回復の頭を落とせただけでも幸運でしたわね。さすがに相手も満身創痍というところですわ。シノさんにアネットさん、残りの魔力はどんな具合ですの?」


 ローザが役に立たなくなった大盾を投げ捨てながら悪態をつき、短刀を構え直したレンカが油断無く多頭龍から視線を逸らさずに仲間達に声を掛けた。

 眼前の黒龍も先程までの応酬で大分消耗したのか、槍の突き立った頭をぐったりと垂らしながら動きを見せる気配が無い。

 だが、攻撃魔法を唱えた方の頭だけは、依然こちらに向けて怒りに燃える眼光を放ち続けていた。


「大きな呪文だと残り一回というところですね……節約しても回復魔法数回分程度になります」

「わ、わたしもです! そうでないやつはスキル的に時間のかかる奴ばっかです」

「……ならば決まりですわね。相手の攻撃は全て私が引き付けます。その隙に皆さんは御自分の全力の攻撃を」

「おいおい、アンタにしては随分と楽しい事を言ってくれるじゃないかい。それに囮になるんなら的は多いほうがいいだろう?」


 一瞬、不機嫌そうな目線をレンカへと飛ばしつつ、愛用の(ハル)(バード)を握り直しながらローザが一歩前に進み出る。

 だが、その彼女の歩みはレンカの延ばした腕によって先頭に立つ前に遮られた。


「全く、無駄な事を言わせないでくださいまし、《盾》系統のスキルの使えない今の貴方では、文字通りの良い標的になるだけですわ。それよりもご自慢の馬鹿力で相手を叩き潰してくれたほうが万倍も役に立ちますの。それに……」


 それに私なら最悪の場合もなんとかなりますものという言葉を、レンカは口に出す前に飲み込んで駆け出した。

 見れば頭を垂らしていた竜頭の口内に、ちらちらと灯る赤い輝きが漏れ始めている。


「ちっ! 時間切れかい。シノ、アネット、行くよ!」

「は、はいっ!」

「……ご武運を!」


 生き残った四人の冒険者の、最後の戦いが始まった。

 

                       ●


 黒い髪と同じ色の瞳を持つ少女、シノ・ジーノウは神々の力をこの世に現す者達、神官系の職業(クラス)にあって、その中でも巫女と呼ばれる珍しい部類に属する存在だ。

 神々や精霊など、“この世ならざる”ものたちとのつながりに長けた彼女達は、その能力を持って、しばしば様々な力をこの世界に導く役目を果たしてきた。


 その中でも彼女は変り種中の変り種である、“全神”に信心を捧げる巫女である。

 ヤオヨロズと呼ばれるこの信仰は、この世界に現れた“最初の勇者”がもたらしたものと伝えられるもので、その名の通り全ての神、ひいては全ての“目に見えずとも存在するモノ”と通じ合うという信仰だ。 

 通常、この世界で人々が加護を結ぶ神は一人につき一柱である筈なのだが、その概念を覆したのが“最初の勇者”でもあった。


 かの勇者は、そんな“世界の常識”を打ち破り続けたあげく、仲間達との旅の果てに全ての神々、精霊、幻獣、人々の協力を得て世界創生の女神を復活させ、滅びに瀕していたこの世界を救う道を示したというとんでもない人物である。

 とまれ、シノはその勇者が最初に降り立ったと言われる東の果ての大地の出身だ。

 故郷にはもう長いこと帰っていないが、それでも巫女としてその役目と共に生きてきた気概はある。


 具体的には、神々に想いを馳せては祈り、精霊の働きを感じては祈り、人々の優しさを前にしては祈り、戦場の不条理に殴っては祈り、手の届かぬ場合は魔法で撃った後に祈りと……とにかく祈りを忘れずに過ごしてきた。

 だからこそシノは祈る。自分が信じる強い強い仲間達に、仲間達を守護する神々に、今ここに立つ己自身に、そして……

 そんな自分達に戦える力を与えてくれる、この“世界の統べ手”にシノは祈る。


『──世に満ちる力と共に在りしもの、いと尊き方々よ、乾坤(けんこん)一擲(いってき)武運(ぶうん)長久(ちょうきゅう)不屈(ふくつ)不絆(ふはん)、いざ、我らに今再びの助力を与えたまえ!』


《特殊神聖魔法「加護神の祝福」発動:全パーティーメンバーの攻撃力、魔力、全能力値及び全スキル効果に増加修正が発生します》


 世界を司る女神の声と共に、仲間達を包みこむ暖かな輝きが彼女達の身体の内側から溢れ出した。


                        ●


 巨大な多頭龍に向けて真正面から向かっていく影があった。

 紫紺の装束に身を包んだ女性、レンカ・ザハールカの姿が一瞬揺らぐような様を見せた後、その場には合計五人に増えた彼女の姿があった。

 きっちりとまとめられた銀の髪に褐色の肌、ダークエルフ特有の種族的特長を持つ彼女の姿に寸分違わぬ人影が現れる。盗賊系上位クラスでもあるニンジャに代表されるスキル《影分身》だ。


 盗賊系クラスは戦闘系列に誤解されることが多いが、系列としては特殊術者系という術者系の分類に分けられる。

 彼等は様々な特殊スキルにより仲間達の助けとなり、その技の数々たるや、正に魔法を用いぬ魔法使いとでも言うべきものだ。

 直接的な戦闘力こそ低くとも、冒険の舞台では隠し、見つけ出し、惑わし、解除し、騙し、環境をコントロールする技に長けた彼等の力に頼らねばならない場面は多い。

 今回、レンカが己に課した役割は“時間稼ぎ”だ。


 単純に一撃の威力に欠ける自分の役目は、仲間達の大技が最大限に発揮できるように囮になる事と彼女は判断した。

 色々と個性的で問題のある連中だが、レンカは今の仲間がだいぶ嫌いでは無い。

 シノはどこか抜けているようだが芯の通った良い娘だし、アネットも頭のおめでたいエルフの連中にしては博識で素直な娘だ、うん、素直なのは重要、むしろ愛でたい。ローザは腕っ節は頼りになるが、酒飲んで脱ぐのだけは止めて欲しい、まあそれはドワーフだしあいつらだから仕方がないような気が……


 そんな事を考えていたら、ブレスの砲撃が来た。


「……!」


 薙ぎ払い焼き尽くす放射型ではなく、火炎を断続的に弾丸のように“射出”する掃射型のブレスだ。


「……なんて器用な真似を!?」


 その火炎弾の雨に巻き込まれ、分身の一つが消滅する。

 上位のニンジャともなれば、姿形どころか、それぞれが自立して行動する“影”を生み出すことも可能だが、彼女はいまだその域に達してはいない。だがそれでも……


「身代わり程度には十分ですわ……!」


 雨霰と撒き散らされるブレスの火炎弾を掻い潜り、龍の懐へと肉薄する。

 だが次の瞬間、彼女は身を凍らすような予感を感じ、その場から飛びずさった。


《受動型スキル:《危険感知》が発動しました》


─―……молния!!


 間一髪、もう一方の竜頭が唱える呪文の詠唱が完成し、先程まで彼女が居た場所を中心に電撃の柱が降り注ぐ。それは、彼女に向かって追いすがるように乱立し、


「! ……《空蝉》」


《スキル《空蝉》:発動 効果範囲の任意の対象物と術者の座標を置換します。》


 その雷光に捕らわれる寸前、さらに分身の一つと入れ替わるようにして、追いすがる雷撃の柱をからくも回避する。

 だがそれでも漆黒の巨龍の追撃は止まらない。

 両の前足の爪による猛撃が、残る二つの分身を貫き、消滅させる。

 さらに、その巨体を大きく震わせて繰り出された、丸太のような尾の一撃が彼女に向かって振り回された。


「《軽業》そして、《浮舟》……!」


多重(デュアル)起動(スキル):成功 《軽業》及び《浮舟》重複効果:発動 対象攻撃無効化:成功》


 だがその一撃さえも、レンカは己のスキルを駆使して回避する。

 高速で振り回された尾の上に飛び乗ったかと思えば、その尾の勢いを利用して、まるで跳ね飛ばされるような跳躍で龍の間合いから離脱したのだ。


「あとは頼みましたわ、皆さん!!」


 彼女の声に応えるように、動き出す仲間達の姿があった。


                        ●


「あわわわわ……!」


 アネット・バローは、震える自分を叱咤しながら、目の前の多頭龍を見据えていた。

 黒い鱗、巨大な体躯、三つの首に赤い瞳。どれを取っても恐るべき魔獣の姿だ。

 だがその姿が彼女に取ってはとてつもなく不快だった。

 眼前のそれが、竜の姿を模していたからだ。


 彼女にとって竜とは特別な存在だ。

 彼女の信仰する加護神は、天竜皇バハムート。

 四元の竜神とも呼ばれ、至高の頂に在りて自然界の四元素の根源を統べると伝えられる竜王(ロード)(オブ)竜王(ロード)だ。


 だが、それだけが理由というわけではなかった、ただそれだけの理由ではないのだ。

 それはまだ彼女が幼かった頃、森の奥で出会った一頭の竜との思い出にまで遡る。

 今にして思えば、おそらくその長い生命の最後の時を迎えようとしていた年老いた竜は、それはそれは大きく、気高く、そしてとても優しい存在だった。

 森の奥の陽だまりで、花や草木や動物達に囲まれて、ゆったりと大きな身を横たえるその老いた竜の姿は、今でも良く覚えている。


 幼さゆえの怖いもの知らずと好奇心から、その竜の傍まで寄って(たてがみ)に手を這わせた時の感触を、小さな自分をギョロリと見据える大きな瞳を、そしてそんな自分を許すように、またすぐにまどろみの中に沈んでいった穏やかな気配を、彼女が母から習い覚えた子守唄を口ずさんだ時に、まるでそれに合わせるようにして響いてきた不思議な歌声の響きを。

 彼女は今でも覚えている。


 それから、その竜の座する森の一角は彼女の秘密の場所になった。

 その後いくつかの季節が巡り過ぎて、冬の長の祭りが終わって久方ぶりにその場所を訪れた彼女が、竜の代わりにそこに草木に覆われた小山を見つけた時の光景を。

 彼女は確かに覚えている。


 あの時に灯った胸の奥の熱さを、あの時に流れ出た己の涙の意味を、あの時に自然と喉の内から溢れ出た歌声の正体を。

 彼女は今でも探し続けている。


 目の前の黒龍を見直せば、変わらず見ているだけで震えが走るような殺気に満ちていた。


 だがそれだけだ、と彼女は想う。


 あの巨龍が撒き散らした力と恐怖は確かに大したものだけれど、それでも幼い頃に出会った老竜や己が加護を頂いた竜神など、本物に比べれば決定的に何かが欠けているとアネットは想う。


 息を整えて深呼吸を一つ、敵の姿を睨み付けるように眼鏡の位置を直すと、アネットは己の力を行使すべく抱えていた“杖”を構えなおした。


 それはとても奇妙な“杖”だった。ベルトによって肩から提げるような形になっているその杖は、杖とも楽器とも言いかねるような形状をしている。

 まるで弦楽器を爪弾くような構えを取ったアネットは、その“杖”に指先を這わせるように、己の持つ力と技を“弾き語り”出した。


『胸に灯る 熱無き炎 照らし解す 孤独の闇

 頬をつたう 熱い雫 流し溶かす 昏い瞳

 背中に当たる 強い風 前に誘う 先行く音

 足元には 伸びる道 誰かが固めた 足跡の連なり

 越えて 超えて 広がりて 遠く

 消えて 満ちて 繰り返して 巡る──』


呪歌(スペルソング):《音激陣》:発動 魔力(マナ)充填(チャージ):開始》


 彼女の歌声に乗ってどこからともなく音楽が響き出し、その拍子(リズム)の流れが魔力の渦を生み出し始める。

 音楽に合わせて歌声を乗せるのではなく、歌に合わせるように単体の楽器では到底無理な様々な音が、周囲に響き渡り始める。

 それは彼女の属する“歌声”と“拍子”を用いて魔法を行使するクラスの業。

 六人目の勇者“P(プロデューサー)”によりこの世界にもたらされた、歌う魔法使いこと吟遊詩人(バード)系統の上位職業(クラス)鍵盤(スペル)魔術師(パンチャー)”の力のひとつだ。


 伝説に謳われるこの勇者は、歌と踊りを用いた力をこの世界に与え、不思議な音を奏でる数々の楽器に、幾人もの“ 歌う妖精(ボーカル)”や“ 踊る人形(アイドル)”などを操り奇跡のような一幕を作り上げたと伝えられる。


 そんな伝説には遥か遠くに及ばないですけど……!

 目指す彼方には、その背すら見えない元祖の姿を想いながら、アネットは歌う。

 だが、このままいけばこの響き渡る歌は周囲全てに荒れ狂うだろう。

 効果範囲全てに同時に魔力を導く呪歌(スペルソング)の長所ゆえの弱点だ。


 そこにアネットは自分なりの奥の手を行使する。

 竜神の加護を持つ自分に与えられた力をもって行う、自分だけのアレンジだ。


呪歌(スペルソング):《音激陣》:魔力(マナ)充填(チャージ):完了》

《加護神・バハムート:特殊スキル:ブレス・ウェポン:発動 対象の特定スキル及び魔法の攻撃タイプを、形態:ドラゴン・ブレスへと変更します》

呪歌(スペルソング):《音激陣》:効果範囲変更:術者中心の周囲・無差別より術者前方の範囲・扇形への放射へ変更します》

《修正・完了:呪歌(スペルソング):《音激陣verB.W》:発動》


「ふっとべ! マガイモノ!!」


 彼女の気合一閃と共に発せられた不可視の魔力の塊が、


「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」


 魔法ならぬ”魔咆”の一撃と化して響き渡った。


                       ●


 やや気の抜けるような声音と共に、目に見えぬ音の連なりが黒龍へと襲い掛かった。

 幾百もの戦士達の打撃を、幾重もの術者達の魔法を跳ね返してきた、その恐るべき防御力を持つ黒い鱗に震えが走る。


──────……!


 瞬間、耳障りな甲高い音が一つ響くと同時、多頭龍の巨体を震わせる打撃を伴った爆音が炸裂する。


──Gu、Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!


 漆黒の体躯のあちこちがひび割れる様に、鱗の隙間からは龍の鮮血とも体液ともつかぬものが噴出して、苦悶の声をあげる黒龍の周囲と身体全体をを汚していく。

 大きく傷ついていたブレスを吐き出す側の竜頭は、口腔と両眼が内側から押し破られるように破裂し、完全にその動きを止めた。


「いよっし! 上出来だよ、アネット!!」


 黒龍がその強烈な一撃にのたうつ光景を眼下に眺めて、ローザ・シュタインベルガーは空中を駆けながら仲間の少女に向けて賞賛の言葉を口にした。


 それはいかなる場所でも踏みしめる“足場”にしてしまう魔法、彼女達ドワーフの母たる大地神の加護を持つ騎士、“グランドナイト”の魔法のひとつ『道床』を利用した移動法だ。

 アネットの魔法を避ける為に位置していた黒龍の全高より高い場所から、すかさず移動したその場所で最後に残った竜頭に狙いを定めた彼女は、その両足を踏みしめて己の最大の一撃を繰り出すために、己の全身に“(オーラ)”の輝きを流し込む。


「おぉぉぉぉ……!!」


 かつて彼女達ドワーフ族と共に冒険したと言われる五人目の勇者“ブラックベルト”によりもたらされ、“名も無き闘神”により冒険者へと授けられたと言われるのが“(オーラ)”系列のスキルだ。

 無手の格闘を得意としたこの勇者は、かつて出現した“悪龍ヴリトラ”を討ち果たした勇者の片割れとして伝えられるが、“魔力(マナ)”と“呪文”ではなく“(オーラ)”と“体術”で、“魔法に代わる奇跡”を編み出す術式を成した傑物でもある。


“鍛えぬいた肉体に不可能は無い”との言葉を残したというこの勇者は、ある意味究極の脳筋であったと言えるだろう。

 そんな勇者が好んで使ったと言われる(とき)(こえ)を挙げ、文字通り気合と共にローザは渾身の力を込めてまず一撃、竜頭を顎からカチ上げる。


「ちえぇすとぉぉォォォォォォ……!」


 いい具合に改心の一撃が龍の顎に決まった。続いての一撃の為の振りかぶり具合も最高だ。ドワーフ族が見ている場面なら、ここで合いの手のひとつも返るくらいの盛り上がりだが、あいにくと周囲には同属が居なかった。だから、


「……いっぱぁぁぁぁぁぁつっ!!!」


 自分で叫び、打撃した。


                        ●


 巨龍の最後に残った頭部が、ローザの放った顎の裏からの打撃で浮き上がり、即座に返す刀の追撃で漆黒の竜頭は叩き潰された。

 一瞬の後、ぐらりと横に傾いた龍の巨体が、ズシンという重い地響きを立てて倒れていく。

 それが40人からなる冒険者達を屠った漆黒の多頭龍の最後だった。

 しばしの警戒と静寂の時間の後、生き残った4人の冒険者達の歓喜の声が響き渡る。


「よっしゃぁぁぁ……勝ったぁぁぁ!!」

「や、やりましたぁぁぁ……」

「なんとかなりましたわね」

「これで、クエスト達成で……まさか、詠唱?!」


 だが、その歓喜の声は、どこからか微かに響いてきた呪文の詠唱により中断される。

 その詠唱の元に目を向けた冒険者達の前にささやかれるのは、最初に切断されていた筈の竜頭から響く回復魔法らしき声であった。

 全員の背筋に緊張と同時に寒気が走る。


「くそっ!!」


 即座にローザのハルバードの一撃が、切り落とされてもなお詠唱を続けていた竜頭を叩き潰す。

 だが、その一撃は一瞬遅く、完成したのであろう魔力の光に包まれて、龍の巨体が再びのろのろと立ち上がろうとしていく。

 全員が悲壮な覚悟の元、再度の戦いを決意したその時、


「うえ?! う、うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ、マジでぇぇぇ?!!!!」


「「「え?!」」」


 ひとつの叫び声と共に天より飛来した一筋の閃光が、立ち上がりかけていた巨龍の胸を貫いて、光の爆発と共にその巨体を消滅させた。

 そして、その光の爆発が収まった後、その場所には見慣れない服装に身を包んだ一人の少女が、困惑と共に呆然と座り込んでいた。


「え? ええっ?! ここ……どこ?」


「あー……これは……」

「たぶん……ですよね?」

「そう……ですわね」

「ええ、これはまさしく……」


 呆然とする少女を前に、四人の冒険者達は顔を見合わせ、一つの結論に達する。


「「「「勇者だーーーーーーー!!!!」」」」


「ええええええ?!なにそれぇぇぇ!!!???」


《大陸五箇所の『大迷宮』にて、イベントのボスモンスターの討伐を確認致しました》

《ボスモンスターの討伐により、『勇者召還』クエストの最終必要条件が満たされました》

《ボスモンスターの討伐が終了いたしました》

《ワールドクエスト:『勇者召還』が達成されました》

《今代の”勇者”が召還されました》


 その日、迷宮世界全てにおいて、世界を統べる女神の声が響き渡った。


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