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女王の試練場 その2


「断る」

「なぁぜじゃぁぁ──!!」


 戦士の憩い亭の中に、ドワーフの少女の声が響き渡った。

 思わず店内の客達の目が、そのテーブルに向かって集中する。

 椅子に座ったまま手足をバタバタと振りまして暴れるドワーフの少女と、それを懸命に宥める初老の人間の男性。それに少女の口を塞いで引きつった笑いを浮かべるドワーフの女性に、騒ぎを詫びるかのように周囲にペコペコと頭を下げる侍女服姿の少女の姿が見えた。

 ただ一人、少女が声を荒げる原因となったであろう最後の人影だけは、その騒ぎにも動じず平然と席についたままだ。

 野次馬根性よろしく周囲の客達の視線がそのテーブルに再び集まろうとした時、一つ手前のテーブルから発せられた声が、客達の耳に届いた。


「ねえ、ハニー。なんだか、店の中が騒がしいみたいだけど……」

「いやん、ダーリンったらぁ……きっと、いい年して一人寝の寂しいぃぃぃぃぃ誰かさんがぁ、年甲斐も無く若い子にコナかけて袖にされて暴れてるのよぉ……ねぇ、そんなことよりもぉ」

「ああ、そうだねハニー。せっかくの君との時間なんだから大事にしなきゃ……」


「そうよ、ダーリン。はいお口あけてぇ……アーン」

「ははは、じゃあ僕もお返しだね。アーン」


「ダーリン……アレス」

「ハニー……ドーラ」


「愛してるわ」

「愛してるよ」


 思わず新たな声の方に引かれて目を向けた者たちは、二人だけの世界に浸るカップルのイチャイチャぶりを全力で視界に叩き込まれる結果となった。

 即座に店内の客達全員が視線を逸らして、いくつもの舌打ちのような音が店内に響く。

 店の売り物である甘味の味と、新装開店に伴うアキラの意向から、小奇麗な内装の店舗へと生まれ変わった店の雰囲気からか、女性客メインの客層へと変化した結果、今現在の来客も女性冒険者を中心とした女性客がかなりの割合を占めている。

 職業柄ロマンスの類には縁の薄い生活ゆえにか、至近距離でカップルの熱々ぶりを叩きつけられた彼女達からは、ぬおお……とかぐぬぬ……等、時折うめくような声が漏れたり、カップを握りつぶすような音が聞こえたり、猛烈な勢いで甘味を消費するに伴う追加オーダーの声があがったりと、微妙に剣呑な空気が店内に漂っていく。


 さしあたって、周囲の耳目じもくの集中から逃れられた事に、問題のテーブルの一員であったアキラは安堵の息を漏らした。

 改めてこのテーブルのメンバーを見渡して見れば、先程叫びをあげたのは“女王”ことテルマ、彼女を抑えるのは自分の仲間でもあるドワーフの騎士ローザ。隣で汗を拭う初老の男性は、冒険者ギルドと調停神の神殿長を兼任するルイス・コールマン。そして最後の一人は、周囲の騒ぎの中でも動じずに泰然とした佇まいを崩さぬ男性、カイ・エッジワース。

 いわおのような雰囲気を持つ、隻腕のサムライであった。


                        ●


「カイ、どうしても無理か? 冒険者ギルドとしても、お主程の人物が協力してくれれば心強い事このうえないんだが……」

「俺はもう引退した身だよ、ルイス。“迷宮”に潜れなくなった戦士が、人に何かを教えられるものかよ」

「じゃから、ただそこに居るだけでも良いというてるじゃろうが!」


 それこそ御免だ、との言葉を眼前の二人にかけ、初老のサムライは悠然と食事を口に運んだ。飾り物になるつもりはない、との彼の言葉に、説得を試みていた二人が沈黙する。

国の重鎮でもある人物達の誘いに小揺るぎもせずに、ただ淡々と終始自分へ投げかけられる言葉への回答にのみ徹する姿。

 それは固い固い、一人の頑固なサムライの姿であった。


 結局、彼は最後まで周囲の説得に応じることなく、黙々と食事を済ませた後、席を立ち店を去っていった。

 残された者達の為に、すっかり冷めてしまった食事を下げて新しいものを用意したアキラが、一緒にテーブルに着きながら苦笑いを浮かべる。

 今日のメニューは、握り飯と串焼きのおかずをメインに、マグカップに入った味噌汁を添えた微妙に和風な無国籍メニューだ。


「いやー、なんだか一筋縄ではいかないみたいですねー」

「まったく! 待遇はそのへんの高官にも引けをとらぬものを用意するというのに……何が不満だというのじゃ!」

「そりゃあ、あの御仁にお願いできりゃあ文句は出ないでしょうね。なにせ、引退した冒険者連中の中でもいまだに話の種に上るほどのお人だ」

「ギルドとしてもありがたいんだがなあ……腕利きの元冒険者で戦士系となると探すのが結構難しくてね」


 冒険者ギルドの長という立場からか、ルイス氏がため息をひとつ付いた

 そのぼやきともつかぬ一言に、アキラがふと、意外だと言わんばかりに問いかける。


「そうなんですか? ギルドマスター。魔術師なんかのほうが探すの難しいイメージがありますけど」

「うむ、そうだね。現役の冒険者なら術者系統、それも腕利きを探すのは難しいね。でも引退した連中、それも“身軽フリーで”“使える”レベルの人材となると、逆に戦士系の方が難しくなるのだよ……」

「戦士として出世した連中は、叙勲を受けたりその腕を買われたりして宮仕えになるのが普通だからねえ。それ以外で引退した戦士ともなれば、受けた傷で思うように身体が利かなくなったり、小金を貯めてそこそこの所で身を引いた連中が大半さ」


 魔術師ともなれば、引退した後も個人や魔術師ギルドなどで研究を続け、現役時の能力を維持しているものも多い。だが、こと戦士系になるとそれは話が違ってくる。

 その身ひとつでモンスターと真正面から向き合い、戦場に立ち向かう戦士達は、戦いの花形であると同時に、散ってゆく犠牲の割合も多い者達だ。

 大多数の者が戦いで命を落とし、生き残ったものの二度と剣を振るえなくなる者も少なくない。それでなくても、酷使されたり年齢による肉体の衰えから、戦士が現役でいられる期間は決して長くはない。引退後も実力者としての評価を得る者ならもっと少なくなる。

 その現実を知るが故に、ローザやルイスの口調も自然、渋いものとなった。


「なるほど……」

「ええい! とにかくわしはもう帰る! あんな頑固者は勝手にすればいいのじゃ!」

「はいはい……今日はもうお開きとしましょう。私の方でも他に心当たりを当たってみますので」


 鬱憤を晴らすかのごとく料理を腹に放り込んでいたテルマが、食事を片付けてもなお収まらない感情を隠そうともせずに店を出て行った。

 その後に続くようにして、さりげなく手前のテーブルにいたカップルも席を立った。

 アレスと呼ばれていた戦士風の男性が勘定をテーブルに置き、ドーラと呼ばれた魔術師風の女性が、ゴメンねとでも言いたげなしぐさをアキラに向けて店を後にする。この二人はテルマの護衛なのだ。


「……傍目にはバカップルにしか見えないんですけどねえ」

「でもまあ、二人とも腕前は一流さ……普段はバカップルだけどな」

「以前に比べて彼等も結構丸くなったものだよ……今はバカップルだけどね」


 きっちり、テルマの分の支払いも込みで置いていったのであろう。多めに置かれた代金を確認しつつ、アキラが思わず漏らしたつぶやきに、残りの二人も同意の言葉を漏らした。


「それにしても……ああ、どうしたものか。勇者殿のアイディアでもある訓練場は是非とも形にしたいところなんだが。せっかく国の援助も受けれそうだし、魔術師ギルドや盗賊ギルドからは、内々だが悪くない返事をもらっているのになあ」

「……ギルドマスター、あんたその口ぶりだと、この子にどうにかさせようって狙いかい?」


 めっそうもない、と愛想笑いのような笑みを浮かべながら、渋い表情で彼を睨むローザの詰問をかわすギルドマスター。そんな様子を横目に、なにやら思案顔を見せていたアキラから、二人に対し質問が飛んだ。


「うーん、まあ言いだしっぺとしては責任感じちゃいますしねえ……頼むならあの方が最高なんですよね?」

「ああ、隻腕なんてものともしない腕前さ、アタシら戦士達としては憧れの存在だね」

「……アキラ殿、お願いできるのかね?」


 どこか縋るような口調のギルドマスターに対し、アキラは、正式なご依頼ですか? と、にんまりと悪戯っぽい表情で返す。途端にギルドマスターの表情が引きつるが、まあここは誠意を見せないといけませんしね、とのアキラの言葉に彼はほっと胸を撫で下ろす。だが、


「……タダより高いものは無い、って言葉もあることですしね」


 そう言って笑う彼女の言葉に、再びその表情を凍りつかせた。



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