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女王の試練場

今回のタイトルの元ネタも(ry

 冒険者達の朝は早い。

 という訳でもなく、この世界では人々の朝は早い。

 朝方まで店を開ける酒場や遊郭などの施設を除けば、大抵の人々は陽が昇れば起き出して、夜の闇が濃くなる前に眠りに落ちる生活を送っている。


 明け方の、気持ちの良い静寂に満たされた空気に包まれながら、アキラは街の中を駆け抜けていく。今はこの世界に来て日課となった朝のランニングの最中だ。

 耳が隠れる程度に切りそろえられた髪が揺れ、身体が風を切って進んでいく感触を楽しみながら、街のあちらこちらで動き始めている人々の動きが目に入ってくる。

 朝市に集まる人々の喧騒や、朝食目当ての人間向けの屋台の数々、はやちの旅人や隊商の姿など、静寂の中に熱気のような人々の営みが感じられる。

 既に顔馴染みとなった街の人達と軽く挨拶を交わしながら、アキラは朝の街を走り続ける。

 やがて、街の中心からは少し離れた、小高い立地に設けられた公園に辿り着いた。


 公園には朝の散歩をする老人や、自分と同じように朝の鍛錬を欠かさない冒険者の姿も見える。

 ペースを落とし、ここでも顔見知りとなった人達と軽く挨拶を交わしながら、ややゆっくり加減で公園を一回りして足を止める。

 周囲を見回せば、一心に剣を振る者や槍をしごく者の姿がある。

 そんな人達の姿を横目に、乱れた息を整えて、身体の節々を伸ばすような独特の動きを繰り返す動作に入る。

 地球のある国では、某国営放送の名で親しまれる体操──ぶっちゃけラジオ体操──の動きだが、こちらではどうやらかなり奇妙な踊りかなにかに見えるらしく、近くを通り過ぎる人影や、鍛錬中の冒険者達に怪訝な視線を向けられるのも、もはやお約束の域だ。

 向けられる視線に内心で苦笑いしつつ、しっかりと第一から第二までをこなして、その後にストレッチまで終わらせる。どちらかというとインドア派だった自分としては、信じられないような今の生活だが、自分の命が掛かっているとなれば手を抜くわけにもいかない。

 一通りの鍛錬を終えて、公園の片隅にある清水の湧く泉で喉を潤しつつ、持参したタオルで汗を拭う。意外なことに、この世界でも元の世界とよく似たタオル地の布が存在した。

 都市部には入浴の習慣や下水道の完備もあり、元の世界のレベルには遠く及ばないまでも、主に衛生面的な面ではかなり自分の生活的に助かっている。やはり年頃の女子としては、色々と厳しいものがあるからだ。


 ふと見上げれば、遠く街の中心部を望む景観が視界に飛び込んできた。

 中央で最も目立つのは巨大な偉容を持つ王城に、質素ながら堂々と建つ神殿兼冒険者ギルドの建物だ。荘厳な二つの建物の他にも、立派な石造りの商工ギルドや町外れに伸びる魔術師ギルドの塔など、大陸最大規模の都市のひとつとして、見ごたえのある名所は数多い。

 だが彼女が最も好きなのは、その周囲に建ち並ぶ家々から、炊事の煙が一斉に立ち上るこの時間帯の街の姿だった。

 日に三度、もしくはもっと見られるであろう、何の変哲も無いただのありふれた街の風景。

 暖炉や釜戸かまどから発せられた煙が、垂直に何百という数で天に伸びていく様は中々に壮観な光景だ。

 そこに、誰かの生活の営みが感じられる場所、活きた街の姿がアキラはとても好きであった。


                       ●


 帰りの道すがら、目に付いた屋台や美味しいと評判の屋台で朝食を取りながら、店の前までやって来る。

 ”戦士の憩い亭”の前には、スタンド形式で出した朝食の屋台の前に集まる、何人かの人影が見えた。どうやら今朝も売り上げは上々のようだ。

 店を再会して二ヶ月、幸いにして店の料理は評判を呼び、連日店は賑わいを見せている。

 朝は店の前にスタンド形式で軽食を売るだけで店舗は開けてない為、裏口からの帰宅だ。


「ただいまー」

「なんじゃ、やっと帰ってきおったか。待ちくたびれたぞ」


 そう言って、店の中で朝食を口にしていた小柄な人影がアキラに声を掛けた。

 それは、美しい金の髪をツインテールに分けた一人の少女の姿だ。

 身長は150センチメートルに満たない程度だろうか、アキラよりも頭一つは小さい身体を仰け反らせて、威張るように胸を張っている。

 健康そうな日に焼けた肌と、くりくりと大きな瞳に愛らしさを乗せた可愛らしい少女だが、その口調はまるで老成した女性のようであり、尊大ともいえる笑みはどこか威厳と言うべき迫力を秘め、不思議と外見にそぐわない印象を周囲に与えている。

 身に纏うのは簡素ながら上等の素材で織られた衣服で、見る者が見れば魔法文字の縫い取りを見つけることが出来るだろう。

 そして、最も目を引くのが、傍らに置かれた彼女の装備らしき、重鉄鋼の篭手だった。

 幾重もの鋼が連なり、魔法石らしき物が埋め込まれたその篭手は、間違いなく魔法の武器であろう剣呑なオーラを身に纏っている。


「まあ、座るが良い。朝食は一日の始まりじゃからな。まずは腹を満たし、乾いた喉を潤したら話といこうではないか」

「……いや、ここはわたしのお店なんですけどね……まあ、いいか。それでこんな朝から何の御用なんでしょうか? “女王”様」


 テルマ・ジークリット・デア・ヴァイハート

 都市国家ヴァイハートを修める王の母にして先代の王。

 引退して久しいが、現在でも現役の冒険者でも通るという実力を持つ修道士モンクにして、通称”女王”の名で知られる女傑。

 それが、アキラの前で朝食を頬張る、見た目少女なドワーフ女性の正体であった。


                       ●


「話というのは他でもない、ちょっと相談があってのう」

「はあ、クレープお腹一杯食べたいとか、ステーキ丼お腹一杯とか、焼き鳥お腹いっぱ……」

「違うわ! 人を食欲の権化みたいに言うでないわ!!」

「じゃあ、またお酒飲んで脱いで、国王陛下と喧嘩したとか? ドワーフの人達ってホント良く脱ぎますよね。お酒入ると」

「違う! 最近は自重しておる!」

「むう……じゃあ、あの話ですか? 最近新米冒険者の男の子とラブラブだっていう……」

「なあっ!? な、なんでそれを知っておる!!」


 アキラの言葉に、テルマは慌てて彼女の口を塞いでくる。

 周囲の店の者達も、年頃の女子として他人の恋愛沙汰には興味津々だが、流石に情報的に危険な香りを察知したのか、全員が聞こえない振りをして自分の仕事に従事している。


「ええい! ……とりあえず、そっちの話は後に回すとしてじゃ! 今回は真面目な話なのじゃ!」

「……後から話すんですか、まあそれはさておき、改めまして、テルマ様ほどの御方が私どもになんの御用でしょうか?」


 仮にも王族に対しての物言いでは決して無かったが、彼女が二人きりの時はこういうやり取りを望んでいるのだという事を承知のうえで、アキラはできるだけくだけた対応を選んだ。

 思えば、唐突に初めて店に訪ねてきた時からこのようなつきあいだ。

 いったいどこから知り得たのか、彼女はアキラが今代の勇者であるという事実を知る、数少ない人間の一人でもあったりする。

 アキラの人物を見極めるために、単身来訪したと言っていたが、その後はこの店の甘味と料理を気に入って、ちょくちょく来店するようになった。

 その度に、時折一般の人間なら尻込みするような人間を伴って現れるのだが、その点においてもアキラは平然とした対応で済ましている。

 これは、彼女がまだまだこの世界の常識に疎いが為に生じる認識のズレなのだが、周囲からは彼女のそんな振る舞いが、むしろ只者では無い存在と目に映るらしく、本人の知らないところで、どんどん勝手な人物評が出来上がっているのを、アキラはまだ知る由もなかった。


「うむ、まあ話が脱線したが本題はこれじゃ。お主の店で面倒を見ている新米冒険者達のことよ」

「……なにか、問題でもありましたか?」


 テルマがいくつかの書きつけらしき物を取り出して語り出した話題に、さすがにアキラも表情を引き締める。

 自分達の店に関わることとなれば、その対応は自分達の今後に重要な意味を持つからだ。


「ああ、勘違いするでないぞ。むしろ評価は上々じゃ。この店が面倒を見ている二つのパーティじゃが、冒険者ギルドの定めたランクでは、二ヶ月前まで最低のFだったのが、現在はDランクまでアップ。個人のランクとしてはCにまで上がった者もおる。ギルドから受注したクエストの失敗も無し、正に破竹の勢いというやつじゃ」

「はあ、それはどうも。でも、わざわざ話題に出したという事は、お褒めの言葉だけというわけじゃあ無いんですよね?」

「話が早くて助かるのお……そこじゃよ。初心者冒険者としては大変上手く、いや上手く行き過ぎておる。その辺を相談したいと思ったのじゃよ」


「は?」


「冒険者ギルドと国は、近年ある問題に頭を悩ませておった。それが冒険者志望の若者達の被害の増加じゃ。冒険者を志す者は、主に貧しい階層の者達が中心じゃ。冒険や迷宮での一攫千金を目指してのことじゃが、皆が皆そう上手くいくわけではない……」


 元々、冒険者という者達の社会的地位はあまり高くは無い。

 そして駆け出しの頃は資金や装備にも余裕は無く、信頼も無い。

 それらを全て跳ね除けて這い上がるくらいの気概を求められるのが冒険者だが、一人前になる前に主に経済的な理由で身を持ち崩し、非合法な手段に手を染めたり、あるいは碌に経験も無いままで無理を推して迷宮やモンスターに挑んでは“灰人”やアンデッドモンスターと化して、自分達が討伐される対象になるという悲劇が後を経たなかった。

 また、そういった困窮する冒険者達につけこんで食いものにするような、悪どい人間達もまた存在し、そのような冒険者が原因による治安の悪化に、国やギルドも頭を悩ませていた。


「そのような中で、お主の店は非常に上手く初心者冒険者達の面倒をみておる! その点について相談を持ちかけるのは、しごく当然の流れであろう?」

「と、いいましても、うちでもそんなに変わったことはしていませんよ? 確かに一通りの装備や支度金を貸し出したり、住まいと食事の面倒はみてますが、その分冒険に出ない時には、副業についてもらって返してもらっている状況です。他には先輩冒険者のパーティと一緒に迷宮に挑んでもらって、勉強してもらうとかですね。」

「……副業を面倒みて、冒険時以外でも経済的に支援するという点からして斬新な試みじゃな。冒険者の店が見習いを支援する例はままあるが、大抵が支度金を用意する程度じゃよ。いったいどこからそんな発想が出てくるのじゃ……」


 アキラにとっては、この辺りは地球で遊んでいたオンラインゲームでの経験が、元になっていた。

 新しくゲームを始めた初心者には、大抵先輩プレイヤー達が資金や装備を貸してくれたり、戦闘の方法なども共に冒険に連れ出してはレクチャーしてくれるのが当然だった。

 副業につくという発想にしても、大概のゲームで一人のプレイヤーが複数のキャラを持てる仕様から、戦闘系の他に商業や生産向けのキャラを使って資金稼ぎをしていたプレイヤー達の行動にヒントを得たに過ぎない。

 彼女としてはあまり深い考えも無しに、そんな方法を応用したに過ぎなかったのだが、こちらの世界ではこういう事はえらく斬新に写るらしい、今更ながら戸惑いとカルチャーショックに頭を捻るばかりであった。


「先輩冒険者に付かせて経験を積ませるか……その辺はすぐにでも全ての新米達に行わせたいところじゃのう……」

「いっそのこと、訓練所でも作れないものですかねー、引退した冒険者の人達にお仕事を斡旋するという形にしたりして、ギルドや国の出資でどうにかとか」

「……それじゃ! 妙案じゃな!!」


 アキラの放った何気ない一言、それが後に「女王の試練場」として知られる、見習い冒険者訓練施設の発足のきっかけだった。


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