プロローグ
ちょっと説明不足を指摘された世界観について冒頭で付け加えて見ました。ただし、厨二成分は増えたと思います……
日景 聖が最後に感じたのは、自分の身体が吹き飛ばされる感覚だった。
耳をつんざく爆音と、次の瞬間に背中から突き飛ばされるような衝撃の感触。
猛烈な爆風に煽られてバランスを崩したと思った後、次に来たのはふわりとした浮遊感と共に、視界に飛び込んできた青い青い空の色だった。
先程まで周囲を満たしていた悲鳴も今は無く、ただただ静寂の中でぼんやりと空の青さを見つめる自分が居た。
女性と称するにはまだまだで、だが幼いと言われる時期は既に過ぎた身ではあるが、そんな自分の体躯を宙に舞わせる程の爆発であったのだと、少女はどこか傍観者的な視点で今自分が置かれている状態を見つめていた。
パニックを起こしている筈の心は不思議と穏やかだ。
緊張から来る息苦しさや、胸の中でしきりに鼓動を響かせる動悸の激しさが、逆に自分の身に降りかかった災禍を思い出させてくれる程に。
だが、変に研ぎ澄まされた自分のココロは、次々と眩いばかりに思考を切り替えていくばかりで。
コレが走馬灯というものなのかと、そんな事を考えながらも同時に頭に浮かぶのは、18年という自分の半生とも言うべき記憶の連なりだった。
ほんの少し前まで、進学の決まった自分はクラスメイト達に誘われた卒業旅行の最中で、有名な観光名所でもあった高層建築で突然の爆発に巻き込まれて……そういえば皆は大丈夫だろうか? そんな思いが次々に頭に浮かんでは消えていく。
『親も無し、妻無し子無し板木無し、金も無けれど死にたくも無し』
己の境遇をそんな歌に詠んで嘆いたのは誰であったろうか? 唐突に多分なにかの授業で聞いたひとつの短歌が思い起こされた。
今何故か思い起こしたその歌を、終わりを迎えようとしているであろう自分自身に重ねてしまう。己の境遇と半生に重ねてしまう。
自分の希薄な、普段はどうでも良いとさえ思っていた薄っぺらな立ち位置が、今はとても……悲しいと思った。
”後悔”そんな言葉で表すことのできる想いが、自分の中に燻っていた。
”孤独”そんな言葉で表すことのできる想いが、自分の中で押さえ込まれていた。
”諦め”そんな言葉で表すことのできる想いが、自分の中を塗り潰していた。
自分の何が悪いというわけではなかったのだけれど。
ただほんの少しだけ、どこかで一歩引いてしまうような人間だったという自覚はあった。
……きっと、それが一番良くなかったんだろうねと、自嘲めいた乾いた笑いが頬を歪める。
おそらく、自分にはもう残された時間は少ないのだろう。
一分か? 三十秒か? 長くは無い時間の後、自分はこの世界から消え去ることになる筈だ。
幼い頃に別れたという両親には会えるのだろうか? 少し前に別れた祖父母と再会できるのだろうか?
不可避の事実として自分の身に迫り来る未来に、それでもどうしても”死”という単語を使うことが出来なくて、取りとめもない思考が続いていく。
あの本の続き読みたかったな、そういえばあのゲーム来月発売だっけ、バイト先の皆はどう思うだろ? ああ、それと……
「ごめん、みんな……次のギルドの集会、出られないや……」
最後に浮かんだのは、ネットワークを利用したオンラインゲームの仲間達との記憶。
顔も知らない画面の向こうの、でも確かにこの同じ空の下に存在する人達との思い出の数々だった。
「ん……きっと、もういっかいだけ……なら……」
唐突に暗転していく視界の中で、それが少女、日景 聖がこの世界で発した最後の言葉となった。
●
それは神殿のような高い天井を持つ大きな建物だった。
そして今、その室内は飛び交う声と駆け回る人間の喧騒で満ちている。
「“大迷宮”内でモンスターの発生頻度が増加しています! 現在、通常の1.5倍程度で更に上昇中!!」
「“混沌の軍勢”の侵攻は更に拡大中です! 大部分は既に迷宮化を確認! 大陸中央の“大迷宮”周辺だけでも、現状新しく出現した“迷宮”の数は200を超えます。ほとんどはランクC以下で、最大でもランクB程度の規模で済んでいる模様ですが、迷宮化までには及ばない規模のものも多く、地上にてモンスターへの変化が予想されます」
「他の“大迷宮”と周辺都市でも同様の事態が確認されています! 各都市のギルドシャーマン達は詳細把握の為、調停神様への《神託》の準備に入りました」
「くそっ! 100年ぶりのワールドクエストの真っ最中なんだぞ! よりによってこんな時に……」
大陸の中央に位置する都市国家ヴァイハート。
この大陸に存在する異界からの侵略の爪痕、五つの“大迷宮”の一つを臨む都市。
その都市の中心付近に存在する冒険者ギルドの建物では、現在大陸各地で発生中の異変に対しての状況把握と対処に、関係者達が奔走していた。
「由々しき事態じゃな」
「……100年前の悪夢の再来を思わずにはいられませぬな。満を持して行われた、この度のワールドクエストによる『勇者召還』ですが、正に好事魔多しといったところでしょうか」
傍らの少女の呟きに応えるように、この冒険者ギルドの長であり、調停神の神殿長でもある老人が、ため息混じりにそう言葉を発した。
「勇者召還」それは、世界に新たな要素をもたらす“勇者”と呼ばれる存在を招く儀式。滅びに抗うこの世界の人々が、新たな力を求めて世界規模で行うワールドクエストと呼ばれる壮大な催しだ。
だが、その結末は未だ暗雲の彼方にある。
老人の言葉に、その少女はふんと鼻を一つ鳴らすと、両腕を組んで無造作に傍の椅子へと身を沈ませ、部屋の中央に設置されている巨大な水晶球に視線を戻した。ツインテールと呼ばれる髪型に分けられた少女の金の髪が揺れる。
大陸の各地の状況と他都市からの連絡をもたらすその水晶は、かつて“二番目の勇者”によって創られたと伝えられる、大陸でも五つしか存在しない強大な魔法装置だ。
世界の管理者にして、地上を離れた古の神々と人々を仲介する女神、調停神の力を頂く秘宝でもある。
「この都市を修めるヴァイハートの家名において命ずる。ランクD以下の冒険者達は、一旦“大迷宮”より引き上げさせよ。ギルドからの緊急メッセージ扱いで連絡を回すのじゃ」
「……よろしいのですか?」
「かまわぬ。王には後でわしが許可を取る。……お主も知っておろう。最近の新米冒険者達の被害の度合いを、“灰人”と化す者も増えておる……」
苦虫を噛み潰すような少女の言葉に応じ、老人は無言で一礼を返すと、己の役割を全うする為にその場を離れていく。
後に残された少女は、その小さな瞳にそぐわぬ力強さを込めた視線で、いまだ目まぐるしく情報の飛び交う室内の様子を見守っていた。
「勇者か……我等はいつまで……頼らなくてはならぬのかのう」
少女の口から漏れた小さな呟きは、室内の喧騒に埋もれ、誰の耳にも届くことは無かった。
遥か遠い世界。
世界創生の女神により生まれ、数多の神々に支えられる幻想の世界マナステラ。
だが、その世界はいつからか、世界の“外”から来たる侵略者、“混沌の軍勢”の侵攻を受ける世界となった。
実体をもたない“軍勢”による破壊と侵食により、滅びの道を辿っていたこの世界に救いをもたらしたのは、同じく“外”の世界である異世界よりやってきた“勇者”と呼ばれる存在だった。
勇者により生まれた最も新しき女神、調停神の神力により、この世界に侵攻してきた“軍勢”は“迷宮”と呼ばれる閉鎖空間に捕らえられ、モンスターという形を得る事になる。
人々は“混沌の軍勢”と対等に戦う手段を与えられたのだ。
“迷宮”それは、“軍勢”の侵攻を阻む為に世界を護る堅牢なる砦。
“迷宮”それは、“軍勢”を捕らえ、実体を持たないかの者達を滅ぼす為の狩場。
“迷宮”それは、“軍勢”に対抗する為、人が仮初の命にて無限の闘争を繰り広げる世界。
そして、その迷宮を攻略するのは冒険者と呼ばれる者達。
これは、そんな“迷宮世界”に招かれた勇者と、その世界に生きる冒険者達の物語である。




