表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

春の日、貴方と居た場所で。

作者: カノン

この小説はボーイズラブ(同性愛)小説です。嫌悪感がある方は読まないで下さい。


貴方はきっと、僕が貴方の事をずっと見つめていたのも知らなかったでしょうね。

だって、貴方が見つめていたのは花の様に柔らかく笑う女の人だったのだから・・・

僕には高校に入学した時から好きだった人が居る。

一つ学年が上の先輩。

僕が初めて先輩に出会ったのは桜が舞う高校の入学式だった。

入学式が終わり、家へ帰ろうと教室を出た時、どこからかピアノの音がし、僕はその音がする教室を何気なく覗いた。

そこは音楽教室だった。

幼い頃、ピアノを習っていた経験が有り、音楽は好きだった。

中学に入ると同時にあまり弾かなくなってしまったけれど・・・

ピアノを弾いていたのは自分と同じ制服を着た男子生徒だった。

綺麗な音色が静かな教室に響き渡る。

ずっと聞いていたいと思わせる様な心地良い音色だった。

曲が終わり、ピアノを弾き終えた彼がこちらを向いた。

「新入生?」

「は、はい。」声をかけられるとは思っていなかったので、僕は妙に緊張した声色で答えてしまった。

「ピアノに興味有る?」

ピアノから離れ、彼は僕に近づいてきた。

「以前、習ってました。」

「そっか。君、名前は?」

彼は僕の答えに、にこやかに笑うとそう聞いてきた。

真近で見る彼はいかにもピアノをしていそうな繊細な顔立ちをしていた。

「武藤正って言います。」

彼の笑顔につられ、僕も笑って答えた。

「ごめん。葵君、待った?」

ガラッと音を立て、教室の後ろの戸から女の人が入ってきた。

先程の入学式で音楽の先生だと紹介された人だ。

「あら、新入生ね。入部希望かしら?」

「いえ、僕はピアノの音がしたから覗いてみただけなんです。」

「そうなの〜」

残念そうに笑う先生を見て、彼も笑った。

「秋穂先生、気が早すぎ。部活見学会もまだだって・・・」

先生をからかう様に笑う彼を見て、この二人は仲が良いのだと感じた。「そうよね。先生、焦っちゃったわ。」

それに合わせて答える先生も人当たりの良さそうな先生だと思った。

「でも、習っていた事はあるんだよね?」

「はい。小学校一年から中学校に入学するまでは。」

彼に聞かれ、素直に答えた。

「じゃあ、結構長い間習っていたのね。どうして辞めてしまったの?」

「それは・・・」

あまり聞かれたくなかった質問に、僕はうつむいて黙ってしまった。

「秋穂先生、そんな事は聞くもんじゃないよ。」

「そうね、ごめんなさい。」

先生は本当に申し訳なさそうに謝った。

「あっ、いえ・・・男がピアノを習っているのって珍しいじゃないですか。それで小学生の時に虐められていた事があって・・・それと、中学に入ってからは塾に通い始めた事もあってピアノを習うのを辞めたんです。」

落ち込む先生の姿を見て、ピアノを辞めた理由をあまり他人に話した事がなかったのに、つい喋ってしまった。

「・・・それは酷いな。」

彼は眉にシワを寄せ、呟いた。

「イジメはそんなに酷くなかったんですけど、その時、丁度親に反発していた時期だったんで・・・」

イジメられていた過去を否定する気はなかったけれど、そんなに酷くもなかったので、彼の言葉に付け足す様に言った。

「そうなの・・・じゃあ、これを機会にもう一度やってみる気はないかしら?」

「えっ!?」

「強引だな、秋穂先生。」僕の狼狽え具合いに彼は笑って言った。

「だって、彼に入ってほしいもの。」

拗ねた様に言う先生がまるで子供みたいだ。

そしてそれは、女性特有の可愛らしさなのかもしれないと、瞬間的に思った。

「入ってくれたら俺も嬉しいんだけどな。楽しいと思うよ。」

優しい彼のその言葉に、僕はバカみたいに嬉しくなって、結局その日のうちに僕は入部してしまった。でも、今思えばその時の先輩の優しい言葉も全て先生の為だったのかもしれない。

そう思いたくはなかったけれど・・・

これが僕と先輩との出会いだった。

先輩の名前は結城葵、先生の名前は田原秋穂と言った。

その次の日から僕は頻繁に音楽教室に訪れる様になった。

部員はほとんどが幽霊部員で、先生と先輩と僕の三人だけの日が多かった。

他愛のない会話をし、ピアノを弾く。

そんな日々の繰り返しだったけれど、今までに習ってきたピアノの練習の時間よりずっと楽しかった。

僕はピアノを弾いていなかった三年間のブランクがあった為、あまり上手く弾く事が出来なかったけれど、先輩はとても上手かった。

上手いだけじゃない。

先輩の音色はとても繊細だった。

鍵盤の上で軽やかに動く指につい、みとれてしまう。

「先輩、ピアノがこんなに上手いのにどうして音楽学校に進学しなかったんですか?」

僕はずっと疑問に思っていた事を聞いた。

「・・・別に職業にしたい訳じゃないんだ。ただ、好きな時に好きな音楽を弾けたら良いだけ。それだけなんだよ。」

そう言って笑う先輩に、ひどく心が動かされるのを感じた。

この人は、他の人とは違う。

この瞬間、僕は確かに先輩を好きになっていた。

それは蝉が泣き始めた少し蒸し暑い初夏の放課後だった。

汗ばむ背なんて気にならない程、僕は先輩だけを見つめていた。好きだなんて、言えなかった。

僕は気付いていたんだ。

先輩は先生の事が好きなんだって。

先輩の視線の先にはいつも先生が居て、僕では先生に勝つ事は出来ないんだ。

先輩は男で、僕も男だから・・・

ただ傍に居て、ずっと好きでいる位なら許されると、そう思った。

先輩と出会って二度目の春が来た。

二度目の春が来ても、僕と先輩はあの頃の先輩と後輩のままだった。

一つ変わった事は、新しく部員が入った事だった。その子は、新入生の橘映美という明るく可愛らしい女の子だった。

「武藤先輩、彼女とか居るんですか?」

いつもの放課後、突然彼女にそう聞かれ、僕は飲んでいたジュースを吹き出してしまった。

「えっ、なんで突然そんな事を聞くの?」

こうストレートに聞かれると対処に困ってしまう。

「鈍いな正、その子お前に気があるんだよ。」

先輩が笑いながら言う。

「えっ?」僕は先輩の言葉におもわず固まってしまった。

「ちょっと先輩ッ!」

彼女が頬を赤らめて先輩に抗議している。

「でも私・・・武藤先輩の事が気になってこの部に入ったんですよ?」

女の子特有の恥じらいを見せ、彼女はそう言った。

以前の自分ならば、彼女を見て可愛いと思っていただろうし、もしかしたら付き合いたいと思ったかもしれない。

でも、今は違う。

その女の子特有の可愛らしさが今は素直に受け入れられない。

それはきっと、女という性に対する嫉妬なんだ。

なんて醜い嫉妬。

自分でも嫌になる。

「結構お似合いだと思うけど。」

先輩のその言葉に耳を塞ぎたくなった。

先輩、違うんだよ。

僕が好きなのは先輩だけ。

だから、そんな風に僕をからかって笑わないで

「ごめんなさい。僕、帰ります。」

そう言って、慌てて音楽教室を後にした。

あのまま教室に居たら、きっと僕が先輩の事が好きだってばれてしまう。

そしたらもう、あの居心地の良い空間は消えてしまうだろう。なんで上手くいかないんだろう。

傍に居て、ずっと見つめていたいってそう思っていただけなのに。

それ以外の感情が邪魔をする。

愛されたいと願う欲が邪魔をするんだ。

「正!」

先輩が息を切らしながら走り寄ってきた。

わざわざ追い掛けてくれたんだ・・・

それだけで、僕の胸は高鳴った。

それと同時に、なぜ追い掛けてきたりするんだ、とう気持ちが込み上がってくる。

「先輩・・・」

「どうしたんだお前、急に帰るだなんて・・・」

「・・・ごめんなさい。」

「俺のせいか?俺がお前とあの子をからかったから・・・」

「違いますよ。僕の方こそすみません。急に帰るなんて言って・・・」

先輩のせいなんかじゃない。

自分が弱いから駄目なんだ。

もっと強ければ、誰も傷つけなくて済むし、傷つかなくて済んだ。

「彼女、気にしていたよ。いきなり変な事を言ってしまったって・・・」

「・・・そうですか。」

やはり彼女を傷つけてしまったのだと、自分の軽薄な行動を反省した。

「正、彼女とか居ないんだろ?彼女の事、考えてみたらどうだ?」

「ッ・・・」

先輩の言葉に僕は驚いて声も出なかった。

「好きな人、居るのか?」

その言葉に僕はただ、頷くしかなかった。

「そうか・・・それなら仕方ないな。」

いっその事、今ここで先輩が好きなのだと、言ってしまいたかった。

だけど、そんな事は出来ない。

今にも口から出そうになる言葉を必死に押し込める。

「先輩は好きな人、居るんですか?」

解っていて、聞いた。

居るよて言われて傷つくのは自分なのに。

「・・・居る・・・かな。」

そう言って苦笑する先輩に、涙が零れそうになるのを必死に耐えた。

「そうなんですか・・・」

やっぱり、聞かなければ良かった。

胸が、痛い。

痛い──

「明日は部活に来るだろ?」本当は休みたかったけれど、もう先輩と会える時間は限られていて、僕は断る事なんて出来なかった。

「・・・はい。」

「じゃあ、また明日な。」

そう言って笑う先輩の笑顔を見て、やっぱり自分はこの人が好きなのだと感じた。

その日の夜は、なかなか眠る事が出来なかった。

「先輩・・・」

先輩がどんな風に先生を思っているか、考えただけで涙が出た。

先輩も自分と同じ様に眠れぬ夜を過ごした事があるのだろうか?

けれど、先輩が先生を想うその姿も自分は好きなのだと感じた。

無意識に僕は自分のズボンの中に手を入れた。

こんな事、しちゃ駄目だって解っているのに手を止める事が出来なかった。

「あっ、ふっ・・・先輩ッ・・・」

こんな汚れた感情、消し去ってしまいたかった。

「あっ、あぁっ・・・」

手の中に欲を吐き出し、ベッドの上で荒い息を繰り返す。いつから先輩に対してこんな感情を持ってしまったのか・・・

最初はただ、純粋な感情だけだったのに。

「ごめんなさい・・・」

そう呟いて、その日はそのまま眠りについた。

次の日の放課後、本当は今日、部活を休んでしまいたかった。

けれど、昨日先輩に行くと言ってしまいたかったので、重い足取りで音楽教室まで向かった。

案の定と言うか、橘さんは来ていなかった。

罪悪感は少しあったけれど、昨日の今日で会いたくないというのが本音だったから正直、ホッとした。

「正!」後ろから突然肩を叩かれ、驚いて反射的に体を跳ねさせてしまった。

声の主は、先輩だったのだ。

「先輩・・・」

先輩の顔を見た見ただけで、昨日の自分を思い出してしまった。

「どうした?顔、赤いぞ?」

そう言って僕の顔を覗く先輩の顔が上手く見れない。

「な、なんでもないです。」

「熱でもあるんじゃないのか?」

ふいに額に先輩の手が当てられ、僕は体を強張られてしまった。

「ッ・・・」

「あっ、ごめん。触れられるの嫌だよな?」

そう言って先輩はすぐに僕から手を離した。

「あっ・・・」

そんなつもりじゃなかったのに。

想いは空回り、上手くいかない。

「葵君!ちょっと来て〜」

先輩は先生に呼ばれ、僕の頭をポンッと叩くと先生の元に行ってしまった。

先輩のその何気ない仕草に、あぁ、やっぱり自分には望みなんてないのだと思い知らされた。

「先輩・・・」

呟いた言葉も、届かない。

夏が来て、想いは強く膨れ上がって、もう自分にはあまり時間がないのだと思い知らされた。

それでも、踏み切る勇気なんてなくて・・・

夏休みが始まると、先輩はあまり部活に来なくなった。

「葵君、今忙しいみたいなのよ。」

先生に先輩の事を聞いてみるとそう言われ、僕が思っていた以上にもう時間がないのだと感じた。

「・・・そうですか。」

「葵君が気になる?」

落胆した僕の声色に先生はそう言った。

「ッ・・・」僕は先生に気付かれたのかもしれないと思い、言葉を詰まらせた。

「正君、正直ね。」

僕のそんな姿に先生はクスクスと笑った。

「葵君、高校を卒業したら海外に留学する予定なの。彼から誰にも言うなって口止めされていたんだけどね。」

「!?」

先生の言葉に僕は驚きを隠せなかった。

「先輩が留学・・・?

そんな事、僕には一言だって言ってはくれなかった。

先輩が手の届かない遠くに行ってしまう事よりも、この事を先輩は僕に言うつもりはなかったんだという事にショックを受けた。

そして、そんな自惚れた事を一瞬でも考えた自分に嫌悪を感じた。

結局、僕は夏休みが終わるまで先輩に会える事はなかった。

「先輩!」

「正・・・」

新学期が始まり、僕は廊下を歩く先輩を呼び止めた。

先輩はどこか元気がなく、声も少し弱々しく感じた。

「部活にはもう来られないんですか?」

「・・・いや、行こうとは思っているんだ。」

先輩は申し訳なさそうに苦笑して話した。

「留学の事で忙しいからですか?」

「何でそれを・・・」

先輩の驚いた顔を見て、やはり留学の話は本当なのだと落胆した。

「秋穂先生から聞きました。」

「・・・そうか。」

先輩はバツが悪そうに苦笑した。

「本当なんですね。」

「俺が居なくなると寂しいだろ?」

そんな、なんでもない様に言う先輩に、胸がキシリと音をたて痛んだ。

そして平常を保ち切れず、ここが廊下なのだという事も忘れ、頷いて泣いてしまった。

「正ッ!?」

先輩の驚いた声が廊下に響く。

「すみません・・・」

泣いたって、何が変わる訳でもないのに、涙が止まらなかった。

「ありがとう。」

先輩は少し嬉しそうに、困った様に微笑むと、僕の背を優しく撫でてくれた。

先輩を想い続けた二年間が終わろうとしていた。

けれど、先輩と僕の関係は二年前のあの頃のまま。想いを伝えようと思った事は何度もあった。

そしてすぐにそんな考えは諦めた。

僕は先輩が居なくなってしまった後、どうしたら良い?

先輩の居ないあの音楽教室で、残りの一年をどうしたら良いの?

「先輩ッ・・・」

僕はただ、先輩の言葉に甘えるように泣き続ける事しか出来なかった。

無情にも月日は経ち、先輩の卒業式の日はすぐに経った。

「ご卒業、おめでとうございます。」

そう言った自分の声は少し震えていた。明日からは先輩はこの学校には居ない。

そして先輩はすぐ海外に旅立ってしまう。

「ありがとう。」

桜が散る校庭で、ひどく先輩の笑顔は映えた。

「向こうに行っても頑張って下さいね。」

無理に笑った顔はひどいものだっただろう。

けれど、笑っていないと泣いてしまいそうで恐かった。

「あぁ、正もな。」

ずっと、この日が来なければ良いと思っていた。

けれど、今ではこれで良かったんだと思う。

このまま先輩の事を忘れてしまえば楽になれるのだと思った。

きっと、これで良いんだ。

「あの時、正が俺の為に泣いてくれたの、嬉しかった。正直、海外に留学するの不安だったんだ。でも、正がその不安を消してくれた。」

「ッ!?」

先輩の言葉に、胸が急激に熱くなった。

「ありがとうな。」

先輩の笑顔を見た瞬間、言葉が零れていた。

「ずっと、先輩のことが好きでした。」

先輩は僕の言葉に驚いて僕を見つめた。

言葉を、選んでいるかの様にも思えた。

「返事なんていりません。先輩を困らせてしまう事、解っていたのに、こんな事を言ってすみませんでした。」

「正・・・」

先輩の自分を呼ぶ声さえも今はただ痛い。

「さようなら、今までありがとうございました。」

無理に作った表情は笑顔にはならず、涙が流れてしまった。

これでもう全てが終わったのだと、自分に言い聞かせた。

「さようなら。」先輩が卒業してしまった春が終わり、暑い夏が来ると、僕はやっと先輩を懐かしむ事が出来た。

今、先輩は何をしているんだろうとか、元気にしているんだろうかとはいつも考えているけれど・・・

秋穂先生に、手紙を書いたらどうかと言われたけれど、書かなかった。

ただ、時々この教室で先輩と居た時を思いだせたら、それだけで良かった。

それでも、泣きたくなる時はあるけれど・・・

「正君!」

秋穂先生が慌てた様子で音楽教室に入ってきた。

走ってきた様で、先生は肩で息をしていた。

「どうかしたんですか?」

「葵君が帰ってきてるの!」

先生が校庭を指差し、言った。

僕は先生のその言葉に弾かれる様にして、音楽教室を飛び出していた。

廊下を走る僕を止めようとする先生を無視して、校庭を目指す。

「先輩ッ!」

校門に先輩の姿を見つけ、駆け寄った。

「正・・・」

少し髪が延びて大人っぽくなっていたけれど、見間違える訳がない。

先輩だ。

「先輩、なんで・・・?」

呼吸を落ち着かせながら呟くと、自然と目尻が熱くなった。「なんでって、秋穂先生から何も聞いていないのか?」

先輩が不思議そうに言う。

「えっ・・・」

秋穂先生からは理由を聞かずに教室を飛び出していた。

「全く、あの人は・・・」

先輩は僕の様子を見て、秋穂先生のミスだと思った様で、軽くため息をついた後、僕を見つめ笑った。

「向こうの学校、今休みなんだよ。それで、会いに来た。」


「会いに来たって、先生にですか?」

「お前に、会いに来た。」

見つめられてゆっくりと紡がれる言葉。

「!?」

僕は驚いて先輩の次の言葉を待った。

「卒業式の日、お前そのまま走って行ったから・・・」

「あっ・・・」

あの日、逃げるようにして先輩の前から走り去ったのを思い出した。

「お前が俺の為に泣いてくれたあの日から、ずっとお前の事が気になって仕方なかった。向こうで暮らしていても、お前を忘れる事ができなかったよ。」

「ッ・・・」

これは夢なのではないのかと、先輩の言葉を聞きながら思った。

けれどこれは夢なんかじゃない。

「あの日、言えなくてごめん。」

先輩の言葉に困惑しながらも、嬉しい気持ちが込み上がってきた。

けれど、そんな想いとは別に浮かんだのは一つの疑問。「でも、先輩は秋穂先生の事が好きだったんじゃ・・・」

そう、先輩がずっと見つめて想ってきたのは秋穂先輩のはず。

なのに、何故?

「気付いていたのか・・・」

「だって!僕はずっと先輩を見ていたから・・・」

きっと僕だけしか気付けなかった。

秋穂先生だって、知らなかったはず。

秋穂先生を好きな先輩も好きだった。

あの瞳で見つめられたいと嫉妬した事もあった。

「・・・確かにあの頃は秋穂先生が好きだったよ。でも、先生は結婚して子供も居る。すぐにって訳じゃなかったし、時間はかかったけれど、諦める事ができた。」

真剣な瞳で言葉を発する先輩を見て、これは本当なのだと感じた。

「今は・・・?」

今は誰が好き?

先輩の口で言葉にして知りたい。

「正が好きだよ。」

先輩の言葉を聞いた瞬間、僕はまた泣き出してしまった。

なんだか先輩に出会ってから、よく泣いていると思う。

「お前、俺の前で泣いてばっかだな。」

「ごめんなさい・・・」

恥ずかしくて涙を止めようとするけれど、止まってはくれない。

「いいよ。俺はお前のその涙に惚れたんだしな。」

「先輩・・・変態。」

あの日の出来事が今を大きく左右していたなんてあの時は考えもしなかった。

「そうか?」

そう言った先輩がおかしくて、僕は泣いたまま笑った。

先輩も僕につられて笑った。あの春の日を思い出していた。

先輩を好きになったあの日。

そして、想いを伝えたあの日。

先輩が居なくなってからは懐かしむ事しか出来なかったのに、今まではこんなに近くに思える。

あの日、先輩に出会えて本当に良かった。

今度は先輩と二人で、あの春の日を懐かしみたいと思う。

あの日、貴方と過ごしたあの場所で。

END

ご感想などがございましたらお聞かせ下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おもしろかったです。
[一言] ええ?、ここで終わっちゃうんですか!『悩み。』っていう短編もありましたけどすっごい短くて、ぜひ続きを書いて欲しいです。 あ、良かったら俺のも読んでください。少しBLチックですんで。↓ htt…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ