婚約もなしで結構です
訓練場に着くと授業が終わった騎士科の生徒たちと応援に来た方でごった返している。背の低い私はいつもその圧にはね返される。
今日も何とか人を避けながら幼なじみを探していると、細身の男子生徒が声をかけてきた。
「人を探しているんですか?」
「あ、はい。マティアス・ダルトン男爵令息を見ませんでしたか?」
「ああ、彼ならさっき見かけたな。こっちにいたと思う、案内しますよ」
人に声をかけながらすいすい進んで行く彼について行くと、きれいに髪を巻いた女子生徒と楽しそうに喋るマティアスがいた。彼にお礼を言おうとするともういなくなっていた。
すごい身のこなしだわ。もしかして、実力のある騎士の方だったのかしら。かっこいいわ。
スマートな振る舞いに思わず感激していたが、はたと用事を思い出してマティアスに声をかける。
「マティアス、頼まれていた物持ってきたよ」
幼なじみに声をかけたのに、楽しそうに喋っている女子生徒が私をじろりと見る。
うう、怖い。何度会っても慣れないわ。
イケメンで人気者の幼なじみはいつも女子生徒に囲まれている。特に、このスザンナ様はマティアスとよく一緒にいて、彼に用事があって会いに来るたびににらまれて気まずい。
思わず顔が引きつるとようやく気づいたマティアスが慌ただしく荷物を受け取る。
「なあに、お弁当?」
「違う違う、午後の授業に使う道具を届けてもらったんだ。スザンナが作ってくれる弁当が俺の最高の楽しみだよ」
「うふふっ、うれしい。また作ってきてあげるね」
微笑みあう2人の空気に居づらくなってそっと離れようとするとマティアスに声をかけられる。
「そうだ、モニカ。今日の出かける約束、なしで頼む」
「はい?」
「急な予定が入ったんだ、悪いな」
マティアスは早口でまくしたてると、私の返事を待たずにスザンナ様と喋りながら立ち去った。とり残された私はモヤっとした。
――こんな急に断られるなんて困ったわ……。今からだとキャンセルもできないし、1人で行っても食べきれるなあ。
今日は放課後、私が前から気になっているカフェの予約限定のケーキセットを食べに行く予定だった。
2人分から注文できるボリュームのある品なので念のためにたくさん食べる彼に頼んだのだけれど、1人で食べきれるか心配だ。ずいぶん前から楽しみにしていたのにこんな急に一方的に断られるのもモヤっとする。
とはいえ、このまま悩んでいても仕方ない。誰かに声をかけてみよう。私は急いで友だちを探しに行った。
*****
「ごちそうさま、モニカ! とってもおいしかったわ!!」
「私もメアリーが来てくれたおかげで助かったわ。付き合ってくれて本当にありがとう」
メアリーは寮で隣の部屋の男爵令嬢だ。彼女がシェアしてくれたおかげで全種類食べられた。満足した私がにこにこしているとメアリーはちょっぴり険しい顔をした。
「私もおいしいケーキを食べられてうれしかったけれど。モニカの幼なじみ、私からすると自分の用事はずけずけ言いつけているのにあなたの頼みは断るなんて、ちょっと失礼だと思うわよ」
「そうよね……。ただ、下手に言うとうるさくて」
私ことモニカはランス男爵家の娘だ。隣の領地のダルトン男爵家とは家族同士仲が良く、同い年の私とマティアスはこのままいけば婚約する予定だ。だから、家を離れて寮に入ってからはお互いに助けあっていた。
でも、ここ最近のマティアスは自分の用事は押し付けてくるのに私の頼みは断ってくる。忙しいのはわかるけれどこう何回も続くと嫌になってくるし、こっちも彼の用事を断ろうかと思う。
が、正直に言えばわがままなマティアスはぶうぶううるさく文句を言ってきてくるだろうし、だらしない息子を心配しているダルトンのおば様をわずらわせるのも申し訳ない。結局、面倒になってあきらめている。
そう伝えるとメアリーはますますしかめっ面をした。女性騎士を目指す彼女は礼節を守らない人が嫌いだ。優しい彼女に怖い顔をさせてしまって申し訳ない。
「まあ、甘ったれた男ね。私が代わりに言ってあげようか?」
「ううん、大丈夫。やっぱり一言言っておくわ。ありがとう」
「もし、嫌な思いをしたら言って。同じ騎士としてきっちり指導してあげるから」
「ふふ、ありがとう。メアリーみたいな騎士様がいれば安心ね」
頼もしい友人に笑みがこぼれると隣の席に男子生徒が1人で座った。どこかで見覚えがあると思ったら昼間会った親切な人だ。私の視線に気づいた彼と目が合う。
「あ、ごきげんよう。昼間は助けていただいてありがとうございます」
「ああ、ダルトン男爵令息を探していた方か。礼にはおよばないよ、重たい荷物を持って危なっかしい動きをしていて心配になっただけだから。今度は誰かに頼んで運んでもらうといい、騎士なら皆喜んで手を貸してくれる」
「あ、ありがとうございます。そうします……」
そんなにふらふらしていたのかしら、恥ずかしい。顔が赤くなるのを感じるとメアリーがジト目で彼をにらむ。
「オリバーったら一言多いわよ」
「それはすまない。君たちもここの名物ケーキを食べたのか? どれがおすすめだ? とりあえず気になるものは全部食べようと思うんだが……」
「はいはい、ちょっとお待ち。モニカ、この男はオリバー・フォート男爵令息。見てわかったと思うけれど超マイペースで甘いものに目がないの。というわけで、おすすめの紹介をお願い」
「え? あ、えっと、これがおいしいです」
「なるほど、これから食べよう。君たちもよかったらどうぞ」
魔道具科だというオリバー様は実験で頭をこき使って疲れているからと気になったスイーツを片っ端から頼み、私たち2人にも気前よくすすめてくれた。
人見知りの私は初対面の人、しかも男性相手だと緊張するけれど。マイペースに話しかけてくるオリバー様とぽんぽんつっこむメアリーの気さくなやりとりにつられて自然と言葉が出てくる。
オリバー様のおかげでさらに楽しくおいしい時間を過ごせて大満足だ。
妹さんへのお土産を買って帰るという彼にお礼を言って外に出ると、ずいぶんと時間が経っていた。家族以外でこんなに長くお喋りを楽しんだのは初めてだ。ちょっとうれしくなる。
「オリバー様って楽しい方ね。いろんなスイーツのことを教えてもらってうれしかったわ」
「ふふ、それなら良かったわ。オリバーは興味のあることになるとずっと喋り倒してうるさいんだけれど、あれで世話焼きな良い奴なのよ。良く騎士科に顔を出しているから困ったら遠慮なく頼って」
――2人は仲が良いんだ、いいなあ。
メアリーたちもまた家同士が仲が良い幼なじみで入学してから助け合っているらしい。私はあまり喋るのがうまくないしマティアスはすぐに機嫌を損ねるので、兄妹のようにぽんぽんと言いたいことを言いあえる2人は本当に仲が良くてうらやましい。
――オリバー様の話面白かったなあ。また、お喋りしたいな。
初めて家族以外の男性と楽しくお喋りしたからか。その夜はオリバーとのやりとりが思い浮かんでなかなか眠れなかった。
*****
「やあ、モニカ嬢。騎士科に行くの? 良かったら持とうか」
「わ、ありがとう。すごく助かるわ」
今日もダルトンのおば様から預かったマティアス宛の荷物を運んでいるとオリバー君が手伝ってくれる。
あれからオリバー君とは学園内で顔をあわせるたびに話すようになった。
気の良い彼はマティアスの荷物を運んでいるとたびたび現れて手伝ってくれるのですごく助かる。
「いつもありがとう。重たい荷物を軽々運ぶなんて力持ちなんだね」
「この腕輪型魔道具のおかげだよ。魔道具科は実験をする時に重い物や危険な物を扱うことが多いからね、こういった自分を補助する魔道具が多いんだ」
「へええ、便利だね。どれぐらいの重さの物を持てるの?」
「そうだね、これは日常で使う用だからせいぜい大人1人を持ちあげるぐらいだけど。すごいものだと装備一式をすべて身に着けた騎士科の生徒たちを持ち上げて、訓練場の端から端まで投げ飛ばしたって聞いたな」
思ったよりもすごかった。
「えええっ、何をどうしたら重装備の騎士たちを思いっきり投げ飛ばすことになったの?」
「さあ、騎士科の生徒たちには良く協力してもらっているから、いろいろやっているうちに思いついたんじゃないかな。
この間も、騎士科の生徒から婚約者のご令嬢にかっこ良くプロポーズをしたいからって『校舎の屋上から華麗に回転しながら飛び降りて着地するための補助魔道具を作ってくれ』って依頼がきたし」
「そ、そうなんだ……。それはとてもかっこいいし見てみたいと思うけれど、もう少し低いところでやった方が良いんじゃないかな。危ないし、見ている方は心配するかもしれないわ」
「ああ、それは気づかなかったな。実験している人に伝えておくよ、ありがとう」
オリバー君は感心したようにうなずく。
私だったら婚約者が飛び降りてきたら喜ぶよりも心臓が止まると思うけど。騎士科と魔導具科の方は当たり前なのかしら……。
「あ、うん。えっと、魔道具って他には何があるの?」
「そうだね、今騎士科の生徒に人気なのは剣を光らせる魔道具かな。見た目がかっこ良くてね、斬った時にいかにきれいな残像を残せるかを競うのがロマンなんだ」
「わあ、数年前に魔石をいっぱいつけたマントをひらひらさせてたうちの兄様が見たら喜びそう」
「それはかっこいいね。どんな物なの?」
オリバー君は目をキラキラさせて食いついてくる。
うちの兄様も前にやたらとキラキラしたものにハマっていたけれど、男の人ってそういうものが好きなのかしら?
魔道具科の方って発想がすごいわ。でも、何だか豪快で面白そう。
いろんな話をしているうちに訓練場に着いてしまった。しぶしぶ別れるとマティアスは今日は珍しく1人でいた。
良かった、今日はスザンナ様がいないわ。
とはいえ、他のファンがいつ現れるかわからない。荷物を渡してそそくさ離れようとすると珍しくマティアスが呼びとめてきた。
「明日の放課後、付き合ってくれよ」
「明日? 急に言われても困るわ」
「そう言われてもさ、大事なプレゼントを選びに行くからモニカに頼みたいんだ、頼むよ」
しつこく頼まれて困る。明日は特に急ぎの用事はないし、わざわざ私に頼むということはダルトンのおば様にプレゼントかもしれない。せっかくだから私も何か贈ろうかしら。
「わかった。じゃあ、放課後に門の前で待っている。今度はなしにしないでよ」
「わかってるよ。そっちこそちゃんと来いよ」
念押ししておくとマティアスはむすっとした顔で言い返す。
そのふてくされた態度に心がチクっとして、私は返事をせずに立ち去った。
*****
翌日の放課後。先に来ていたマティアスは時間に余裕をもって来た私を急かして馬車に乗った。そのくせ、馬車の中ではずっと考えごとに夢中で私のことを見ようともしない。
別に楽しくお喋りできるとは思っていないけれど、一応はお出かけだからと急いでおしゃれをして来た私は無視されて落ちこんだ。
着いたのは王都の大通りに面するおしゃれなアクセサリー屋だった。婚約者同士なのか仲良く寄り添う人たちが入って行く。
こういうところには初めて来る私もキラキラしていて幸せ溢れる雰囲気につられてうきうきする。うん、やっぱりおしゃれしてきて良かったわ。せっかくだし自分に何か買っていこうかな。
そわそわするマティアスについて入ると、彼は笑顔で出迎えた男性店員にせっかちに声をかけた。
「世話になっている女性にプレゼントをしたいんだ。彼女の瞳の紫色の宝石や魔石を使ったものを見せてくれ」
「はい、かしこまりました。ただ今ご用意いたしますので、そちらにおかけになってお待ちください」
店員の方は慣れていない私たちに温かい笑顔を浮かべて引き下がる。すすめられたソファに座りながらも私は混乱した。
紫の瞳の人って誰だろう? ダルトン夫人の瞳は深緑で、マティアスのおばあ様を始め私が会ったことがある身内の方には紫はいない。ちなみに、私も緑色だし私の家族にも紫色はいないし。
人が大勢いる所で誰にプレゼントするかなんて聞くのはとても恥ずかしい。でも、聞いておかないともっと困ったことになりそうなので、私は勇気を出して小声でマティアスに尋ねた。
「ねえ、プレゼントは誰に贈るの?」
「スザンナだよ。いつも良くしてもらっているからさ、そのお礼に何か返さないとなって思ってさ。俺はこういうの詳しくないから、モニカも一緒に選んでよ」
でれでれした顔で答えるマティアスに私は猛烈な寒気がして顔が引きつった。
確かにスザンナ様の瞳は薄紫色だ。いつも一緒にいる彼女にはお世話になっているらしいし、そのお礼にプレゼントを贈るのはわかる。
でも、明らかにマティアスを好いている彼女に、婚約者に贈るようなアクセサリを扱っているお店で彼女の瞳の色のアクセサリを選ぶだなんて。それって彼女絶対に期待するわよね。ひょっとしたらマティアスは本気で婚約を申し込むつもりなのかしら。
まあ、それはマティアスのことだから良いけれど。よりにもよって彼女があからさまに嫌っている私を連れて来て選ばせるだなんて。それって私、彼女に知られたら絶対に嫌がらせしていると思われるよね。
いやあああ、違うのよおお。
ただでさえこの間「まだ婚約していないただの幼なじみなんですわよね」って怖い顔で聞かれたのに。これ以上恨みを買いたくないわっ。
急いで誰にも知られないうちに逃げないと。
「マティアス、あなたが散々お世話になっているスザンナ様へのプレゼントはあなた1人で選んだ方が絶対に喜ぶわ。彼女、あなたのことが好きだもの。プロの方と相談してじっくり決めて彼女が喜ぶ良い物を選んで。
そういうことで、邪魔者の私は帰るわ」
「ああ? 何だよ、急に。しょうがないな、おまえにも好きなの買ってやるよ」
あからさまに不機嫌になるマティアスに胸が痛む。
マティアスは昔からいばりんぼうだけど、こんな風に私をバカにすることはなかった。最近のこともあって悲しくなる。
――私はマティアスにとって何なんだろう。呼べば来る使用人?
そう思うとますます悲しくなってきて、とにかく早く出たくて早口でまくしたてる。
「いいえ、結構です。ああ、具合が悪くなってきたわ。すぐに帰らないと途中で倒れそう、じゃあね」
「あ、おい、待てよモニカ! せめていくつか良いと思うのを選んで……」
まだ私を引き留めようとする無神経なマティアスに本当に頭が痛くなってくる。
外に出て逃げるように足早に大通りを歩いて行くと、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「モニカ嬢? 今日は1人なのか? ……と、疲れてるみたいだけど大丈夫?」
振り返るとオリバー君がいた。彼の顔を見るとほっとする。
「うん、大丈夫。ただ、一緒に来ていた人とちょっと気まずい別れ方をしてしまって、早く離れたくて」
「そうか、それは大変だったね。……もし、良かったら一緒にカフェに寄って行かない? 後で、メアリーと妹も来るし、帰りの馬車も呼べるからさ」
「いいの?」
「もちろん。さあ、どうぞ」
優しい笑顔につられてついて行くとバルコニーに席がある個室に案内された。
「妹がここの白いテディベアのアイスが好きなんだ。外はフルーツとふわふわのかき氷になっていて、中はバニラアイスを甘くてもちっとした皮で包んであるんだ」
「うわあ、おいしそう~。あ、でも、この猫のチョコプリンもいいなあ」
どれもかわいくておいしそうなスイーツばかりでうきうきする。
はしゃすぎたのかオリバー君がくすっと笑う。恥ずかしくなって黙ると慌てる。
「いや、ごめん。変な意味じゃないんだ。モニカ嬢はいつもそうやって喜ぶから、一緒に来たら楽しいだろうなって思ってたからさ。そうなってうれしかったんだ」
顔を真っ赤にしたオリバー君に沈んでいた心がふわふわと浮かぶ。
――私もオリバー君といるの好きだな。
私はどうもおっとりしているらしく、マティアスにはよく置いてけぼりにされるけれど、オリバー君は一緒にいてくれるしすごく楽しい。
「私もオリバー君のおすすめのスイーツを食べながらお喋りできてうれしいわ。今日も誘ってくれてありがとう」
うまく言えたかわからないけれど、オリバー君が笑顔でうなずいてくれて心がぽかぽかする。
その後、メアリーと妹さんも来て楽しくお喋りして、帰る頃には私はすっかり元気になった。
*****
メアリーと一緒に寮に帰ると彼女も一緒について来た。マティアスとのことを話すとかんかんに怒る。
「はあああっ!? 恋人のご機嫌とりにモニカを付き合わせたですって!? あんの浮気野郎がっ。任せて、私があの憎たらしいツラをボコボコにへこましてやるからっ」
「お、落ちついてメアリー……。気持ちはありがたいけれど、それはあなたが危ないからやめて」
「大丈夫よ、あんな訓練嫌いのへなちょこ野郎なんて一撃で倒せるから。でもまずは、恋人へのプレゼントも選べないへなちょこ浮気野郎との婚約の約束をとりやめないと。ぶっ飛ばすのはそれからね」
「うん。急いで今日のことを手紙を書くわ」
昔からかわいがってくれているダルトンのおばさまには申し訳ないけれど。今日のことで”幼なじみの私なら何をしても許される”というずるさとか蔑みが見えて嫌になってしまった。
「へなちょこ野郎の浮気の証言が必要ならいつでも言ってね」
「ありがとう、メアリー。もし、必要になったらお願い」
メアリーに助けてもらいながら、マティアスに恋人のように仲良くしている女性がいること、でも私との婚約の約束をとりやめないで自分の用事だけを押しつけてくること、そしてわがままなマティアスに振り回されるのに疲れたので婚約をやめたいことを手紙に書いて両親に送った。
よほど驚いたのか、次の日の午後に返事が届いた。おそるおそる読むと残念がりつつも「モニカが決めて良い」と書いてあってほっとする。
そして、次の日には両親から聞いたのかダルトンのおばさまからも手紙が届いた。
マティアスのわがままを謝り、私の好きにして良いと丁寧に書かれていて、私はおばさまに感謝しながらお礼の手紙を返した。
そして、婚約予定はあっさりなくなった。
おばさまに何か言われたのか、あれからマティアスは私を呼びつけてこない。
すれ違った時におしゃれな指輪をつけたスザンナ様といたから婚約したのかもしれない。ちょっとイラッとしたけど、幸せを祈っておいた。
それからはオリバー君と過ごすようになった。
彼といると心がふわふわして幸せな気分になる。オリバー君もそう思ってくれたのか、ある日顔を赤くしながらこう言ってくれた。
「あのさ、良かったら今度の学園祭に一緒に参加してくれないかな」
学園祭に身内以外の異性同士で参加するということは、婚約者、もしくは婚約を申し込むとアピールするということ。
オリバー君の言葉に舞い上がった私は急いでうなずいた。
「うん、もちろんだよ! 楽しみにしてるねっ」
*****
「モニカ、学園祭のエスコートしてやるよ」
オリバー君に借りた腕輪型魔道具を返しに行く途中でマティアスに声をかけられた。久しぶりに顔をあわせるなり意味不明なことを言ってきた彼に私は思わず白い目を向けた。
「結構です。私にはちゃんとパートナーがいるもの。あなただってそうでしょ」
「はあ? 何言ってんだ、婚約するんだから学園祭には一緒に出ないとまずいだろうが」
まだ婚約の約束が続いていると思いこんでいるのに呆れる。さてはダルトンのおばさまから送られてきている手紙を面倒だからとまた無視しているんだろう。仕方なく代わりに伝える。
「婚約の話ならとっくになくなったわよ。だから、私のことは気にせず好きな人をエスコートしてちょうだい」
マティアスは驚いたように目を丸くしたが、なぜかこれみよがしにため息をつく。
「はああああ。まだすねてるのか。あのなあスザンナは良い友だちだし、どうせ婚約するんだからさ。いちいちしょうもないことで怒るなよ」
「はい? すねてるって何のこと?」
「とぼけるなよ。この間スザンナにプレゼントを贈ったこと怒って母上に言いつけたんだろ。あの後大変だったんだからな。言いつけ通りモニカとちゃんと婚約するって言ってるのに、俺が浮気者みたいにねちねち説教されたんだからな」
「私は事実を伝えただけよ。人のせいにしないでよ」
私が抗議すると、短気なマティアスは顔を歪めてまるで私が悪いみたいにじろりとにらみつける。
「おまえって昔から大人しいフリをして不満を溜めこんでるから、気をつかわされて疲れるわ。スザンナはかわいいし気が利くから楽でいいよ」
――ああ、そう。私はずっとマティアスにそう思われていたんだ。
幼なじみの本音に私はすんっと心が冷えるのを感じた。
婚約の話がなくなってもマティアスとは家を通して関わることがあるだろうし、いつかはまあ前のように普通に話ができればいいなと思っていた。
でも、マティアスにとって私は面倒な人間なんだ。そして、私も私を見下す人と付き合いたくない。
私はオリバー君の魔道具をなでて勇気をもらうとマティアスをにらみつけた。
「そう、今まで気をつかってくれてありがとう。この際だから私も言わせてもらうね。
私も私が頼んだことは守らないのに自分の用事は平気で押しつけてくるのも、家同士で婚約の約束をしているからってあなたの好きな子に嫉妬されるのも、こうやって一方的にあなたの不満をぶつけられるのも。ものすごく嫌だし悲しかった。
だからもう、私はあなたに関わらない。私を大事にしてくれない人と一緒にいたくないから。
私との約束と同じで、婚約もなしで結構です」
感情が高ぶって一息で言い切る。すごいわ、私。思ったことをすべて言い切ったわ。
少し前の自分だったら、何事かと興味津々で見ている生徒たちの視線にしどろもどろになっただろう。でも、オリバー君とメアリーとお喋りしていたおかげで言葉がすらすら出てきた。2人に感謝する。
でも、言いたいことを言ってスカッとした私とは違ってマティアスは目を吊り上げた。
「はあっ!? 何だよ、それ。ふざけるのもいい加減にしろよっ」
廊下中に響き渡るような大声に見守っていた生徒たちが顔をしかめる。皆にじろりと見られて顔を真っ赤にしたマティアスは恐ろしい顔で私をにらみつけて手を伸ばしてきた。
「ちっ。おい、こっちに来い!」
「嫌っ!」
「ぶへあっ」
背の高いマティアスが腕を振り上げるのに殴られると思って目を閉じてとっさに突き飛ばす。と、妙な声が聞こえて悲鳴と驚きの声が上がる。
おそるおそる目を開けるとなぜかマティアスが壁に張りついていた。近くにいた男子生徒がそっと近づいてうつむいた顔を上げると白目をむいてよだれを垂らしていた。こんな時じゃなければ笑ってしまいそうなまぬけな顔だ。
「あなた、あの人に殴られそうになったみたいだけれど大丈夫? 痛みとかはない?」
「あ、はい。大丈夫です、ありがとうございます」
「それは良かった。まったくさっきから何やら揉めていたから心配していたけれど。自分の行いが悪いせいなのに逆上してご令嬢を殴ろうだなんて乱暴で最低な男だ」
「本当にね。あなた、何かあったら遠慮なく言ってちょうだい。喜んでこの男が悪いことを証言するわ」
「モニカ!」
親切な生徒たちが集まってきて心配してくれる。お礼を言っているとオリバー君が険しい顔をした屈強な騎士科の生徒たちを連れて走ってきた。
「無事……って、何だこれ。もしかして、魔道具で吹っ飛ばした?」
「あ、オリバー君。うん、そうなの。掴まれそうになったからとっさに突き飛ばしたらこうなっちゃって……」
「何と。婚約を約束していた優しいご令嬢に散々不躾な振る舞いをしたあげく暴力まで振るうとは。許しがたい。
ご令嬢が無事で心から安心しました。
私は騎士科主席を預かるナイツと申します。我が騎士科の生徒マティアス・ダルトンがご令嬢に恐ろしい思いをさせたことを心からお詫びします。
騎士科の名誉と剣に誓ってこやつには二度とご令嬢に手を出せぬように厳しい処罰を与えます。
……マティアス・ダルトン!! いつまでそうしているつもりだっ!!!」
私に声をかけてくれたナイツ様と騎士科の皆様はほれぼれするほど美しい礼をすると、こちらまでびりびり震えるような低くよく通る声を出した。
跳ね起きたマティアスは私を見つけると顔をしかめたが、怖い顔をしたナイツ様と騎士科の方々に気づくと真っ青になって縮こまる。
「せ、先輩……。これは、その……」
「黙れ。散々迷惑をかけているご令嬢への謝罪よりも先に私への言い訳をするとは。貴様には厳罰を与えるだけではなく、指導が必要なようだな。つれていけ!」
「う、うわあああ嫌だああ。モニ……ぐべへえ」
マティアスは泣きながら私に何か言いかけたけれど鮮やかな当身を食らって気絶し、一礼した騎士科の方々に運ばれていった。
「オリバー君、助けに来てくれたの?」
「ああ。奴がモニカを追いかけて行くのが見えたから、ちょうどいた騎士科の連中に声をかけてついて来てもらったんだ。遅くなってごめん」
「ううん、来てくれてありがとう。それにこの魔導具のおかげでいばりんぼうのマティアスをぎゃふんと言わせて、何だかスッキリしたわ。今なら兄様が大事にしている大剣も持てそう」
「それは良かったよ。でも、剣は危ないから違うものにしようね」
私がえっへんと胸をはるとオリバー君もまたへにゃりと笑った。
*****
その後、マティアスはナイツ様率いる騎士科の方々の監視下におかれている。
オリバー君とメアリーいわく、熱烈なプロポーズを考えるぐらい婚約者様を愛しているナイツ様は前から私への態度を苦々しく思っていたらしく、びしばししごいているらしい。
先輩たちに連れられて私に謝りに来たときには別人のように礼儀正しくなっていた。騎士科の方々の教育はすごいわ。
スザンナ様は毎日へろへろになったマティアスを世話している。ダルトンのおばさまも安心するだろう。
そして、私はオリバーと婚約した。
憧れのアクセサリ屋さんでお互いの瞳の色の指輪を作ってつけて。今日も私は彼と過ごせて幸せだ。




