第8話:それでも、愛されたい
「検査結果、届きました!」
「おお! どうだ、4人目の子は。男子か!?」
「大変申し上げにくいのですが……。女子、とのことです」
「あぁ……」
私、城ヶ崎サラは生まれる少し前から嫌われ者だったらしい。4人目の子どもが女の子だと分かった日、城ヶ崎グループの重役たちは深いため息をついたとか。
私の家は100年前からホテルやリゾート経営で莫大な富を築いた『城ヶ崎グループ』の本家。豪邸住まいで使用人もいる、自他ともに認める大金持ちだ。
そこには現社長のパパと社長夫人のママ、それと3人のお姉さまが住んでいる。私は4人姉妹の末っ子だ。そこでの生活は、手放しで幸せと言えるものじゃなかった。
お姉さまたちから私は見向きもされず、使用人たちも扱いづらそうな表情を私に向ける。この家に味方はパパとママだけだった。
幼稚園からエスカレーター進級で中学生となり3年生に上がった頃、家そのものがとうとう私をのけ者にした。
大事な話があるとパパに呼び出され、私は大理石の廊下を走った。書斎の扉をノックして中に入ると、パパはいつもと大違いのかすれた声で話し始めた。
「サラ。うちは代々、事業を直系の息子が継いできた。5人目の子を産む気力や体力も、妻にはない」
「会社なんてお姉さまが継げばいいじゃない! 今の時代、男しか継げないなんておかしいわ!」
「パパもそうしたいんだ。できることなら、娘たちに未来を託したい。城ヶ崎グループの皆が、伝統を守りながら現代の価値に合わせる最適解だと思っている」
書斎の重厚なデスク越しで、いつも威厳に満ちていたパパの顔が別人に見えた。
「ただ、大株主たちが信じられないほど保守的でね……。事実、4人目の子も女だったと分かったとき株価が暴落した。血筋を諦め、男性の重役を社長にすることで手を打つことになりそうだ」
「ふーん。それで、大事な話って何?」
「お前を、山奥の別荘へ移住させることになった。愛しい娘たちを派閥争いに巻き込まないためだ。お前が1番遠くに移るので最初に伝えた。許してくれ」
訳も分からず、私は名門の高校ではなく双葉総合高校に転校させられた。
パパは『周りの空気に馴染めなかったら大変だ』と通信制に入れて、罪滅ぼしかのように普通の家族なら1年遊んで暮らせるようなお小遣いを毎月私の口座に振り込んでくる。
中3の3月、日用品が詰まった初めての仕送りの手紙にはこう書いてあった。
『双葉総合は、途中からカリキュラムを全日制にもできる。皆と同じ高校生活がしたくなったら移りなさい。サラは自由の身だ』
小さい頃から習い事やマナーの勉強、学校でも変な派閥争いだとか何とかに巻き込まれて窮屈だった。
自由の身と言われても今更何をすればいいのかさっぱり分からなかった。別荘で働く使用人たちに聞いても愛想笑いで誤魔化される。
私、何の不自由もないけれど何の刺激もないままここで一生を終えるのかな。
今日も課題を提出するために学校のサイトにアクセスすると、チャットから通知が入ってきた。生徒全員へのメンションで、とんでもないことが書いてあった。
――双葉総合のアイドル(仮) ドリームテイル メンバー募集中! 全日制・通信制どちらも大歓迎、一緒に笑顔を取り戻そう!
「通信制でもいいよって言われても、山奥の分校はさすがに断られちゃうかしら。でもすごく楽しそう……」
活動風景として添えられた動画サイトのチャンネルを開くと、全日制と通信制の子が一緒になって歌ったり踊ったり、お菓子作りに励んでいる。
生徒ID、名前、そして自由記入欄。そこに私は迷わず書き込んだ。
『私は分校の生徒です。遠方ですが資金援助ならできます! お金に困ったらいつでも、いくらでも頼ってください! 衣装や練習場所、ステージ機材も提供します!』
お願いします。何千万でも払うから、私に生きている実感をください。
数日後、ドリームテイルから返信が届いた。快諾されたみたい。
来ないでと言ってもついてくるSPを連れて集合場所である本校の中庭に向かうと、そこには画面越しに見た6人と、初めて見た2人の女子生徒がいた。
初めて見た2人は、1人が三つ編みをきっちり結ったいかにも優等生そうな子で、もう1人は優等生さんに日傘を差されながらその陰でおどおどとしているすごく色白な子だった。
「あんた、本当に城ヶ崎グループの令嬢なの?」
「ええ。もちろん。こんなことで嘘はつきませんわ」
活動中もよく利益や経済について語っていた紗矢さんから詰め寄られて冷や汗が出たし、思わず1歩引いてしまった。どう証明しようかと思考を巡らせると、紗矢さんといえばお金の話だった。
「今からおよそ15年前、城ヶ崎グループの株価が大暴落したのは私のせいなんです。私が男として生まれて来られたらきっとこうはならなかった」
「まさか、あんたが四女の……。ふぅ……。じゃあ、私はお役御免ね。資金が無尽蔵に沸いてくるなら資金繰りなんて不要だもの」
紗矢さんは皮肉な笑みを浮かべた。来て早々、せっかくのグループの調和を乱した。私はここにもいちゃいけない存在だったのかな。
「そ、そんなつもりで言ったわけでは! 私、ただ皆さんと一緒にアイドルとして楽しい3年間を過ごしたいだけで……」
私がどもっていると、リーダーのゆめみさんが1歩前に出た。俯いた紗矢さんは顔を上げる。
「紗矢ちゃんも必要だよ。あなたがいなかったら私たち、今もここで踊ってるだけだった。紗矢ちゃんが色々なアイデアを出してくれるから、お菓子作りもできたしこうして新しい仲間を3人集められた」
「私の、アイデアが……?」
「そうだよ至田ちゃん。そもそも、倒れた林ちゃんを助けたときに至田ちゃんが呼び止めてくれなかったら私はここにいないもん」
望さんが、紗矢さんの肩に手を回す。この中庭にはいつも物理的に日差しが入らない。そんな中庭にゆめみさんの一言で、光が射しこんだように見えた。
「3人とも。ようこそ、ドリームテイルへ! 全日制の子も通信制の子も笑い合える、そんな学校を私たちで作っていこう!」
「ゆめみ、気取りすぎ」
「えへへ、そうかなぁ」
夏菜恵さんの呆れたような声に張り詰めた空気が緩んで、みんなの笑い声が響いた。




