第5話:それでも、輝きたい
この部屋から、私の夢を乗せた紙飛行機は何度撃ち落されていったんだろう。今日も皺ひとつない流行りのブランド服を着て、三脚に立てた携帯の前に立った。
リングライトが私の束感最高なつけまつげをつけた瞳に合格の『○』を映し出す。
甲高い、アイドル然とした声を作って初々しい印象を整えたら、録画ボタンをタップする。
「佐谷朋香、15歳です! 特技は最高のファンサです! よろしくお願いします!」
そして、応募先の事務所が抱えるアイドルの曲を歌って踊る。ここで大切なのは、安易にメジャーな曲を使わないこと。
向こうはきっと、何千回何万回と同じ曲を聞いて耳にタコができているはず。
ましてや、一次審査なんて向こうからしてみれば『アイドルの卵』じゃない。『自分をアイドルだと思い込んでいるだけのバカな女の子』に過ぎない。
きっと、よほどの差別化を図らない限り2秒で動画を止められる。今ここでどれだけ完璧なパフォーマンスをしたところで何も見てもらえない。だからまず普通の人には耳なじみのない曲を選ぶ。
選曲だけじゃない。これは『意識する』の範疇を出ないことだけど、歌とダンス自体に『私を見て』という気持ちは込めない方が好印象だった。
1度『PROMiSE』というグループで有名な地下アイドル事務所の合宿オーディションまで進めたけれど、『自意識過剰すぎる』と言われて1日目で落ちた。
とにかくこのグループに入りたい、このグループのために私はいます。そんな思いが伝わればいい。『自意識過剰』をそんな風にかみ砕いて、従順に他のオーディションへ活かして今日まで来た。
「アイドルに懸ける思いは誰にも負けません! ありがとうございました!」
一言余計かなと思いながら、しっかりと誠意が見えるようにお辞儀をする。最後の0.01秒まで『世界で1番可愛い佐谷朋香』を崩さない。
ピコン、と録画終了の音が鳴ったのを確認して、やっと一息つく。携帯が動作を止めてしまいそうなほど熱を持っていた。
私、絶対、絶っっ対に、アイドルになる。それなのに。
「何よ、全部落選って……。全く……」
2つも3つも受かっちゃって、どちらか一方を選ばなきゃいけなくなったらどうしよう! 胸の高鳴りを抑えながらメールアプリを開いたら、そっけない返事ばかりだった。それでも、私は諦めない。
ネットでまたアイドルオーディションを探して、曲を覚えて、応募する。これをアイドルとして適齢になった誕生日からずっと続けてきた。
「よし、次は大本命プリプロ宛ての動画……。メイク直ししてから撮ろう」
プリスティンプロダクション 通称『プリプロ』は、アイドルを夢見る女の子は誰しも1度は視野に入れる超大手事務所のことだ。
私たちが小さい頃に週間ランキングを所属アイドルの曲だけで染め上げ、今でも方向性を変えながら生き残っている。
1度のオーディションで合格者は10人以上出るけれど、それは応募者数が洒落にならないから。1万分の10、単純計算で0.01%。
その狭き門を通っても、最初はアンダーメンバーからのスタートになる。憧れのユニットに入れるなら、それでも構わない。
とにかく『普通の人間』として人生を終えるのだけは嫌だった。
コスメポーチを開け、スタンドミラーを机に置く。そこには14歳の誕生日に『朋香は1番可愛い』と油性ペンで書いた。サインもしっかり決めてある。
小さい頃から家族や友達からいつでも『可愛いね』って言われ続けてきた。それをお世辞だなんて考えられない。
私は可愛い。本気で、1番可愛い子になる。大勢のお客さんの前で、世界で私が1番可愛いって証明する。
オーディションに応募する時間を確保するため、そしていつ声がかかってもいいように、私は双葉総合高校の通信制に進んだ。
人生でたった3年の青春よりも一生『かわいい』って言ってもらえて、可愛くいることを一生許される権利をつかむ方がずっと大切だ。
学校から出される課題と、最低限の食事と睡眠、美容ルーティン以外の時間は全部アイドルオーディションに充てる。それが私にとっての青春で、夢を追いかけるための最適解だった。
まぁ、今日も3か所落ちたんだけどね……。
スクーリングの日、開いていた廊下の窓から強い風が吹きつけた。せっかく整えた前髪も、スタイリングしていなかったらあっさり崩壊していた。
生ぬるい風とセミの声の不協和音が神経を逆撫でする。珍しく中庭の方から声が聞こえてきた。あんな暗いところに目的を持って誰かがいるところは初めて見た。
そっと覗き込むと、私がプリプロ宛てに昨日送ったばかりの振り付けを踊っている全日制の子がいた。正直、一次審査を突破出来た時点で一家総出のパーティーを開いていいくらいのクオリティだった。
そうだとしても、あの子たちもプリプロのアイドルが好きなんだ。全日制の子と話すと周りから白い目で見られるかもだけど、私は可愛いからどうにでもなる。
厚底ブーツを鳴らしながら息も切らさず階段を駆け下りて、中庭の子たちに話しかけた。
私ほどになれば毎日履いているから簡単なの。この靴で家から東京のライブ会場まで遠征したことだってあるんだから。
「あの、その曲、プリプロのだよね? 私も好きなんです!」
「ええっと、いつから聞いてたんですか……? それに、耳いいんですね……。音響がなくて、そこのワイヤレススピーカーで流してるだけなのに」
全日制の半袖の制服でも、日陰でもまだ暑いみたいで、プロの指導を受ければいかにもダンサーとして輝きそうな子はその半袖すら捲っていた。
「何度も聞いて、歌って踊った曲だから。そこから聞こえてきたんです」
私はさっきまでいた通信制の校舎の2階を指さす。
「おおー! アイドルに詳しい人、来た~っ! 私たちずっと探してたんです、あなたみたいな人をっ!」
「さ、探してた……?」
「うん! 私、高宮ゆめみ。1年生です! 全日制と通信制の子たちを笑顔にして、心の溝を埋めるためにこの学校でアイドルしてます!」
「あ、アイドル……?」
誰がどう見ても、壁に向かって歌っているだけだったんだけど……。すると、校舎にもたれて腕を組んでいた子が会話に入ってきた。怪しくて1秒でスキップされるショート動画に出てきそうな子だった。
「ゆめみ。『アイドルしてる』は言い過ぎよ。別にそれで収益を得ているわけじゃない。活動資金だってまほろにアクセサリーを作らせて得た金よ。動画もカバーだけじゃ収益化は無理だし……うわっ!」
「きゃっ!」
2つの校舎に挟まれたここはビル風が強いみたいで、私はブランドもののミニスカートを反射的に押さえつけた。その指先には、全日制の子には絶対できないはずの淡いピンクのネイルをしている。
乱れた髪をさっと直す私の姿を見て、お金の話を始めた子は私を二度見した。ほら、やっぱり私って可愛いでしょ?
「って、その恰好! あんた通信制!? よく私たちに話しかけようと思ったわね」
「あれ? そんな話があるんですか?」
「あるわよ……。というか、1学期も終わりかけなのにまだ気づいてないの? 通信制なら当事者でしょ? 全日制の生徒からあなたたちがどう思われているかなんて分かりきった話じゃ……」
うん。分かってる。私も毎日『なんであんなに可愛い子がここにいるの?』って陰口を言われてるの気づいてるから。
それだけで済ませようとしたのに、私の心の中で小さな悪魔が囁いた。
――この子たち、動画配信してる口ぶりだったぞ。動画に映って話題になれば、事務所からスカウトが来ちゃったりして。けけけっ。
反対する天使は、私の中にまだいなかった。
「知ってます。だけど、私はこの世で1番可愛いから問題なしです。それにアイドル活動なんて最高にきらきらしてて、青春って感じ! ねぇ、私も仲間に入れてくれませんか?」
すると、ゆめみさんの顔がぱあっとさらに明るくなった。そう、この瞬間が私の全て。私の振る舞いで誰かが笑顔になって、結果的に私が可愛いせいってことになる。
悪魔の囁きに耳を貸した私、とっても可愛い。
「もっちろん! 一緒にこの学校のみんなを笑顔にしようね!」
ゆめみさんは私の手と力強く握手した。糸を引きそうなほど汗ばんだその手を、思わず振りほどきたくなった。なったけれど、ぱっと笑顔を咲かせた。
プロアイドルになったら、脂ぎった手を握らされる機会なんて何千回とあるんだから。
「はい。一緒に頑張りましょうね」




