第4話:それでも、憎たらしい
ウザい。うるさい。気持ち悪い。情けない。卑しい。
私という人間は人を見下すことでしか息ができない。いつからそうなったのかと聞かれれば、多分小2くらいの夏休みだ。
「ママ、私早くお菓子見に行きたい。もう行ってきてもいい?」
「もう少しだけ待って」
目の前には、タイムセールのにんじんを待つ主婦たちの姿があった。おひとり様1袋のにんじん詰め放題は、母曰く相当安いらしい。
16時になると、店員が段ボールを持ってきてにんじんをどっさり売り場に置いた。そこに主婦たちは群がり、にんじんの山に手を伸ばす。
頭にがんがん響いてくるタイムセールを告げる音質の悪い放送、安さを主張するそこら中に貼られた黄色と赤の値札が感覚器官に突き刺さる。
混じりあう香水のにおいも加わって、この店で時々鳴るチープな歌にある『楽しいお買い物』などと言っている場合ではない景色が広がっている。
「紗矢、ちょっとこの袋伸ばしてもらえる? ママはもう1袋詰めてるからその間にお願い」
「うん……」
母はそのまま主婦たちの群れに飛び込んでいき、会話を聞いていたらしい隣の老婦に肘で小突かれた。
「何よ、子どもを数に入れるなんてずるいわね」
「子どもだって『おひとり様』でしょう? 文句ありますか?」
これなら、交代でブランコに乗れる小2の方が賢いと私はこの頃から本気で思っていた。スーパーで醜く争う大人たちはバカばっかりだ。
別に、私の家は貧乏というわけでもなかった。もちろん、超がつくほどのにんじん愛好家というわけでもない。
うちの収入ははっきり言って中流だ。それなのに、私の母は『お得』という名前の魔物に食べられた。
そんな母の背中を見て、私は決めた。将来はこんなことせず、もっと優雅に生きる。ポイントで会計の端数を切ってもらうくらいは許すけど、こんな特売で醜く争わずに生きていけるようになる。
その過程で、自分が1番がめつい存在になったわけだけど。
学校から帰ってきて、ものひとつない整然とした勉強机の上で宿題をすぐに終わらせると私は早速動画サイトで通学中と同じ1.5倍速のまま経済ニュースを漁っていた。
トレンドがどうとか、次はこれが売れるとか、どこかの株が大暴落とか、そういう話だ。
2組はどうも治安が悪いようで、男子のお喋りがうるさくて授業に身が入らなかったから勉強のほとんどは家でしている。
ふと関連動画にこの数か月散々見た制服を着た2人の女子が現れた。
『ドリームテイル』……? 双葉総合に、そもそも現実の高校にアイドル部など聞いたことがない。深夜アニメじゃあるまいし。
毒々しい色が見た人の心拍数を上げるテロップが乱舞するサムネイルたちの中に混ざる、あまりにも飾り気のないそれは妙な引力を持っていた。気づくとそれをタップしていた。
……ひどかった。
手振れが目立つカメラワーク、遠くで鳴っているだけの音楽、決して上手とは言えない歌とダンス、その辺を探せばどこにでもいる女子が制服で歌い踊るだけの安っぽい動画だ。
それなのに、気づいた頃には最後まで見てしまった。4分半も無駄にした。
意味が分からない。別にお金を稼ぐためにやっているわけでも、大会に出るためやっているわけでもない。ましてや、内申点には悪影響しか考えられない。
大学入試で「高校では部活に入らずアイドルをしていました」なんて言えるわけがない。この2人はどうしてこんなことをしているのか、全くと言っていいほど分からなかった。
ただ、動画が撮られた場所はいつも廊下から自然と目に入る中庭だ。背後に映る大きな木がそれを証明している。私は意味もなく、その『ドリームテイル』が中庭に現れるのを腕を組んで待ち伏せた。
芝生がわさわさと音を立てる。あいつらが来た。3人いる。
一際目立っていたリーダーらしき茶髪の女子と、今校舎から出てきたいかにも体育会系な女子と、どこか頼りなさげな女子だ。
え、3人? 動画には2人しかいなかったのに。1人は裏方に徹しているらしい。
「あ、かなちゃん! バスケ部お疲れ様~!」
「いや、今日はオフだし……。昨日連絡した通り体幹トレーニングのフォーム見てあげるから、それが終わったら私に振り付け教えて」
「うん!」
3人はトレーニングを終えると、早速踊りだした。動画に映っていなかった3人目も、一緒になって踊っている。やっぱり裏方じゃない。このグループの意図が、構造が全く分からない。
最後のポーズが決まると、リーダーは満足そうに頷いた。
「うん、いい感じ! まほろちゃんも仕上がってきたね。また動画を撮って、この学校に笑顔を取り戻すぞーっ!」
その言葉を聞いて、私はとうとう我慢ならなくなった。学校を動かしたいなら、あんなやり方は愚の骨頂だ。
何をする気かは知らないけれど、そんなことで『この学校に笑顔を取り戻す』が達成されるなら、世界平和はとっくの昔に実現している。私は3人にずかずかと急接近した。
「あんたたちがあの『ドリームテイル』?」
「え、はい! そうです! 私、リーダーの高宮ゆめみです! で、動画に出てたもう1人の子がこの子、かなちゃん!」
どうやらこのゆめみとかいう子は脳内までくだらない夢に侵されているらしい。この形相のどこがファン第1号に見えているのやら。
「動画、見させてもらったわ。はっきり言って非効率にも程がある。あれで何が変えられるっていうの?」
次の瞬間、気弱に見えた女子……まほろが私の前に立ちふさがった。震える声で私に反論してくる。
「あなたには、ゆめみちゃんたち以上のことができるんですか?」
「……できないわ」
「じゃあ、なんで!?」
「できないけれど、そんなくだらないやり方以上の方法の提言ならできる。何を企んでるか聞かせてみなさいよ」
ゆめみは今目の前にいるまほろの肩越しに顔を覗かせて、訳の分からないことを言った。
「私、この学校でアイドルをやって、全日制と通信制の子たちの間にある心の溝を埋めたいの! そのために、この学校に笑顔を取り戻したい!」
「……は?」
聞くだけ無駄だった。あまりにくだらないお遊びだった。
確かにこの数か月だけでも、この学校……特に通信制課程の生徒たちにただならぬ気配が漂っているのは察している。あの強欲さはスーパーの主婦に似ていて近寄りがたい。
「そんなことをする必要は0よ。通信制へ逃げたくせに、何が人生逆転だっていうの。あんな連中、救う価値なんてない。今すぐにでも解散して、適当な部活にでも入った方が将来のためよ」
それだけ吐き捨てて立ち去ろうとすると、ゆめみは私の肩を思いきり掴んだ。指先が肩に食い込み、視界がガクンと揺れ動く。想像以上に力が強くてうめき声が出た。
「そうやって怒ってる人も含めてみんなを笑顔にするのが、私の目標だよ! 一緒に叶えてみない? ねぇ、名前教えてよ!」
「……至田紗矢。1年2組の全日制。って、どっちにいるかは恰好で一目瞭然よね」
「紗矢ちゃん、よろしくね! ドリームテイルの活動をもっとたくさんの人に知ってもらわなくちゃ!」
あまりに暑苦しいその言葉に、人生で1,2を争うレベルのため息が出た。




