第2話:それでも、作っていたい
この世に『まほろ』は、少なくとも2人いる。1人は、双葉総合高校全日制1年5組の林まほろ。
もう1人は、SNSで5000人のフォロワーを抱えるコスプレイヤーの『まほろ』。
ニックネームみたいな名前だから、そのまま使っても特に活動には関係なかった。
コスプレイヤーになった日は……。定義に困るところもあるけれど、ウィッグをつけて、メイクをして、ゲームと同じ格好をして初めて人前に出たのは小学5年生の頃だった。
お姉ちゃんもコスプレをしていて、それに憧れていたから。
生まれて初めて遊んだゲームが乙女ゲームで、そのヒロインの恰好をさせてもらった。学園もので、今思えばかなり簡単に再現できるものだった。
外は猛暑日で、屋内でも汗くささと制汗剤のにおいが入り乱れムッとした空気が漂っていた同人誌即売会のコスプレエリアで、お姉ちゃんと2人でコスプレをした。
高校まで10年近くの付き合いになっても色褪せない私の推し、ユウキ先輩のコスプレをお姉ちゃんがしてくれた。社会人になってこれまで以上に忙しそうにしていたお姉ちゃんとは別人のようだった。
「あれ? この子、もしかして妹さん?」
「あ、はい。妹にあっさりバレちゃって……。家族公認だからいいんですけど、こんなところ連れてきちゃってよかったかなぁって思いながら、つい」
「あはは、ですよね~。自分が同じ立場だったら結構ためらう。ふふふっ」
見た目こそ別人だけど、こうしてコスプレ仲間らしい人と話すときはいつもと変わらないお姉ちゃんだった。それが不思議で仕方なかった。これこそが『コスプレ』の醍醐味なんだと肌で感じた。
普段はしがないアニメやゲームのファンでも、変わろうと思えばここまでやれる。大きくなったら自分もコスプレイヤーになる、とお姉ちゃんの背中を見ながら自分と約束した。
フォロワーが5000人まで増えた理由は、痛みを伴うものだった。
かつて一世を風靡した社会派マンガ、『クリミナル・クリスタル』に手を出したことが原因だった。
主人公ダイヤが持ち主の願いを問答無用で叶えてしまう宝石『クリスタル』に世界平和を願ったところ、世界のルールが書き換えられ大混乱に陥る。
最終的に無個性で妙に秩序立った世界が出来上がって終わる、という話だ。
私はそこに出てくる、ルビーというキャラクターのコスプレをしてSNSに写真を上げた。選んだ理由は、ルビーが可愛かったから。
あくまでも2人の関係は『友達』とされているけれど、ルビーとダイヤはどう考えても恋人だ、結ばれないのはもどかしいとみんなが言っていた。
ルビーのゴシックとパンクが合わさった衣装、艶やかなウィッグ、作品が流行った当時にリスペクトを込めたメイク、クオリティは申し分なかったはず。それなのに、炎上した。
写真が拡散された結果、フォロワーも倍以上に増えてしまった。
『ルビーはそんな媚びた目絶対しない』
『出た、自認がルビーの女』
『また可愛いだけのコスプレで炎上かよ、もう飽きた』
私は今まで、ゲームのキャラのコスプレしかしたことがなかった。しかも、乙女ゲームの主人公ばかり。
彼女たちは個々のキャラクターというより、プレイヤーそれぞれの解釈に委ねられるところも多かった。
中学3年の頃の出来事だった。それ以来原作のファンから怒られるのが怖くなって、もうコスプレはしないと決めた。
だけど、衣装づくりだけはやめられなかった。
設定資料と手芸店の布を見比べて1番近い色を探すワクワクが、ウィッグをカットして、試行錯誤の末理想通りに仕上がった快感が忘れられなかった。私のアカウントにもう人間の写真は上がらない。
――今日は『バラ色プリンス』の主人公ちゃんのドレスを仕立ててみました。 腰の大きなリボンとバラの飾りがポイントです。 #衣装制作
近所の服屋さんが閉店するときに譲ってもらったトルソーに、静かに、無機質に赤いバラのミニドレスが着せられている。
カーテンを閉め切った23時、ただそれだけの写真を上げた。
ころころとした通知音が鳴るたびに、悪口だったらどうしよう、と背筋に嫌なものが走っていく。
あの日を繰り返さないように、ルビーの写真は消していない。時々『客寄せのために消さないのか』と怒られる。
ふと、今日もリプライが1つ増えていた。
どうせスパムか怒りのコメントだと思いながらも開くと、『N』というアカウントから文字数の限界まで感謝が綴られていた。
――突然のリプライ、失礼します。『クリミナル・クリスタル』を愛読している者です。ルビーの衣装の再現度に感動してしまいました。
――皆さんが苦言を呈しておられる表情なども私には「こんな風に穏やかな顔でいられる日が彼女にもあれば」という祈りに感じられました。素敵な写真をありがとうございます。
その人のプロフィールを覗いても、投稿内容はこのマンガへの考察と小難しいことばかり。
そんな『N』さんの温かいコメントに、気づけば私の目からは涙がぼろぼろと止まらなくなっていた。『N』さんのくれた温かい文字列が涙で霞んでいく。
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「私、この学校でアイドルがしたい!」
「……え?」「……はぁ?」
高校生活に慣れてきたばかりの春、高校最初の友達になってくれた高宮ゆめみちゃんは、確かにそう言った。同じく友達の夏菜恵ちゃんと一緒に首をかしげてしまった。
「制服でもいいけどやっぱり特別な衣装は必要だよね! てか、制服がない子たちもゆくゆくは誘うつもりだし」
「ちょ、それはさすがに厳しいんじゃ……」
「私、できるよ」
ブレザーの袖をぎゅっとつかみ、そう口に出すと同時にゆめみちゃんの情熱と謎の「N」さんにそっと背中を押された気がした。
「あ、でもの前に立つのは、ちょっと」
「え? なんで?」
「えっと、それはね。アイドルって元気いっぱいなのに私はこんなだから」
背中を押されたのに、私の足は1ミリも動かない。
「そんなことないよ! まほろちゃんはまほろちゃんでしょ?」
「私は……。私?」
「ステージに立つかは後から決めればいいよ。とにかくまほろちゃんが今言った『できるよ』を私は信じる! ……だめ?」
ゆめみちゃんの目は、あまりにも本気だった。
あーあ、なんで私『できる』なんて言っちゃったのかな。この後、自分もステージに引き摺り出されて、10着も衣装を作ることになるなんて。




