第18話:だからこそ、やめてほしい
-合宿2日目 深夜 チームA-
望のケーキを味わい、夕食も食べ皆が眠りについたはずの頃。美優はコートを羽織ってペンションの玄関先にいた。
「……外ならさすがにバレないよね」
お気に入りの手袋をしてサックスを構える。作曲用の機材や着替えなど3日分の大荷物の中にこっそり忍ばせていたのだ。
ドリームテイルに差し出した華やかなメロディーとは真逆の旋律とともに、1人だけの演奏会が始まった。
観客は降り始めた雪、舞台はペンションの玄関、スポットライトは青白い外灯だ。手袋があっても指先の感覚はなくなってきて、音は外れ装飾音もうまく乗らない。
「美優ちゃん?」
半分寝ぼけた顔で、ゆめみが美優の前に現れた。
「また1人で演奏してるの?」
「まぁ、見ての通り1人だよ。ゆめみこそどうしたの」
「トイレに起きたら、美優ちゃんの演奏が聞こえたから。なんでそんなに寂しそうなの?」
文化祭の日、美優の演奏を聴いてたゆめみの心にヒビが入ったことはゆめみ本人以外には想像もつかない。
彼女の風の音にも負けそうな声色に、美優はそっと耳を傾けることにした。
「単純に、そういう曲なせいだよ。マイナーコードばかりだから。これならどう?」
その証拠になるよう、美優はドリームテイルの曲の始めを吹いてみせる。ゆめみの表情は変わらなかった。
「曲のせいじゃないよ、まだ寂しそう」
「別に、それでもいいじゃん。あの時だってどうせ私の自己満足だった訳だし」
「嫌。聞いてるこっちがつらいの」
ゆめみは美優にぎゅっと縋りついた。厚いコート越しにゆめみの震えが美優まで伝わってくる。彼女の胸の中で、ゆめみは震える声で伝えた。
「そんな悲しい演奏するくらいなら、それ。やめてほしい」
長い沈黙が2人を包む。
ゆめみは自分の言葉の重さにようやく気付き、そっと美優の顔色を窺った。美優の声はゆめみの不安を裏切り、穏やかなものだった。
「そっか。そこまで誰かの心を動かせたなら本望だよ」
彼女はゆめみの頭を手袋越しに優しく撫でる。
「そんなに私に歌わせたかったら上手な歌い方教えてよ、世界で1番わがままなリーダーさん」
次の瞬間、2人の間を一瞬猛吹雪のような突風が駆け抜けた。
「あー、もう限界! 戻ろう。私たちまで風邪引いたら花乃に合わせる顔がない」
「うん」
-合宿2日目 深夜 チームC-
紗矢とサラがぐっすり眠る中、まほろだけは2日目朝の騒動を目撃したせいで目が冴えたままだった。相手がまだ起きていることを祈りながら、まほろはある人へ電話をかけた。
「もしもし、お姉ちゃん?」
「あ、まほろ~! 合宿見てたよ。望ちゃんマジでナイス挽回だったわ。まほろも衣装づくり、進んでる?」
「うん。明日はみんなにも手伝ってもらって一気に進めるつもり」
「ならよし! まほろにあとの9人が全仕事押し付けてるようだったら、あすみお姉ちゃんそっちに殴り込もっかな~なんて思ってたところ。まあ、年末なのに仕事納まらないから無理だけど」
いつもと変わらないあすみの声に、まほろの食いしばっていた口元は綻ぶ。
「それで、その……。1つ聞きたいことがあったんだ。お姉ちゃんも双葉総合、行ってたんだよね」
「もちろん。私の頃は服飾同好会があってめっちゃ楽しかったんだけど、まほろが入るころには無くなってたんだもん。存在しない部活を勧めてまほろを入れちゃった私最低! って超焦ったよ」
「それでね、お姉ちゃんたちの頃って……。赤と青のバッジつけてた?」
「あ、あ――……。あれね。うん。3年生の頃に始まったよ」
あすみの言葉に、まほろの目は見開かれた。
「その時って、どんな感じだったの!?」
あすみは、双葉総合高校にあの赤と青のバッジが導入された経緯を語り始めた。
あすみが高校3年生の頃、双葉総合に不審者の侵入騒ぎがあった。犯人は20代で、制服がない通信制の生徒に紛れ込み備品を盗むなどしてお縄になったらしい。
その後、通信制の生徒であることを証明するために生徒たちは私服へバッジをつけて登校することが決まった。その後すぐに全日制の生徒にもバッジが与えられた。
2色のバッジはカリキュラムの移動が激しい生徒たちを事務的に区別するため導入されただけのものだった。
「しばらくして、誰かが通信制の『青バッジにはなりたくない』って言い出したみたいで……。赤いバッジも一種の譲れないプライドみたいになってさ」
「そこから、通信制に行くことはドロップアウトでその逆は裏切り者って思われるようになったわけ。元から通信制の子って当然色々と問題抱えてる子も多いしさ」
「その後、色々と生徒同士の揉め事もあって、通信制の子はトラブル防止のため部活に入れなくされちゃった。そのせいで最後の1年だったのにあっさり友達と離れ離れにもなったっけね」
あすみが昔を懐かしむ中、まほろは窓の外に視線を向けた。再びふわふわと雪が舞っている。
(今のデザインじゃ、まだ溝は埋められない。……そうだ!)
「ありがとう、お姉ちゃん。明日も頑張るね」
「あのゆめみって子の野望、叶ったらみんな大助かりだよ。私の代以来吹っ飛んでた自由が戻ってくるんだから」
「そうだね」
「でも。無理してまほろたちが潰れちゃ意味ないから。詰めすぎは禁物。分かった?」
「うん。おやすみ、お姉ちゃん」
電話を切ると、まほろは全員の衣装のデザイン画のスカートへ大胆に斜めの線を入れた。まほろの部屋には、遅くまで鉛筆の走る音が響き続けていた。
それは、まほろなりに赤と青の境界線を切り裂く手段だった。
「よし、できた。……あ」
まほろの目は、実際に斜めに切られることを待つ布たちを捉えた。艶を抑えた素材が、10人の色を眩しいほどに放っている。しかし彼女は電気を消してベッドに入った。
(あとは明日の私、お願いね)




