第16話:だからこそ、笑えない
-合宿2日目 朝 チームB-
眩い朝日がペンションのダイニングに降り注ぐ。城ヶ崎グループのホテル仕込みだという朝食を前にしても朋香は俯き、望は誰とも視線を合わせようとしない。
カメラはもう回っている。視聴者たちは姿を現さない花乃や様子がおかしい2人に心配のコメントを打ち続けていた。
「あれ? 花乃は? やっぱりまだ倒れたままなのかな……」
「菊池ちゃん、急に高い熱が出ちゃったんだって。下がるまで休ませないと危ないってお医者さんが言ってた」
「そう、なんだ……。今日は雪遊びなのに、みんな揃わなくて残念」
花乃が倒れるよりも前にこのペンションで何が起きたか知らない夏菜恵と配信の視聴者たちは、花乃の無事を心の中で祈りながら浮かない顔の2人を見ていた。
すると、城ヶ崎家の使用人がたった今焼きあがったというフレンチトーストとはちみつがたっぷり入ったポットを運んできた。ダイニングにバターと卵の甘い香りが満ちる。
「うわーっ。朝からこんなに卵が染みたフレンチトーストなんて……。しかもはちみつこんなにかけていいとか、これには昨日のショックと練習の疲れも癒えちゃうなぁ」
「それ、昨日の夕飯にプリンが出た時も言ってなかった? ふふっ」
「うん。スイーツは多分、いや絶対世界平和だって成し遂げちゃうからね〜」
フレンチトーストを口にした途端、望は笑みを取り戻した。夏菜恵もつられて笑顔になる。そんな中、朋香は毒を含んだ声色でつぶやいた。
「そのせいで太ったんでしょ?」
望のふっくらとした手は、フレンチトーストをそっと皿に戻す。
次の瞬間、望の拳がテーブルへ思い切り叩きつけられた。空気が外気以上に凍り付く。
トレイを持ち下がろうとした使用人も肩を跳ねさせ、けたたましい音とともにそれが床に落ちる。テーブルに置かれた食器も跳ねて、コーヒーの染みがテーブルクロスへと広がった。
望の拳は叩きつけられたまま動かず、わなわなと震えている。
「今、なんて言った?」
-合宿2日目 朝 チームC-
「合宿効果は絶大ね。練習風景を1日流しただけでも署名が一気に600まで増えた。今日はいよいよ観客にとってのご褒美を投下する日、今日中に1000筆達成も夢じゃないわ」
片時も配信や署名の動向から目を離したくないという紗矢のため、皆と変わらない食事がサイドテーブルに所狭しと置かれている。
まほろとサラは優雅にダイニングで朝食を楽しんでいる一方で、紗矢はすっかりドリームテイルの策士としてその身を捧げていた。
ガンッ!
穏やかに朝食をとっているだけの時間に似つかわしくない音が配信から聞こえ、紗矢は椅子から飛び上がった。
練習状況を共有するため他のチームにも配信が垂れ流しになっており、9人が、配信の向こうの数百人が望に視線を向けている。
突如響いた鈍い音の発端はあの村上望だった。
「な、何やってんのよもうっ……!」
紗矢は高速で配信のコメントをスクロールし遡る。激流のコメント欄には『太ってるのをスイーツのせいにされた望が怒った』というようなことが大量に書かれている。
「え、なんで……? あの子、体型についてどうこう言われてもずっと笑い飛ばしてたじゃない……。なんで? 何も今、このタイミングで爆発してるのよ……!」
『今? うふふっ。『そういうのばーっかり食べてるから、そのせいで醜く太ったんでしょ?』って言ったんです』
『私が太ってるのはどっちでもいい、自分でも分かってるし嫌だとも思わない。だけど、だけど……。お菓子のことを悪く言うのだけは嫌!』
『世の中の女の子がどれだけ食べたいもの我慢して運動してそれでも叶わなくて毎晩0.1キロの違いに、脚の太さに、顔の大きさに泣いてるか! 昨日散々言ったでしょ? その苦しみから逃げ回ってるくせに!』
画面の中では夏菜恵が2人を仲裁しようと右往左往している。コメントはそれを地下格闘技の試合かのように囃し立て、祭りのようになっている。
『2人とも、落ち着いて!』
『もういいっ! みんなのことも、もう知らないっ!』
『ええ。あんたなんかアイドル失格よ! さっさと消えて!』
夏菜恵の仲裁や制止もむなしく、望は悲鳴のような捨て台詞を残し画面外へと姿を消した。
一方の朋香は、俯きながらも1人の醜い人間を神聖なアイドルの舞台から退場させたという愉悦で口角が上がろうとするのを堪え続けていた。
-合宿2日目 昼 チームA・チームC-
朋香が望の逆鱗に触れてしまっても、予定されていた雪遊び配信が強行された。誰もが予期しなかった事態に、皆遊ぶに遊べない姿をさらけ出している。
ソリ滑りに雪合戦、雪だるま作りなど雪遊びをこれでもかと用意していたゆめみも、真顔で雪山を滑り降りてきた。
「ゆめみさん、気持ちは分かるけれど……。あなたが落ち込んでいるとみんなどんな顔をしていいか分からないわ」
「だって、かなちゃんたちが心配で」
「気持ちは分かるけれど、今は配信中。切り替えていきましょ」
サラに促され、ゆめみはまたとぼとぼと山を登ってはソリに縮こまって滑ってくる。そして、また登っていく。
(こういうことじゃないんだよなぁ……。私はただ、友達が心配なだけなのに。それでも元気なフリをしなきゃいけないなんて)
何度目かのソリ滑りを終えてゆめみが顔を上げると、固定されたカメラの前でまほろと瑠璃子が小さな雪だるまを量産していた。
「雪遊びなんて、幼稚園児の頃以来でしょうか」
「うふふっ。瑠璃子さんの雪だるまって可愛いサイズなんですね」
まほろの発言に瑠璃子は顔を赤くして反論する。
「大きな雪玉がコントロールできなくなったら事故のもとです!」
「誰もそこまでは考えて作ってないんじゃないかなぁ……。そういう所が瑠璃子さんのいいところでもあり、抜けてるところなのかも」
「確かに、この性格が悪さをして私は様々な楽しい機会を失ってきたんでしょうね」
瑠璃子の雪だるまたちはカメラの前で全員が等間隔、同じ大きさで並んでいる。自分たちが笑顔を取り戻すため始めた合宿は、まだ半分を過ぎたところだ。
アイドルが合宿配信中に喧嘩、しかも体型というタブーを舞台にしたらしいという騒ぎは、ドリームテイルの名前を初めてSNSのトレンド圏内へと押し上げた。
その一方で、全ての発端の朋香だけは先ほどの喧嘩が嘘かのように振舞っていた。パステルピンクのソリで勢いよく雪山を滑って、完成された可愛らしい声を上げている。
「きゃ――っ! 冷たいっ! ほら、サラさんも一緒に滑りましょ?」
「え、ええ……」
「うふふっ、城ヶ崎グループが誇るパウダースノー、もっとアピールしなきゃですよ!」
ゆめみや瑠璃子たちをそっと見守っていたサラも、朋香にカメラの前へと連れ出されていく。彼女は仮面の下で、勝利の味を未だに噛み締めていた。
サラの登場に配信コメントは再び盛り上がりを見せたが、SNSは未だに朝の衝撃が響いたままだった。
『望、チャレンジャーだなって見守ってたけどダメだったか……』
『朋香マジで怖くて最高 こんな子現実に存在してるなんて』
『どんな殺伐としたアイドルドキュメンタリーでもギリギリ拝めない光景』
双葉総合がどうなろうと自分たちは関係ない『ファン』や、それでもないさらに外側の人間たちからの声が紗矢のモニターへと流れてくる。
どんな形であれ、同時接続者数やフォロワーは朋香たちの喧嘩を境に急増を始めた。署名だけは頑なに動かず、2日目の朝からは取り下げる動きすら出てきた。
椅子に全身を預けた紗矢の目から、涙が零れる。
「もう、終わりね……。私たちが双葉総合史上最悪の反面教師よ」
美術品のようなシャンデリアを見上げ、紗矢は引きつった笑みを浮かべた。




