第15話:だからこそ、10人で
-合宿1日目 昼 チームA-
ゆめみと瑠璃子は練習時間と配信が始まると同時に美優を引き留めだした。彼女はメッシュ入りの髪を揺らし、一際大きな荷物を抱えて個室へ籠ろうとする。
「てことで、私は作曲に戻るから2人で練習してて。終わったら声かけて」
「待ってください、石井さん! 10人で歌うと告知してしまったのですよ!」
「今の私たちは美優ちゃんと10人で歌って初めて『ドリームテイル』って名乗れるの!」
ノートパソコンやMIDI用のキーボードを持ち込んできた美優は作曲でこの1日を潰す気でいたのだ。
「曲ならもうっ、できているではありませんか!」
「アレンジがまだピンとっ……。来てないんだって!」
「そもそも、そのような派手な髪色は高校生らしさから逸脱しています、黒染めしてくださいっ……!」
「そんなの持って来てるわけないでしょ? ってか、うちの校則って身だしなみのことは緩めだったじゃんっ……!」
引っ張り合いとなる3人が部屋の隅に映り続け、配信のコメントには早速笑いが溢れる。
「美優ちゃん、中庭ライブは全員が主役って決めたでしょ! お願い~っ!」
「そんなの不可能に決まってるでしょ、アイドルってものは基本センターとそれ以外で二分されるんだから! それに私は作曲担当でスカウトされただけのつもりなんだけど」
「そういうガチガチな考えを解すために合宿するの! 美優ちゃんもステージに出てもらうから!」
大騒ぎの末、美優は作曲者直々に2人へ細かなメロディーを教える立場としてレッスン用の広間に残ることとなった。
「やっと落ち着いてくれましたね。美優さんが暴れたせいで練習時間が大幅に減ってしまいました」
「まぁ……。次は花乃も来て激しいダンスは避けるって聞いてるから、歌に集中して練習しました、でいいんじゃない?」
キーボードを弾きながら、美優は自ら作った複雑なメロディの中で2人が迷わないよう手を取り続けた。
-合宿1日目 夜 チームC-
チームCの配信はグループの司令塔を覗き見しているかのような景色が続いた。
まほろが色とりどりの布に型紙を当てて鋏を入れていく横で、紗矢は常に署名の集まり具合や配信のコメントを目を皿のようにして見つめていた。
サラは城ヶ崎グループの名前と人脈を武器にしてあちこちの業者に連絡を入れ続けている。
「サラさん。衣装代は前の10倍、ステージ代なんてもう私には分からないくらいの額で……。これ、本当に私たちが使っちゃっていいんですか?」
「ええ、もちろん。正直これだけお小遣いをもらっても使いどころがないもの。……あ、もしもし? 1月15日の件、どうでしょうか。はい、はい。ありがとうございます!」
またどこかと都合をつけたらしいサラの明るい声が響いた。
「サラ、次は何を確保できたの?」
「ステージ設営は2つ前に連絡したところへ全部お任せできそう」
モニターから目を離し、紗矢はサラに向き合う。
「今かけたのは……。あまり考えたくないけど、中庭が使えなかったときの保険で押さえたライブハウス」
「1月15日……。それにしても、ゆめみは下旬って言ってたのにかなり早まったわね」
「1月末はテスト直撃だったんだもの……。仕方ないわ。まほろも、手伝って欲しいことがあったらすぐに言ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「どちらにせよ日付はテスト直前。みんなライブを観る余裕があればいいんだけど……」
サラの少し沈んだ声色の一言を最後に、3人は再び静かにそれぞれの課題と向き合い続けた。
-合宿1日目 深夜 チームB-
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フィジカル重視の夏菜恵、プロ志向の朋香と2人にレベルを高められる望と花乃。
4人は3チームの中で最もストイックな雰囲気を放っていた。あの花乃までもが体調と相談しながらダンスの基礎練習に参加するという。
「サラの家、医者と看護師まで用意したなんて。花乃の気合いにもびっくりだけど、私も責任重大だね」
花乃は練習への参加を夏菜恵に1度は止められたが、彼女は皆に頭を下げた。
「私にもやらせてください。私、ここでの活動でみんなと同じように歌って踊れるようになりたいんです。お願いします!」
「……分かった。そこまで言うなら、10人でステージに立つためできることは全部やろう」
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練習を終えてカメラを止めたのち、静寂の中でことは起きた。入り組んだ窓枠の影が檻のように広間の床へ落ちる。
暖炉の火を消してしまえば、山奥のペンションはあっという間に身体の芯から冷え込むような空気に満たされる。
夏菜恵が早寝してしまった隙をついて、朋香が望と花乃を暗く静まり返った広間へ呼び出したのだ。
青白い月明りだけが照らすこの場で、俯く朋香の表情は2人には窺えない。
「佐谷ちゃん、急に呼び出してどうしたの?」
「さ、寒いです……。せめて暖房つけませんか……?」
一方は相変わらずのぽっちゃりで、もう一方は幼い頃から華奢なまま。そんな対照的な身体を寄せ合う呑気な2人に対して、朋花は溜まりに溜まっていたという感情を爆発させ2人をひたすら罵り始めた。
望に対しては、これまで本音を押し殺してきた体型への指摘をこれでもかというほどぶつけた。
どうしてアイドルを名乗りながらそんなだらしない体型のままでいられるのか。アイドル以前に世の中の女子はスペいくつなりシンデレラ体重なりまで身体を絞ることに命をかけているのに。
そんな体型で見せつけられるチアの衣装なんて観客にとっては見る苦痛でしかない。開き直るのもいい加減にしろ、と。
花乃に対しては、どうして彼女は無条件に愛されるのに自分はどれだけ努力しても報われないのかと吐き散らした。
自分は毎日オーディションに向けて自分を取り繕い、歌いたくもない歌を歌ってそれでも認められない。
花乃は病室に寝転がっていれば皆が心配してくれる。歌詞を書けば魂の叫びだと称賛され、歌って踊ってみたいと宣言しただけでそれを聞いた全員が涙を流す勢いで喜んでくれる。
自分は毎日それを繰り返しているのに誰も認めてくれない、と。
このまま夜が明けてしまうのではというほど、朋香は2人に悪魔のような形相で怒鳴り続けた。
望の肩は震え、花乃の呼吸は浅くなり始める。
「2人ともアイドル舐めないで。アイドルは魔法使いじゃないし、何でも叶うステージなんて存在しない。アイドルにとってステージは、ステージは……」
ようやく顔を上げた朋香の瞳は、月明りすら拒絶するように黒く濁っていた。
「殺し合う場所も同然です」
声色こそいつもの調子をいくらか取り戻したが、表情に彼女が四六時中浮かべていた愛らしさはどこにもない。
「私、高校卒業までにプロアイドルになれなかったら首括って死ぬつもりなので」
2人に背を向け、朋香は広間を去っていく。望は深夜に似つかわしくないほど声を張り上げた。
「佐谷ちゃん、何もそこまでっ……!」
望の反応は人間として当然のものだった。
命を落としてはどうにもならない。外見以外にも夢中になれることはこの世に山ほどある。
ただ、憧れのプリスティン・プロダクションに指名されて受けた最終審査にまで落ちた朋香の心はそんな綺麗ごとを受け付けない。
望の声にばっと振り返って、朋香は決定的な言葉を2人の心臓に突き刺した。
「可愛くない人間なんてこの世から全員消えればいい! ブスも、デブも、シワまみれで垂れ下がった顔面の人間も見ると吐き気がする。そして私は、可愛い子しかいない世界で『世界で1番可愛い私』でいたいの!」
(夢が叶わないのなら、せめて綺麗なうちに死なせてほしい。私が1番可愛いって世界に認められないなら、もう生きてる意味がない)
朋香の瞳はもう2人を見ていなかった。そう遠くないうちにやって来る、自らの可能性が閉ざされてしまう日を朋香は見つめている。
2人から朋香の背中が見えなくなったころ、花乃の身体がくらりと床へ崩れ落ちた。望が受け止めようにも、間に合わない。
花乃に差し伸べた腕は空を切り、身体全体も望には急に重たく感じられた。彼女もまたどさりと床に転んでしまう。
広間の床に2人の身体が叩きつけられた。鈍い音の直後、個室の方からどたどたと誰かが走ってくる。
「今の音何……!? 望? はっ……! 花乃っ!!」
夏菜恵が広間に飛び込んだ頃には、花乃の呼吸は浅くなり身体中から汗が噴き出していた。声をかけても必死に息をするばかりで応えようとしてくれない。
「ちょっと、お医者さんたち呼んできて! この子を独りぼっちにしたくないの!」
「分かった」
花乃はペンションへなだれ込んできた専属看護師たちに運ばれ、別棟で休むことになった。
朋香はこの騒ぎでも翌朝まで姿を見せなかった。ペンションの扉が閉ざされ、静謐が戻る。夏菜恵は唇を噛み締めた。
「私のせいだ……。私が、花乃にもトレーニングや練習をさせたから……」
「菊池ちゃんなら、きっと大丈夫だよ。今は私たちも横になろう?」
望はその夜、生まれて初めて自分の体型に疑問を抱いた。ベッドの上で身体のあちこちをそっと掴む。
ふっくらした手は生地をしっかりこねるためにあるのだと信じていた。
周りの子より横に大きな身体は落ち込んでいる友達を包み込むためにあるのだと信じていた。
明らかに太い腕や脚だって、買い込んだお菓子の材料たちを何とか持ち帰るためにこの太さなのだと信じていた。
(そうだよね。本当にこれでいいなら、みんな私みたいに好きなものを好きなだけ食べたいに決まってる。このままじゃいけなかったんだ。でも、変えたいなんて今初めて思っちゃったんだもん)
望は横になり、天井を眺める。
「どうしたらいいか、全然分からないよ」
こうして、ドリームテイルの合宿1日目は28時にようやく幕を閉じた。




