第12話:それでも、一緒に行こう
美優によってドリームテイルの輝きがあっという間に上書きされた。
しかし学校の噂として残ったのは未だにドリームテイルで、その直後にステージを支配してみせた石井美優の名前は生徒たちに覚えられることはなかった。
その文化祭から1週間もしないうちに、手術を終えたばかりの花乃からドリームテイルのグループチャットへ1つの依頼があった。
『あの文化祭でゆめみさんたちの後に出てきた石井美優さんの演奏を私も聴かせてもらいました。とても素敵でした。あの人の曲に、私の歌詞を託したいんです』
チャットで送られてきたメッセージの最後には、確かに『石井美優をドリームテイルに引き入れてほしい』と書かれていた。
全日制1年2組の石井美優を花乃の願い通りドリームテイルへ加入させるため、同じクラスの紗矢と望は彼女に交渉を試みた。交渉材料は有り余るほど持っている。
終業のチャイムが鳴った途端、2人は美優に直撃した。席が誰よりも教室の扉に近い美優の元へ一直線に駆け出す。
ヘッドホンを首にかけた美優は紗矢に道を阻まれ目を見開きながら立ち止まった。
「この前の文化祭、覚えてないとは言わせないわよ。私たちはあなたの才能を欲している」
美優は紗矢をかわして立ち去ろうとする。すかさず望がそれを阻止した。美優は彼女の身体にふわっとぶつかる。
「石井ちゃん、訳あって帰すわけには行かないの。話だけでも聞いて! これ食べてる間だけでいいから!」
どこからともなく望は手作りクッキーの詰め合わせを美優に押し付けた。突如始まった2人の大立ち回りに、担任や生徒の視線が突き刺さる。
「ちょっと来てもらうわよ」
2人に手を引かれ、美優はあの中庭へと足を踏み入れた。そこには瑠璃子と朋香が待ち構えていた。
「全く。人の大事な手術を感動ドラマに仕立て上げた次は集団での無理やりな勧誘とは。完全に黒ですね」
「そう言いながら瑠璃子さん、私よりも先に待ってましたよね?」
「教室とここが近かっただけです」
押し付けられたクッキーを口にしながら、美優はベンチに腰を無理やり下ろされる。
「早く帰りたいんだけど」
「ええ、帰してあげるわ。私たちの交渉に答えを出してくれたらね」
「お断りします」「まぁまぁまぁ……」
美優はベンチから立ち上がり、それを紗矢たちがそっと押し戻す。傍から見ればコントのようなやり取りが続く中、紗矢は真剣な眼差しで美優を見つめた。
「いい? 私たちドリームテイルはあんたに歌声と歌詞を提供する。その代わり、あんたは私たちに曲を提供する。あくまでも"今は"たったこれだけの取引よ」
「ごめん。私、あんたたちのライブよく覚えてないんだ。10年前のプリプロの曲を持ち出したことは覚えてるんだけど、正直あの時は不安に押しつぶされそうだったから」
美優の手が制服のスカートをぎゅっと握りしめる。その隣に朋香が寄り添った。
「覚えてなくてもいいですよ。ドリームテイルはただのアイドルごっこじゃない。私が保証します」
「いや、保証するって言われても」
「私はプロのアイドルオーディションに何度も挑戦してきました。それだけ落ちたってことだけど、1次審査で門前払いされただけじゃありません」
朋香の目に、もうこのグループを踏み台にするという下心はない。グループを利用して掴んだチャンスも実らずプロのアイドルへの夢は折られてしまったからだ。
「そんな私が許せるラインの実力をドリームテイルは持っている。それで保証できませんか」
「アイドルオーディションって……。どうせその辺の地下アイドルでしょ?」
「失礼な! まあ、地下のオーディションも受けてますけど……」
朋香はオーディションの履歴をそらで語り始めた。1次審査脱落、2次審査脱落、合宿オーディション1日目脱落などと続く中1つの結果に美優の身体がぴくりと反応した。
「プリスティン・プロダクション、最終審査脱落」
「さ、最終審査!? 今、最終審査って言った!?」
美優の低い声が熱を持ち、中庭に響いた。
「うん。ドリームテイルの動画を見た関係者からスカウトが来て、いきなり最終審査に挑戦させてもらえたんです。結局落ちちゃったから私はここにいるんですけどね」
「……そっか。確かにあんたたちは単なるコピーユニットで片づけるには惜しい輝きを持っていたような気がする。だったら尚更、私はそれを邪魔するだけだよ」
「待ってください!」
瑠璃子の鋭い声が、今にも中庭を去ろうとする美優を引き留めた。
「私たちが持っているのは歌とダンスの質だけではありません。今、私たちはどうしても作曲をできる人が欲しいのです」
瑠璃子の手で、ノートの切れ端1枚が美優の前に突き付けられる。
リングノートから丁寧に破り取られたらしいその紙は、その丸の連続を色濃く残している。鉛筆の薄い線で彼女の思いが書き留められていた。まばらに蛍光ペンのごく短い線が引かれている。
美優はそれに吸い寄せられた。歌声だけでなく、メッセージ性のある歌詞も彼女が欲しているものだったのだから。
――目覚め方も分からずに 君からのモーニングコールを待ってるんだ
(なんて……。後ろ向きなの)
花乃が書いていたのは、ドリームテイルのためだけに書いたという詩だった。希望に溢れたふりをして、どこか立ち止まっている。
その中から蛍光ペンの部分を拾ってみれば9人どころか美優の名前まで歌詞に織り込まれていた。
――輝きには届かないな
――歌姫にはなれない僕ら
(こんなの、卑怯だよ。みんな十分に輝いてるくせに……)
ぐんぐん日が傾いていく中庭に、カラスの声が響く。
交渉開始から遅れて、ゆめみとまほろも5組からやって来た。
「美優ちゃん。私たちどうしてもこの曲が歌いたいの。それに曲をつけてくれるだけでいいから!」
「ゆくゆくは私にも歌わせる気なんでしょ。さっき意味深に"今は"曲を提供するだけでいいって言われた」
「何よ。契約前に条件を全て提示しないと、瑠璃子に怒られるから言ったまでよ」
紗矢は腕を組みそっぽを向く。
(作曲以上のことをやらされるのはごめんだ。でも、それでも……。もし一緒に過ごす中で私も歌える日が来るのなら……)
美優はごくりとつばを飲み込んだ。
長い沈黙と本人の葛藤の末、美優はついに首を縦に振り花乃の歌詞を受け取った。鞄にしまうと、首にかけたヘッドホンをつける前にゆめみたちの方へ振り返った。
「バカみたいに暗い曲ができても知らないよ」
美優がわざとらしくにやりと笑うと、ゆめみは強くうなずいた。
「その時は私たち、とびっきりかっこよく歌うからね」
交渉成立からしばらくすると、プロのアイドルにも劣らない音源がドリームテイルの9人の元へ送られてきた。
美優は自分の言葉を裏切り、ゆめみたちらしい明るい曲を作った。歌は合成音声が棒読みで歌っている。
『歌声は仮につけただけだからガイドメロディでしかない。後は好きに歌って』
ついにオリジナルの曲を手に入れたドリームテイルは、さらに活動を加速させようとしていた。




