第11話:それでも、歌いたい
夏を境に一気にメンバーを増やしたドリームテイルの活動は、確実に学校の内外へと広まっていた。動画の再生数は多い動画では1万に達し、フォロワーも増え続けている。
全校生徒が待ち望んだ11月3日、暗い中庭の代わりにグラウンドへ建てられた仮設ステージ前にはこの学校のタブーに触れたアイドルたちを一目見ようと続々と生徒や保護者が集まっていた。
最後列の喧騒の中ではSP数名を連れた恰幅の良い男性がピンクのラインストーンで飾られたスマホケースの携帯を掲げて彼女たちの出番を待っている。
「会長、どうかお座りください。撮影でしたら我々にお任せを」
「いや、私にやらせてくれ。これまで上の娘たちの教育と事業の方に付きっきりで見てやれなかった、サラの晴れ舞台なんだ。私の目で見守らせてほしい」
「では、その携帯は……。失礼ながら会長のものにはとても見えませんが」
「サラの頼み事だ。私に自分の携帯を預けてまでのことだ。気軽に他人に渡すわけにはいかんだろう」
砂ぼこりを巻き上げながらグラウンドに風が吹く。サラの父は、幾度となく見送って来た四女の晴れ舞台で見られたであろう姿を想像し鼻をすすった。
ステージ横のテントの中、8人が纏っているのは、まだ誰も知らない新衣装だ。
何層ものフリルが重なるミニスカートを中心にしたそれぞれの色のチアリーダー姿で、学校の体育祭ではお目にかかれないボリュームのポンポンを手に自分たちの出番を待っていた。
それぞれの所属を示す赤と青のバッジも胸元につけられ、陽の光を反射している。
サラは父が涙しているとは夢にも思わず、皆に目配せする。
「まさかパパを三脚代わりにするなんて。みんな度胸の塊ね。最高だわ」
「だって、当日来られる私たちの味方がサラちゃんパパだけだったんだもん」
口を尖らせるゆめみの隣で、紗矢は愉悦の笑みを浮かべていた。
「くくく、その調子……! 同時接続者数は過去最高、投げ銭は相変わらず受け取れないけど、最高の瞬間だわ……! さっきおっさんの野太いすすり泣きが入ったってコメント欄はざわついてるけど」
「その声の正体は世界レベルの社長だよ、なんて言ったらひっくり返るだろうね。……ふぅ。まほろたちも行ける?」
バスケ部の試合前と同じように夏菜恵が息をつく。まほろと朋香は皆から少し離れたところで、ポンポンの可愛らしい振り方を本番直前になっても研究している。
「いいですか? 練習用とは違ってかなり大きいのであまり顔に寄せるとせっかくの可愛い顔が隠れちゃいますよ!」
「は、はい! 先生っ!」
「恥ずかしくても、思いっきりポンポンを高く掲げて……。こう! ですよ!」
「はいっ!」
2人はこれから披露するダンスの1つの決めポーズをとって、しゃらしゃらとポンポンを震わせた。
「それにしてもこのふわふわのポンポンと衣装、天才的に可愛い! さすが林ちゃんだね」
「そう、かな……。ただ、普通のチアリーダーの衣装じゃつまらないなって思っただけです……」
料理同好会からの差し入れであるワッフルを手渡しながら、望は瑠璃子の携帯画面を覗き込んだ。
そこでは手術を10分後に控えたはずの花乃とのチャットが未だに続けられている。
「の、望さん。近いです」
「あ、ごめんごめん。ってか、手術直前ってチャットできるんだ。もう麻酔で寝ちゃったかと思った」
「いえ、そういうわけではなく。こんな直前に伝えるべきことではないのですが、設備点検の影響で花乃さんの手術が1時間遅れるそうです」
「え、本当? ちょっとー! みんな大変ー! 菊池ちゃんライブ観られるってさー!」
望の声に、ドリームテイルの面々は一斉に彼女たちの元へ駆け寄った。
「ビデオ通話にしましょうか」
横向きになった画面の向こうでは、花乃が手を組み直しながらこちらを見つめている。点滴や心電図に繋がれて、彼女の少し高めな脈拍数が生々しくモニターに映し出されている。
『もうすぐライブなのに、わざわざありがとうございます。私、昔からこんな身体になったこと以外は運がいいみたいで……。不安だけど、みんなのライブに元気をもらって手術頑張ります』
「って、あんたじゃなくて医者が頑張るんじゃ「至田ちゃん空気読んで」「もごもご……」
紗矢は望に差し入れのワッフルを口にねじ込まれた。
『ふふっ、うふふっ。みんなが緊張してないみたいで安心しました。ライブ、どうかうまく行きますように』
「ありがとう、ここは私たちに任せて、また元気な顔見せてね」
『はい!』
通話が切れると共に、8人は円陣を組んだ。鮮やかなポンポン越しに8人の手が重なる。
ここにいない花乃の思いを届けるべく自分の青と彼女の白のポンポンを片手ずつ持っていた瑠璃子の手が震えていた。誰よりも早くその異変に気がついたのは夏菜恵だった。
「瑠璃子?」
「ごめんなさい、私……。怖いです……。こんな、秩序を乱す格好で人前に出るなんて、人生で考えたこともなくて……」
「私も一緒だよ。正直すごく怖い。バスケとアイドル、どっちつかずな私を先輩たちはどう見るんだろうって」
「さあ、不安な話はもうおしまい! 私たちなら絶対できる。最高の笑顔を届けに行こう!」
――次に登場するのは今双葉総合を騒がせに騒がせているあの9人が初のリアルライブ! 都合により8人での出演ですが、盛り上がっていきましょう! ドリームテイルの皆さんです!
司会の呼び込みとともに、ゆめみが声を張り上げた。
「ドリームテイル、頑張るぞ――っ!」
「お――――っ!」
8人の声は観客にも届く。ドリームテイルの集大成のステージが幕を開けた。
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かつてTVから毎日のように流れていた10年前のプリプロのアイドル達が歌っていたイントロが爆音で鳴り響く。野外ステージの前を通過しただけの生徒たちも思わず足を止めた。
「私、この曲知ってる。懐かしいな、歌番組で流れるたびに小さい頃よく踊ってた」
「ちょっと待って! ダンス部かと思ったらあれドリームテイルだよ! ほら、全日制と通信制が混ざって活動してるあれ!」
通りすがりの女子生徒が指さす先で、ゆめみたちは渾身のジャンプを決めた。
曲のビートはグラウンドの隅にある数々の模擬店にまで届いている。女子バスケ部のフランクフルト屋から、店番をしていた3年生が作業の手を止めステージを眺めていた。
「夏菜恵の掛け持ちが本当だと分かったときはどうしようかと思ったけど、あいつ今すごく楽しそうで安心した」
「珍しいですね。部長が後輩甘やかすなんて」
「甘やかすのとは違うよ。心配だったんだ。夏菜恵は自分を押し殺して頑張りすぎる所があるからな。ちゃんと息抜きできる場所があってよかった」
部長が感傷に浸っていると、店の前には小さな人だかりができていた。
「あ、あの……。フランクフルト頼んだんですけどまだですか……?」
「おっと! 失礼しました、ケチャップ2つとマスタード2つ、すぐ用意しますね」
8人が持ったポンポンでハートを作る決めポーズとともに、ドリームテイルは持てるカバー曲の全てを出し切り25分間のステージを終わらせた。
「以上、ドリームテイルでした! ありがとうございました――っ!」
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ゆめみたちは順番にステージを降りていく。そのさなか、首から提げたサックスを抱え自らの出番を前に震える女子生徒がゆめみの目に留まった。ゆめみは彼女の前で立ち止まる。
「……っ!?」
ゆめみがあまりに顔を近づけたせいか、彼女は後ろに少し飛びのいた。
彼女の頬や首筋には汗が垂れている。8人が今しがた流してきたものとは違う意味を持つそれに気づくと、ゆめみは彼女の前に掌をかざした。
「頑張って!」
女子生徒はゆめみの手にそっと白い手袋で覆われた震える手を重ねると、背を向けてステージへと向かった。
――次はミステリアスなサックス少女が登場! なんと独学で書いたオリジナル曲を披露してくださるそうです! 皆さんお昼を食べに行くのはまだ早いですよ、石井美優さん、どうぞー!
ゆめみが彼女の背中を見送ると、タオルで汗を拭いながら夏菜恵が声をかけた。
「ゆめみ、着替えなくていいの? 汗が冷えると風邪引くよ」
「待って、かなちゃん。私、あの子のステージ見なきゃいけない気がする」
「……え?」
「みんなにも残ってほしい。なぜか分からないけど、本当に見なきゃいけないって予感がしたんだ」
ゆめみの直感に乗り、8人はテントに残って美優のステージを見届けることにした。
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美優がステージに上がると、ドリームテイルが作り出した熱狂は一気に醒めていく。司会から有線のマイクを受け取り、彼女は口を開いた。
「石井美優です。私も、ドリームテイルと同じくプリプロが好きです。向こうは10年前の曲を出してきたけど、私は最近の曲を持ってきました。私のオリジナル曲と2曲続けて聞いてください」
1曲目、美優のオリジナル曲が始まった。彼女が夜な夜な打ち込んだ伴奏に合わせ、サックスが歌い叫びだした。
伸びやかなメロディーとともに美優はそれを少し掲げ、ステージを左右に大きく使って躍動しながら演奏を見せつける。
最後には真ん中で膝をつき、美優は肩で息をしていた。それでも2曲目は始まる。プリプロへの関心の目の色が変わった伝説的な1曲だ。
この曲のサビの直前には、絶対的センターとして黒い輝きを放つトップアイドルが叫び何度も観客の心を震わせてきたセリフがある。練習で美優はそれを再現できていたはずだった。
――それでも、僕は歌いたい!
「っ、ぐっ……」
美優はセリフを言おうとサックスから唇を離したが、それは歯を食いしばった彼女自身によって噛み殺されてしまった。
曲は容赦なくサビへと入っていく。美優はすぐにサックスを構え直し、演奏を続けた。最初の1音がその反動で大きく響き渡る。
彼女がセリフを言うチャンスは全部で3回あったにも関わらず、全て同じ結果だった。
美優がセリフを言えなかった瞬間、テントから演奏を聴いていたゆめみの目は潤む。
美優が独りで狂おしく舞い踊りながら演奏する姿を目に焼き付けようとするたび、ゆめみの心臓はどくどくと鳴り続ける。
他の7人には背を向けていたため、ゆめみの異変に誰も気づくことはなかった。
美優の演奏は、彼女の心にヒビを入れてみせた。
(どうして……? なんでそんなに悲しそうに演奏するの……?)
下ろした髪が邪魔をして、美優の表情は誰の目にも断片的にしか分からない。最後の1音を吹き切ると、彼女は全てを出し切ったようにふらついた。すぐに体勢を戻し、静かに一礼する。
観客たちは美優のパフォーマンスを前に硬直していた。模擬店のスタッフたちも思わず手を止め、そこに並んでいた客もステージの方へ振り返る。
ぱらぱらと拍手が上がり始め、次第に大きくなる。顔を上げた美優は彼らの反応を目にすると再び俯いて、ステージを降りていく。
「マジであの子何者!?」
「どうしよう泣いちゃう……ううっ」
「ドリームテイルの100倍強かった」
口々に連れの者と興奮を分かち合いながら、観客たちは昼食をとるために散っていく。野外ステージのスタッフまで一息つき始めた中で、8人だけ時間が止まったかのように足が動かない。
「……ごめんなさい、せっかくの盛り上がりを台無しにして」
美優はゆめみへ、低くざわめきにかき消されそうな声でそう伝えて去っていった。
(ステージが台無しになんて全然なってないよ。でもどうして悲しそうなの……? 演奏、すごくかっこよかったのに。ちゃんと言ってくれなきゃ、あなたの気持ちが分からないよ)
ゆめみが美優に言葉をかけようにも、彼女の背中は全てを拒絶しているかのように見えた。




