第10話:それでも、歌えない
私は、アイドルが好きだ。圧倒的な迫力があるフォーメーションダンスとメッセージ性の強い歌詞に重なる、透明すぎるほどのユニゾンが危うげでたまらない。
世間の流行は文字通り流れていって、最近はカラフルでいかにも『かわいい』ところや観客のコールを自ら煽るような曲を持つところも増えてきている。
正直そういうのはどうでもいい。地下アイドルなんて尚更どうでもいい。なんで聴いてる側がはしゃがなきゃいけないのさ。正直下品だ。
だから私はどんなに好きなアイドルでもライブからは足が遠のいてきている。
それなのに、4月に自己紹介で『アイドルが好き』って言った挙句『アイドルオタク』のステレオタイプに合わせて特定の推しメンを適当に言ってしまった。
そのせいで休み時間はアイドルオタクな友達が何人か私に話しかけてくる。
「ねえねえ、美優ちゃん! 昨日の特番見た!? |プリズム・エージェンシー《プリエン》組の多幸感、最高だった……。思い出しただけで溶けちゃうよ~……」
「当然見てるよ。プリプロのグループも出てたし」
「美優ちゃん意外だな〜。いくらここは身だしなみの校則が緩いとはいえバチバチに明るいメッシュ入れちゃう子がプリプロ派なんて。最近ちょっと怖く見えるんだよね、プリプロ」
「10年前は王道な曲で天下取ってたけどね。あんたみたいに癒しを求める人が多いからかな。プリプロのアイドルは話すとほわっとしてて可愛いけど、最近の曲は特にシリアスに振り始めてる」
正直、個々のメンバーのことは私もよく分からない。だからこの会話もほとんど適当なことを話している。あまり私が本当に好きな方へ深入りすると、教室で孤立して通信制行きだ。
私はアイドルのパフォーマンスを可愛いものじゃなくて完成された音楽として見てる節がある。音楽理論的な方向からまで、好きなグループを徹底的に解体するようになっていた。
その上に曲が好きすぎて自分で作るようになった。学校が終わると自分の部屋に籠ってパソコンの電源を入れて、作曲ソフトを広げる。
「あー、あ――。……ダメだ。私の声じゃ歌えない」
私の声は泥沼の底から湧いてくる泡みたいなものだった。どれだけ綺麗なメロディーを打ち込んでも、心が震えるアレンジを入れても、歌える人間がいない。
歌詞も適当にそれっぽい言葉を当てはめただけで支離滅裂だ。合成音声にも頼ってみたけれど、あれは完成されすぎていてダメだった。
中には下手だとバカにする人もいるみたいだけど、多人数なアイドルグループが持っているあの歌声は何にも代えられない。
完成した曲はすでに10曲を超えている。自然とこのまま自分のパソコンの中で眠らせておくのもどうかと感じるようになっていた。
このメロディーを人前で響かせてみたい。そんな時に学校のサイトで見かけた文化祭有志ステージのお知らせは渡りに船だった。
自慢できるほどの腕前じゃないけど、私はサックスが吹ける。きっかけはただ見た目がかっこいいなって思っただけ。
兄が社会人になって以来リビングの置き物になっていたそれをもらって、キーをぱたぱたしてみたら意外にもすぐに馴染んでくれた。
家で大きな音を出したら流石に怒られるから、わざわざカラオケボックスまで行って練習した。
せっかく自分の曲をやるんだ。センターの子に少女たちが一斉に縋り付く、あの儀式めいたパフォーマンスを再現したい。
相棒だけは壁やテーブルにぶつけないよう気をつけながら、狭い部屋でそれも練習した。何度かカラオケに通ったわけだけど、1曲くらい歌って帰ればよかったな。
「伴奏を流すタイミングはどうします?」
「えっと……。挨拶をちょっとするので、それが終わってからで」
「分かりました」
実行委員や業者との打ち合わせを終えて、手渡されたタイムテーブルを見た瞬間嫌なものが背筋を駆けていった。
12:00 ドリームテイル
12:30 石井美優
あの子たちのすぐ後か……。突如生まれたこの学校発のアイドルグループとしてチェックはした。まさに今の時代を感じる個性派揃いだ。
タイムテーブル全体を見ると書道部やダンス部などがここぞとばかりに名乗りを上げている。軽音部に至ってはバンドごとにエントリーしたらしい。
丸1日のスケジュールに『石井美優』だけがぽつんと載っている状態に、乾いた笑いがこぼれた。
呆れるほど晴れ渡った11月3日。普段何もないグラウンドには所狭しと模擬店が並び、スナックや手作りのアクセサリーを売っている。料理同好会が出してるワッフル、美味しかったな。
ドリームテイルのあの子たちはあんなにきらきらとした新衣装をサプライズで引っ提げてきている。目にうるさいけど、まあまあ可愛い。
シンプルで肌の露出へ頼ることになりかねないコンセプトをよくここまでふりふりに落としこんだなと素直に感心してしまった。
一方、私はいつもと変わらない制服姿で普段ポニテにしている髪をプリプロに寄せて下ろしただけだ。それと、サックスに指紋がつかないようにはめた白い手袋だけ。
少し下を向くと、下ろした髪が視界を覆ってしまう。
仮設の舞台があの子たちの踏むステップでガタガタと音を立てる。私の心のバリアを壊しているみたいだ。
1人欠席で9分の8の力しか出していないのに凄まじいドリームテイルの光に飲み込まれないよう、私はストラップで提げたサックスを意味もなくぎゅっと抱きしめていた。
「……この数ヶ月、1番本音を言えた相手が楽器なんてね」
初めて生で聴いたドリームテイルの歌声は、まだ眩しすぎるものの私が求めていたものにかなり近かった。
それに、普通の人ならまず名前を挙げないような選曲があって嫌でも耳に入ってきた。プリプロ系のアイドルが最近めっきり歌わなくなった、爽やかな青春を題材にした1曲だ。
あの子たちの歌を聴いていると、指先が震えてきた。そうだ、本来高校の文化祭ってああいうきらきらした子たちの場所だ。
私は今のプリプロの持つ重い雰囲気がこの上なく好きだけど、この場にいる観客の心に届くかは分からない。自分のメロディーを忘れないように、私はまたサックスのキーをぱたぱたした。
「以上、ドリームテイルでした! ありがとうございました――っ!」
あれはゆめみの声だ。どうしても人を惹きつけてしまう、恐ろしい声だ。あの子が言うことは不思議と何でも叶ってしまうような気がする。
額に汗を浮かべ皆が速足でステージを降りていく中、ゆめみは俯く私の前で立ち止まった。顔を上げると、あまりに顔が近くて私は後ずさる。
「頑張って!」
そう言ってゆめみはハイタッチを求めてきた。あの子の笑顔に吸い寄せられるように自分の手を重ねると、速まっていた鼓動が落ち着きを取り戻していく。
願わくば今すぐにでも、あの子たちに私の作った曲を歌ってほしかった。どうしようもない願いを抱えながら、私はステージへの階段を上った。今頼れるのは、このサックスだけだ。
軽く挨拶を済ませて、息を整える。何十という視線を前に、また指先が震えていた。
私が夜な夜な打ち込んだ、迫りくるようなピアノと風の効果音がグラウンドに響く。前奏が最高潮に達すると同時に、サックスに思いきり息を吹き込んだ。
お願い、私の代わりに歌って。




